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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その96~会議四日目、統一武術大会④~

「つまり、互いに2回勝ち抜けば私たちは戦うことになるわけだ」

「そういうことかな。でも組み合わせも部分的に教えてもらえたけど、そっちの相手は第1シードでしょ? 前回大会の覇者、いや、通算10回以上優勝している最強の騎士だ」


 レイヤーの言葉に、リリアムは神妙に頷いた。


「――そうだな。まぁ昔からくじ運は悪いのだが、1000名以上いる中からまさか一番強い相手を引くとは。余った本戦の枠を与えてもらったのは幸運だったが、こういうオチが待っていた。

 だが考えようによっては、これほどの騎士と戦う機会を得られるのは幸運かもしれない。なるたけあがいてみせるさ」

「前向きね。せいぜい骨は拾ってあげるわ」


 エルシアがむすっとしながら皮肉とも応援ともつかない言葉を吐いたが、リリアムは小さく笑って返していた。


***


 そしてエルシアとレイヤーは観客席からリリアムの戦いを見守ることにした。開会式でアルネリアの関係者たちが祝辞らしきものを述べていたが、レイヤーの耳にはほとんど入っていなかった。レイヤーの興味は既にリリアムの対戦相手のみに注がれていた。

 というのも本戦の前に、参考までにラインにシードがつくとしたら何番程度か聞いてみたのだが、少し悩んだ後に「10番前後が妥当だろう」と言われた。謙遜があるだろうとはいえ、あのラインの実力をもってしてもその程度の番手になるとしたら、圧倒的な1番と言われる戦士はどれほどの腕前なのか興味は尽きない。

 隣では、エルシアがぶつぶつとリリアムに対する不満を述べていた。


「ふん、高慢ちきな女は裸にひんむかれて負ければいいんだわ」

「・・・そういう戦いじゃないよ、これ」

「うるさいわねぇ、私の気分の問題なのよ。あの女にはそのくらいの罰則があってもいいと思うのよ」

「どんな気分なんだか」


 レイヤーはエルシアの気性に呆れたが、思いのほかエルシアの表情は真剣だった。


「でも、1番の騎士かぁ。マスターって称号、確か単純な武芸だけじゃなくて、勉学やその他の芸術にも通じていないんじゃいけなかったっけ?」

「詳しくは知らないけど、武芸ではいくつかの得意武器が必要だったと思う。学問では異なった分野での業績と、芸術活動やあるいは国際的な活動が認められる必要があったはず。ただ強いだけではなれないはずだよ」

「ギルドにも勇者認定はあるけど、あっちは剣の実力だけでもとれるものね。レーベンスタインとかいう人は、さぞかし立派な騎士様なんでしょうね」

「どうだろうか。ただそこまでの業績を出す人間なら、たしかに人格もしっかりしてそうだけど」


 レイヤーはそう言いながらも、レーベンスタインなる人間の戦いが早く見たくてしょうがなかった。エルシアはその時何を考えていたのか、レイヤーの表情をじっと見つめていた。


「ねぇ、レイヤー。あなた、この戦いが楽しみなの?」

「・・・なんで?」

「楽しそうだわ。レイヤーのそんな表情、あまり見ないかも」

「楽しそう? 僕が?」


 レイヤーは不意に指摘されたことに驚いた。どうやら感情が表に出ていたのか、エルシアが鋭いのか。レイヤーは顔を取り繕おうとしたが、その時審判が闘技場に進み出てきた。

 闘技場は円形、広さは30歩以上はゆうにありそうだ。場外も負けになるが、普通に戦えばそうそう場外になりはすまい。戦闘不能、場外、一定時間の経過による審判の判定で勝敗が決着する。

 審判が両手を上げると、ざわつく観衆が静まった。観客席は後ろに行くほど高くなるのだが、既に1万人ほど収容できる観客席の多くは埋まっていた。ターラムでもそうだったように闘技は度々娯楽になるが、それにしても規模も注目度合いも全然違う。この中で戦うとなると下手なごまかしもきかないだろうし、さすがに緊張するだろうとレイヤーも考えていた。

 闘技場の中心に進み出た審判が、高らかに宣言した。


「ただいまより統一武術大会、本戦1回戦を開始します! 闘技者は前へ!」


 その合図と同時に、対側から闘技者が進み出た。円形の闘技場に上がると、歓声がわっと上がる。その中でも審判の声は魔術で増幅されているのか、よく響いた。


「左手の闘技者は、ターラムの自警団長でありターラム最強の戦士リリアム! その実力、美貌ともに十分! 黒髪の剣士は、相手にとって不幸の象徴たるのか!」


 リリアムが手を上げて歓声にこたえる。ターラムでも闘技をする以上、こういう演出には慣れているのだろう。黒髪は不吉の象徴などと言われるが、愛想よく手を振るリリアムに対し、この会場に彼女を差別するかのような雰囲気は微塵も感じない。審判はアルネリアの関係者だろうに、前説までいれるとは大した演出だとレイヤーは感じていた。

 そして審判が反対の闘技者に向けて手をかざした。


「対するは、この大陸の戦士ならば誰でもその名を知っている、ベインゲル王国の騎士シグムンド=レーベンスタイン! 今大会も1番の序列シードであり、通算12回目の優勝を狙っての参戦! その剣技を見逃すな! 私も見逃さないように注意したい!」


 審判の言葉に観衆から笑いが漏れたところで、両者が対峙し、注意事項を審判から聞いている。そして両者が握手を交わすと、一定の距離をとって対峙した。

 レイヤーはレーベンスタインなる騎士に注目した。年のころは中年から壮年にさしかかるのだろう。体躯はさすがにがっしりとしているが、そこまで大柄とは言い難い。丁寧にしつらえた騎士服と軽鎧に身を包むが、華美や重装ではなく、最低限のものでしかない。防御のための鎧というよりは、攻撃のたびに自分が傷つかないためのこしらえだろう。

 顔つきは鋭いが、どこか余裕を感じさせるだけの柔らかさも備えており、戦いでさえなければ穏やかな性格であろうことは容易に想像できた。豊かに蓄えた口ひげを剃れば、もう少し若く見えるだろう。

 飾り立て過ぎず、一見では鏡のような湖面を思わせるほど静かな騎士にしか見えなかった。


「(見た目では強いかどうかわからないな・・・さて、どんな手並みなのか)」


 レイヤーがそう思った瞬間、審判が両手を振り下ろし、「始め!」と合図した。観客がわっと歓声をあげ、リリアムが半身で構えた。そしてレーベンスタインがゆっくりと剣を正眼に構えると、その瞬間レイヤーの全身に電撃と冷や汗が走った。



続く

次回投稿は、1/2(火)13:00です。

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