戦争と平和、その95~会議四日目、統一武術大会③~
「ふむ、私のところのシードは24番か」
「強いのですか?」
「さて、私も知らぬ名だ。ただこの大会はかつて経験した身として、予想外の強者が出現することがままあった。私は今まで十数回この大会に参加しているが、実は優勝したことは4回しかない」
「4回しかって・・・十分な実績だと思うんですけど」
アルフィリースが呆れ気味に言ったが、ディオーレは悪戯っぽく笑っていた。
「私は魔術の方が得意だからね。魔術が使えないこの大会では、私に勝てる可能性がある戦士は何名もいるだろう。現に私のシードは2番だ」
「え、1番じゃない?・・・あ、本当だ。じゃあ1番は――」
アルフィリースは組み合わせの端を見た。これだけの強者を揃えて、1番に配置される戦士。その名は――
「レーベンスタイン? 誰だっけ?」
「むしろそちらを知らないことに驚きだ。この大陸には最高位騎士の称号を持つ騎士が二人いる。一人は私、もう一人がそのレーベンスタイン殿だ」
「強いんですか?」
アルフィリースのその言葉に、ディオーレがやや呆れていた。
「私が言うのもおかしな話だが、一つでもマスターの称号を持つ人間は別格の強さだ。私は最高位騎士の称号を得るまでに挑戦から70年かかっているが、彼は20年で獲得した。それだけでも純粋な騎士としての才能は、私よりも上なことがわかる。
ちなみに魔術なしの剣技だけの模擬戦では、私は彼に1勝3敗だ」
「ええ!? そんな人がいるのなら仲間になってくれないかなぁ・・・」
アルフィリースが呟いたのを聞いたディオーレは、吹き出していた。
「レーベンスタイン殿を傭兵にするつもりか? それは考えたこともなかったな! とても面白い話だが、彼の国が亡びない限りそれはないだろうな。魂の色形があるなら、彼の魂は形までが騎士の形をしているとまで言われる男だ」
「うーん、それはさすがにしのびないな・・・そのレーベンスタインさんの緒戦の相手はイェーガーの傭兵じゃないのかな、と・・・あ」
アルフィリースの反応から、ディオーレが察した。
「なんだ、知っている相手か?」
「ええ、それもそうなんですけど・・・大丈夫かな、これ」
アルフィリースが気付いたのは、そのレーベンスタインの緒戦の相手はなんとリリアムであった。本戦出場枠から突如負傷などで辞退者が出たので、急遽戦士を用意してほしいと言われ、実力十分としてリリアムを推したのだが、まさかその組み合わせが第一シードの隣になるとは。そしてその隣の隣には、レイヤーの名前があったのだ。
その点に気をとられてアルフィリースはまだ気づいていなかったのだが、自分の隣にはエーリュアレ、そして少し離れてミルネーという因縁の名前があるのだった。
***
「レイヤー、準備はできてる?」
「ああ、ちょっと待って」
レイヤーはエルシアに急かされて、慌てて部屋を出た。エルシアは女子部門の本戦をかけて、そしてレイヤーは統一武術大会の本戦が行われる。気合の入るエルシアと、普段通りのレイヤーは、対照的にイェーガーの宿舎を後にする。
緊張するエルシアは、全く緊張感がない欠伸をするレイヤーに腹を立てた。
「ちょっと、今日が本戦ってわかっているの!? 今日勝てば凄いことなのよ?」
「そうは言われても、相手は本戦から出場するような戦士だよ? やるだけやるけど、勝てる見込みは少ないよ」
「やってみなきゃわからないでしょ? 剣を持つなら勝つことを目指して戦いなさい! それに何よ、その恰好。もうちょっとマシな服はないの?」
レイヤーは皺だらけの普段着のまま戦いに行こうとしたので、エルシアがその手を掴んでまっとうな服を探しに戻ろうとする。だがレイヤーはその手から上手にするりと抜けた。
「いいよ、戦いに行くのなら破れても構わない服がいい。いつも通りの服の方が動きやすいし」
「呆れた! いつも呆れているけど、今日からの試合は諸国の貴族や王族が来るかもしれないのよ? 目に留まる活躍をしたら、士官の道も開けるかもしれないのよ? せめてまともな服を着なさいよ!」
「あまり興味ないよ。この傭兵団の生活には満足しているし、勉強にも仕事にも困らない。それとも、エルシアは貴族や騎士になりたいの?」
「う、そう言われると・・・」
エルシア自身イェーガーでの生活には満足しているので、あまり強くは言い返せなかった。いつでも好きな時に食事をとってよく、夜間ですら作り置きの食事がある食堂。少し割高になるが、女性だけが居住している宿舎も用意されている。衛生的に管理された居住空間が提供され、観光地でも珍しい大浴場がある。さらに勉学がしたければ定期的に講義が開催されており、いつでも使える訓練施設がある。訓練する相手も多種多様で困らない。
加えてアルネリアとの連携により、病の際にはいつでも大陸で最高の医療を受けられる。またギルドからも優先的に仕事を回してもらえるため、選ばなければ仕事にあぶれることもない。傭兵達同士の関係も良好。レイヤーの指摘通り、これ以上の環境をどこで望もうというのか。この充実した生活に比べれば、士官などどうでもよいと考える人間がいてもおかしくはない。
エルシアがそんなことで悩んでいると、目の前にリリアムが出現した。結局イェーガーに滞在しているリリアムは、朝食を既に終えて出ていくところだった。
「おはよう、二人とも」
「ああ、おはよう」
「・・・ふん。偶然で本戦出場できるとは、運の良い奴!」
エルシアは悪態をついただけで挨拶もしなかったので、リリアムが苦笑いした。あと一歩で出場を逃したエルシアにしてみれば、突然降って湧いた話があったリリアムに対するやっかみ以外の何物でもない。
さすがにエルシアの気持ちもわかるからこそ、リリアムは肩を竦めて見せた。
「見事に嫌われているわね」
「エルシア、だめだよ」
「うるさいわね、私の勝手だわ。それにもう出発だなんて、随分と朝が早いのね」
「それはそうだ。私は開幕の試合だからな」
リリアムの言葉に、二人が驚いた。
「なんでそんなこと知っているの?」
「早朝の遅刻を防ぐ目的で、三巡目までの競技者には事前通達が昨晩あった。レイヤーも三巡目だ。通達があったろう?」
「ああ、そうだね」
「そうなの?」
エルシアは驚いたが、レイヤーは既に知っていたことなので、平然としていた。リリアムが続けた。
続く
次回投稿は、12/31(日)13:00です。