戦争と平和、その91~会議三日目、夜③~
「まったく、いつぞの小生意気な獣人が王になるとはな。懐かしいことよ。じゃがさすがに王のそなたがその態度はまずいのではないか? 今では立場は対等なはずじゃ」
「いえ、こうして顔を合わせて確信しましたが、あなたに敬語を使わない理由はありません。まずは深夜にこうして勝手に来訪した詫びをいたします。そして今日は王としてではなく、一個人のドライアンとして参りました。
お話したいことが何点かあります。お時間をいただきとうございます」
「獣人の王にかように頭を下げられては、断りようもあるまい――聞こうか」
ミリアザールとドライアンのやり取りを見て、梔子がどうしたものかと口をはさんだ。
「すみません、私は外した方がよろしいでしょうか?」
「構わん。ドライアンよ、こやつはワシの部下の中でも一番信頼できる奴よ。ここに置いてもよかろう?」
「そういうことなら私に異存はありません」
「ちなみに、ミリアザール様はドライアン王と面識があったのですか?」
梔子の質問に、ミリアザールは困ったように頷いた。
「こうして会うのは二度目かの。昔ちょいと懲らしめた獣人じゃと、今会ってわかったわ。人間世界に出てきて暴れておる獣人と巡行中に出くわしてな。いいのを何発かもらったせいで、ムカついて全力で叩きのめしたのじゃ。獣人相手に全力を出したのは、後にも先にもあれくらいかの。結局のところ小さな勘違いの積み重なりで、やり合う必要は全くなかったのじゃが、見どころがありそうでつい煽って戦ってしまった。
名はその時互いに聞かなんだが、なぜかこやつは『いつか借りを返す』とかぬかしよってな。何も貸しとらんというに」
だがドライアンは真剣な眼差しで、ミリアザールの言葉を否定した。
「いや、貴女が聖女ではないかというのは手合せした時に感じたことです。アルネリアの巡行が近いのは知っていましたし、私と互角に戦える人間世界の実力者となれば数も限られましょう。手合せして貴女が人間でないことはすぐにわかりましたが、まさか伝説のアルネリアの聖女そのものが生きていらっしゃるとは。感激のあまり全力で戦った結果、はっと気づけば大事になっていました。
そして、グルーザルドにとっては大きな借りになりました。貴女に手傷を負わせて、結果として聖女交代の話まででっちあげる羽目になりました。
それに関わったのが私だと、噂として吹聴されるだけでもグルーザルドは危うい立場になったでしょう。ところが調べてみれば、噂の影や形すらなく、見事に情報操作されていました。十分に借りだと思い、いつか返そうと考えていたのです」
「変なところで生真面目、律儀じゃのう。まぁよいわ、もらえるものはもらう主義じゃ。ワシを夜中に叩き起こしてまで伝えたいこととは?」
「東の大陸、その動向は掴んでいらっしゃるか?」
ドライアンの指摘に、ミリアザールは頷いた。
「浄儀白楽のことか? それにブラディマリアもそちらにおるようじゃな」
「その二人が子を成したとは?」
「耳には入れておる。ワシにも協力者はおるしな」
「直近の情報では、彼らがこちらの大陸に向かっているとの情報もありました。そのこともご存じか?」
「いや、そこまでは知らされておらぬ。何のために?」
「おそらくはこの会議に訪れるために。名目はアルネリア記念祭の観覧でしょうが」
ドライアンの情報は脅威だった。せっかくローマンズランドの一件が落ち着いたのに、討魔協会が来ようものなら、会議そのものが中断される可能性もある。それにもしブラディマリアが乗り込んで暴れようものなら――最悪、諸国の使節団に被害が出る。
ミリアザールは思っても見なかった可能性に唇を噛んだ。いつの間にか、この大陸以外の勢力がこの会議に来る可能性を失念してからだ。最悪に備えてシュテルヴェーゼがいるとはいえ、ブラディマリアと戦いになれば被害は凄まじいものになるだろう。
ミリアザールの頭脳、いち早く彼らの動向を掴むための方策を捻り出すためフル回転していたが、さらにドライアンは他の情報を告げた。
「こちらでも対策は考えてありますが、それはさておき、実は聖女殿にお願いが」
「――む、なんじゃ。申してみよ」
「ローマンズランドとの戦争には、我々の戦力を組み込む前提で戦略を立てていただきたい」
思わぬ申し出にミリアザールと梔子は顔を見合わせた。もちろんありがたい申し出だし、ローマンズランドとの戦争ではグルーザルドの戦力は必須だと考えていたが、それは様々な根回しの上に実現するものだと考えていた。それがグルーザルドから申し出があるとは思わなかったのだ。
ミリアザールは質問した。
「なぜ自らそれを口にする? それも借りだとは言うまいな?」
「もちろんです。個人的な借りがあるとはいえ、国まで巻き込んでは王としては失格。ですが、ローマンズランドとの戦争はもはや必定。避けて通れぬなら、せめて早く終わらせるべきでしょう。我々の参戦は充分決め手になりうる、それが一つ。
そして人間との戦を長らく知らぬグルーザルドに、人間相手の戦を経験させておきたい。それが二つ目」
「待て、どうして人間との戦争が起きると仮定する? おぬしは人間世界と戦争をするつもりか?」
ミリアザールの質問に、逆にドライアンが意外そうな顔をした。
「俺を試していらっしゃる?」
「いや、そういうわけではないが」
「ローマンズランドの後は、おそらく反アルネリア派と一悶着あるのではないかと睨んでいます。その時戦争になるかどうかはさておき、人間世界の戦い方を知っておくのは重要なことでしょうな。
それに討魔協会とも戦争になる可能性がある。浄儀白楽は戦争の準備をしているが、もはや東の大陸の鬼族は全滅に等しく、戦争をする必要すらないというのになぜか。これは彼らが遠からず、こちらの大陸に仕掛けてくることを示していると考えている。
もっともこの大陸の為政者で、東の大陸の動向にまで気を配っているのは俺とアルネリアと、イーディオドくらいではないだろうか」
「――そこまで読んでいるのか」
ミリアザールはドライアンの炯眼に感服した。人間でもここまで読みの鋭い者はそういまい。ドライアンのひととなりをこの会議で調べてから行動に移そうかと考えていたが、その必要はなくなった。
ミリアザールは頭を下げた。思わぬ態度にドライアンの方が恐縮する。
「むしろワシから頼もう。グルーザルドの王、ドライアンよ。来たるべき戦いに備え、そなたの力を貸してほしい。そなたの読み通り、近くローマンズランドとは戦争になるであろう。その際にアルネリアが動くことができるかどうかはわからぬ。貴公らに是非とも先陣を切っていただきたい」
「その話、承った。だが一つだけ、俺からも条件があります」
「申してみよ」
「軍勢の盟主はミューゼ殿、もしくはレイファン殿でお願いしたい」
ドライアンの申し出に、ミリアザールは少々悩んだ。ミリアザールの予想にあった名前ではあるが、具体的に出てくるとは思っていなかったからだ。
続く
次回投稿は、12/23(土)13:00です。