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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その89~会議三日目、夜①~

「アルフィ、いいかしら?」

「ん? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」

「戦略の話も結構ですが、今は次の議題です。午後は定例通り、諸国の窮状とその打開策の提案で終わるでしょう。ひょっとしたら、明日も。黒の魔術士への対抗策はその後になるのでしょうが、具体的な策と現状に関して、貴女の知恵を借りる時もあるでしょう。頼みましたよ?」

「ええ、状況に応じてはアルネリアから会議の主導権を奪うことになるかもしれないわね」


 アルフィリースの言い方に、レイファンは怪訝そうにじっとアルフィリースを見つめた。


「躊躇や後悔はありませんか? アノルン大司教とは親友でしょう?」

「それとこれとは別よ、躊躇なんてあるはずもないわ。それにアノルンと私の絆は、そんなことで崩れるほどやわではないと思っているのよ」

「女の友情は脆いと聞きますが」

「男が絡んだらそうかもね。だけど男の趣味はかぶらないし、女の友情も血と汗が入ればそれなりに固いものよ。あと、多少の酒ね」


 アルフィリースが得意げに語ったので、レイファンは小さく頷いていた。


「なるほど。女の友情にも固い結束はあるのですね」

「友達はいないの?」

「女王である私に友人など。王女の頃はまだしも、私は遊学もしていませんし、友と呼べる存在はいませんわ」

「なら私と友達になる?」


 アルフィリースの図々しい申し出に、レイファンは目を丸くして、その後声をかみ殺して笑った。国によっては不敬罪で打首になりそうな言い方も、アルフィリースが言うとなぜか憎めない。

 レイファンは涙が出るほど笑うと、その申し出に頷いた。


「それもいいかもしれませんね。私も対等に話せる人は欲しいですし」

「じゃあまずは仕事に集中ね。食事が終わったら午後に向けて打ち合わせをしましょうか」

「ええ、そうしましょう」


 二人はひと時の食事を笑顔で楽しむと、すぐに真剣な顔で打ち合わせを開始した。確かに自分たちは似通った部分があるのを、互いに理解し始めていたのである。


***


 会議三日目は驚くほど静かに終わっていった。会議の進行はレイファンやアルフィリースの予想通りになり、諸国の大使たちも速やかな会議の進行を歓迎していた。

 レイファンには予測通り何件かの婚礼の申し込みがあったが、それらはアルフィリースが鮮やかに退けた。そのうち一つをその場であえて挑発して決闘へと持ち込んだが、アルフィリースは相手を必要以上に傷つけないために剣ではなく鞭を使用。地面を打ち据えることで相手を降参させようとしたが、その様が相手に鞭でダンスをさせる猛獣使いのように見えたため、ドライアンは笑いをこらえきれず中座し、ミューゼですら開いた口がふさがらず、ついに相手を憐れんだレイファンにより決闘が中止されたため、以後誰もレイファンに婚儀を申し込もうとしなくなってしまった。

 それはそれでレイファンは一つの目的を達成したことになるのだが、一切婚儀の申し込みがないと諸国との交流も乏しくなるため、レイファンが苦笑いしていたのも事実だった。同時にアルフィリースは恐ろしい女傭兵として名前が知られてしまい、当初の目論見よりもやりすぎたことを悔やむことになった。

 そしてその日に行われていた予選会により、イェーガーのメンバーたちは多くが統一武術大会の本戦へと駒を進めていた。部門別ではさほど活躍していないが、総合部門、女性部門などでは、多くの主要メンバーがそのどちらかに出場していたのである。

 イェーガーでは明日以降の本戦に向けて景気づけの宴会が催されていたが、本戦での上位進出を狙う者は、静かにその夜を過ごしていた。

 強いてあげる出来事があったとすれば、ドライアンが深緑宮に潜入したことだろうか。ドライアンは深緑宮の壁をひらりと飛び越えると、結界が張ってあることも承知で何事もなかったかのように深緑宮を堂々と歩いた。

 侵入者に気付いた者が慌てて駆け付けたが、あまりに堂々と歩く獣人の王にしばし取り押さえるかどうか戸惑い互いに顔を見合わせた。そして取り押さえることが不可能であることに気付くと、慌てて上役に報告に走ったのである。

 上役として対応したのはラファティとラペンティだった。


「このような夜更けに何用ですか、ドライアン王よ。いかに王といえど、さすがに無礼に過ぎるのではないですか」

「いや、ミリアザール殿と密談がしたくてな。だがどうやって申し込もうか考えていたが、方法がないためこのような手段をとった。罰は受けよう。だがミリアザール殿に伝えたいこともあってな。取り次いでいただけるとありがたい」


 いけしゃあしゃあと語るドライアンにラファティはどうしたものかと困惑したが、ラペンティは盛大なため息をついた後に、彼女には珍しく、くだけた口調で話し始めた。


「まったく、あなたは若い頃からちっとも変わりませんね。その奔放さにどれほど周囲が振り回されたか。修行の名目で諸国を訪れたあなたに同行した半年程度でさえ気苦労が絶えなかったのに、この歳になっても私を悩ませるとは」

「そうか? 困っているなら昔からそう言えばよかったのだ」

「あなたが言って聞くタマですか。考えなしに思い立ったらすぐ行動。その後始末に奔走する周りがいるから、どうにかなっていたのです。もっと自覚をお持ちなさいと、50年近くも前に言いましたよね?」

「そうか、もうそんなになるのか。だが昔よりはマシになったと思うぞ?」

「どうだか」


 ラペンティはもう一度ため息をつくと、警護の人間にドライアンが訪れたことを口止めし、ラファティにミリアザールに面会を求めるように使いにいかせた。

 その流れに驚くのはラファティである。


「ラペンティ殿、ドライアン王とお知り合いで?」

「知り合いも何も、一時旅の仲間でしたよ。もう50年も前の話です」

「まだ今ほど出世していなかったな、お互いに」

「互いに向こう見ずでしたね。ただあなたは今もそのようですが」


 苦笑したラペンティはラファティを外させ、自分の仕事部屋にドライアンを案内すると、お茶を振る舞ったのである。


「邪魔するぞ」

「多少散らかっているのは我慢していただきましょう。平和会議と統一武術大会の運営で、私にも余裕がありませんからね」

「構わんさ。忙しくてこれなら、俺の部下よりもだいぶきれいな方だ――それよりお前の淹れる茶はやはり旨いな。特別な茶なのか?」

「市販のものですけど、葉の淹れ方と質にはこだわりますがね。前にも言った通り、心の安らぎは忙しい時ほど必要です。そうでなければ心が荒みますから」


 ドライアンは茶をすすりながら話を聞いていた。ラペンティが50年前に教えた作法は憶えているのか、獣人にしてはきれいな飲み方だった。


「茶が心の癒やしか」

「そのくらいしか嗜む余裕がありませんので」

「昔は花や動物を愛でることもしていただろう」

「花は枯れます、動物は多くが人より先に死にます。それらに一喜一憂するのも疲れてしまったので」


 ラペンティの言葉に、ドライアンは残念そうな表情になった。



続く

次回投稿は、12/19(火)13:00です。

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