戦争と平和、その88~会議三日目①~
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会議三日目。会議は朝から驚きの展開を見せた。ローマンズランドスウェンドル王がいないのはそれはそれとして、会議の場ではヴォッフは一言も声を発さず、代わりに第二王女であるアンネクローゼが先頭に立って発言していた。
公式の場での論議はまだ慣れていないのか、たどたどしくもあり、ローマンズランドの軍人らしく高圧的な言動も見られたが、それでも必死の弁論と誠実な人柄は諸国に伝わった。
ローマンズランド国内も完全な一枚岩ではなく、スウェンドル王のままならぬことも多いこと。また王の体調不良からくる内政の乱れも確かに存在し、王もまた精神状態が安定しないこと。今回の侵攻には軍部でも疑問を呈する者が多く、責任をもって反戦派である自分たちが止めて見せることを述べた。
もちろんそれらの論が全て受け入れられたわけではなかったが、午前の内には論議は一定の決着を見た。まずはアンネクローゼを信用して、その対処を任せるという結論に達したのである。一方で軍の撤退が二月以内になされない場合、ローマンズランド征伐を目的とした合従軍が組織される可能性が強く示唆された。
午前の会議が終わると、アンネクローゼは視線をアルフィリースの方に送り、目で上手くいったことを伝えてきたが、アルフィリースはしっくりとこなかった。それはレイファンも同様だったのか、用意された控室に入り食事をとり始めると、さっそくレイファンはアルフィリースに疑問をぶつけた。
「・・・ローマンズランドのあの変貌ぶり。アルフィ、あなたね?」
「さあ、どうでしょう」
はぐらかしながら肉をほおばるアルフィリースを、レイファンはじっと見つめていた。
「何をしたの?」
「別に、何も? 元々アンネクローゼ殿下とはこの会議中に会って話をする予定でした。それがたまたま昨夜で、たまたまこの会議の話をしただけ。どのみち私が何も言わなくても、彼女は行動を起こしていたわ。ちょっとその背中を押したかもしれないけど」
「そう、たまたまなのね。ならそういうことにしておくわ」
「あら、あっさりしているのね」
肩透かしを食らったアルフィリースがきょとんとしたが、今度はレイファンが冷静に魚料理を口に運んでいた。
「だって、ローマンズランドへの対応がどうであれ、私にそれほどの影響はありませんもの。合従軍を編成するとしても、クルムスに現在動かせる軍はほとんどないわ。合従軍ではせいぜい後方支援どまりでしょうね」
「合従軍って、確か貢献度に応じて戦果が分配されるのではなかったかしら?」
「その通りだけど、戦果の分配なんてわが国には必要ないわ。それにローマンズランド相手に攻め込んでも、どうせ彼らの領内で追い返されるのがオチよ。街道整備が行き届かない状態で、相手の首都まで軍を動かすことができるのは、せいぜい夏のふた月程度よ。雨期は雪解け水も交えて泥沼の様になる国土と、塩害のため作物の実らぬ土地で、兵站を築くのがどれだけ大変か。合従軍に出費しても、経済的に浪費するだけよ。
歴史書をちょっと紐解けばわかる話だわ」
「そうかなぁ? ローマンズランドを滅亡させるだけなら割と簡単だと思うけどなぁ」
アルフィリースがとんでもないことを言ったので、ぎょっとしてレイファンはアルフィリースを見返した。驚くレイファンに向けて、アルフィリースが説明を始める。
「ああ、驚かないで。別段凄い策を考えているわけではないの。ただ今なら――衛星国が魔物によって占拠されているこの瞬間、私が合従軍の指揮を執るとしたら、ローマンズランドを滅ぼす方法は一つ簡単なものがあるってことよ。多分、私じゃなくても思いつくけど」
「・・・その方法とは?」
「兵糧攻め」
アルフィリースが肉をワインで流し込みながら答えた。その茶色の瞳が少し黒く、妖しく輝いたような気がしてレイファンは目をこすったが、改めて見るといつものアルフィリースに相違ないのだった。
アルフィリースは続けて話す。
「ローマンズランドの痩せた大地では持久戦はできない。農民に賦役がなく、常備軍に農具を持たせる軍隊なんて、ローマンズランドくらいではないかしら? それでも追いつかないから、食料自体を衛星国からまかなっているのは知っての通り。衛星国への侵攻も、おそらくは今後の長期遠征を見越して根こそぎ食料を奪うため。
その代り、魔物に荒らされた大地からはまともな作物はむこう数年獲れなくなる可能性が高い。ローマンズランドが今もっとも嫌がるのは、持久戦のはずよ。何も首都を陥落させなくても、飛竜が届く範囲の食糧生産地を根こそぎ占拠するか潰してしまえば、どこかで音を上げるでしょうね」
「今この瞬間ならば、確かに可能かもしれないけど・・・しかし、それならば平和会議の終わった後に軍を動かせばよかったのでは? 長ければ半月にもわたるこの平和会議の期間中は、いかなる理由があろうとも戦争行為は停止をしています。それに違反すれば、それこそ諸国の征伐対象になりかねない。
短期決戦を望むのなら、軍を動かせるこの時期にこの会議で拘束されることは逆に痛手となるでしょう。占領した国に50万もの軍を長持ちさせるだけの食糧があるでしょうか?」
「その通りだけど、戦争さえしなくていいのならこの期間に軍を移動させているとも考えられるわ。五十万の魔物でしょう? そう簡単に移動できないと思うのよね。もしかすると、軍の移動が終わり次第、スウェンドルはさっさと会議から引き上げるかもね」
「議論を長引かせようとしていたのは、時間稼ぎだと?」
レイファンの問いにアルフィリースは首をひねった。
「もちろん一つの可能性としてだけどね。平和会議の期間中に表立った戦争をしなければいいってだけで、平和会議が終わった瞬間に次の侵攻が始まるかもしれないというのは、考えておいてもよい選択肢ではないかしら?」
「む・・・ならば北部商業連合とローマンズランドの間で戦が再開されると?」
「どうかしらね・・・」
アルフィリースもレイファンのようにローマンズランドの対応に違和感を感じたのだが、その理由は少し異なる。会議の主導権をアンネクローゼにあっさり渡すあたり、どうも釈然としない。いくら外交の人材がいないとしても、前半の王の態度はなんだったのか。
加えて、アルフィリースはターラムに突然現れたオークどものことを考えていた。彼らが抜けられるような道があるのだとすれば、商業連合の一帯で南下する軍を足止めするというのは全く役に立たない軍略となる。
それどころか、旗色が悪ければ彼らが裏切る可能性さえあるとアルフィリースは考えていた。さらに最悪の手として、補給線を無視して奪った食料を使い、ターラムを無視して一気に南下してアルネリアまで陥落させる、というのは考えられる一手ではなかろうか。
無謀だが、成功させれば東の諸国が総崩れになる可能性もある。アルフィリースは自分ならどうアルネリアを攻めるだろうか、などと考えていた。
そのアルフィリースの思考を中断させたのは、レイファンだった。
続く
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