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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その87~会議二日目、夜③~

***


「で、ジェイクにやられて帰ってきたの?」

「・・・そうよ」


 ジェイクにやられた後、オシリアはドゥームの元に戻っていた。目の前には他にミルネーしかいない。

 ミルネーは無言で剣の手入れを行い、ドゥームは読書をしていた。オシリアの腕がないことに一瞬目を大きく見開いたドゥームだが、動転した様子は見られなかった。その態度が逆にドゥームの怒りが大きい気がして、オシリアでさえ今は余計な言葉を発するのが憚られていた。

 ドゥームが本を読みながら返事をする。


「実はミルネーが、君の様子がおかしいと言っていてね。朝もジェイクとティタニアの様子を見に行っていたんじゃないかい?」

「・・・ええ、そうよ。気づかれないように、遠くから見ていただけだったわ」

「どうして仕掛けたんだ? 今回僕たちは完全に裏方。傍観者に徹するって言ったよね?」


 ドゥームの言い分は尤もだ。そのような取り決めだったし、今回はミルネーの性能実験が目的だった。なのに、ふとしたことからジェイクを見つけて、ティタニアと修練に励む様子が非常に危険なものに思えて仕方がなかった。

 このままではジェイクが別の存在に昇華する。そのような言いようのない不安がオシリアによぎり、気が付けば仕掛けていたのだ。

 だがそのままを口にするのも、オシリアにはためらわれた。五位の悪霊にまで格を高め、恐怖をまき散らす存在であるはずの自分が恐れたなどと口にしたら、ドゥームになんと思われるかわからない。オシリアにとっても、ドゥームという伴侶を失うことは何より避けねばならないことだった。

 いつも口数の多いドゥームだが、いつの間にか本を閉じると無言でじっとオシリアを見つめていた。ミルネーは無言で剣を研いでいたが、いつもと違う様子のドゥームに気が付いたのか、それとなく二人の様子を見つめている。

 そしてドゥームがゆっくりと動いた。オシリアの左腕をとり、その傷口をしげしげと見つめる。そしておもむろにその傷口に左手を突っ込むと、ぐりぐりと掘り返した。悪霊ゆえに痛みがあるわけではないが、体内をまさぐられる不快感にオシリアも顔をゆがめた。

 そしてドゥームがいじり終えると、オシリアの左腕は元に戻っていた。


「僕のもっている悪霊の連中を分け与えて補った。しばらくしたら馴染むだろう」

「・・・感謝するわ」

「一つだけ聞くよ、オシリア。ジェイクを見て、どう思った? 正直に話してほしい」


 ドゥームの質問は、オシリアの内心を全て見透かしたようだった。オシリアは息を飲み、ドゥームの質問に応えた。


「――怖いと思ったわ。どんな人間、魔物、黒の魔術士でさえ――いいえ、死ぬ瞬間でさえ怖いと思ったことのない私が、あの少年を怖いと思った。それはおそらく」

「彼が唯一と思われる、僕たちを殺す手段だからだよ」


 オシリアの言葉はドゥームによって続きを言われてしまった。そのままドゥームは椅子に戻ると、読書をしながら話し続ける。


「まぁ正確には他にも色々方法はあるんだけど、ジェイクが一番わかりやすい僕たちへの切り札だね。それはアルネリアも考えていることさ。ただ彼は『聖騎士』じゃない。かつて悪霊に対して特性をもっていた聖騎士なる人物のことを調べたけど、ジェイクとは似て非なる特性の持ち主だった」

「なら、ジェイクの特性はなんなの?」


 オシリアの質問に、ドゥームは宙を見つめながら、言葉を探していた。


「・・・ジェイクの特性はまだわからない。僕がジェイクに仕掛けないのは、まだ機が熟していないというのが一番だけど、もう一つは僕やオシリアにすら傷をつける彼の特性を理解できていないからさ。

 おそらくは前例のない特性。ターラムで取り込んだバンドラスはおぼろげながらその答えを得かけていたようだけど、まだ確実じゃない。むしろティタニアがジェイクの特性を引き出してくれるなら、それはそれで対策が立てやすくなるから歓迎なんだけど」

「私たちの手に負えないくらいジェイクが強くなったらどうするの?」


 オシリアの質問に、ドゥームが大笑いした。あまりに大きな笑い声に、ミルネーがびくりとして顔を上げていた。オシリアでさえ、ドゥームのこのような笑い声は聞いたことがなかった。


「オシリア、君はまだわかってないねぇ。無敵の存在なんていないんだよ。生物にはすべからく生き物としての背景があり、強みと弱みが必ずある。ライフレスを最初に見た時、その魔力の量に圧倒されたろう? でも僕の持っている遺物を見て、どんな反応をした?」

「・・・嫌がっていたわ」

「その通りだ。どんな相手にも弱点は必ずある。黒の魔術士は、その全てにもう対策を立ててある。準備と条件さえ整えば、全員を始末することは可能だ」

「本当に?」


 驚きの発言に、オシリアが思わず聞き返したが、ドゥームは指を宙で回しながら答えた。


「ただ、実行できるだけの環境が必要だ。それに膨大な準備が必要な相手もいる。たとえば、ドラグレオとかね。一番わかりやすいのはサイレンスをぶつけることなんだけど、まぁ思い通りには動かないだろうしな」

「? サイレンスは死んだでしょ?」

「そう思う? 死んだら僕たちなら確認できるでしょ? あれほどの異常者が何も妄執を残さずに死ぬものか。本体はまだ死んでないさ。

 ともかく、ジェイクをただ殺すだけでなく彼と遊ぶというのならそれなりの準備と舞台が必要だ。今後僕の許可なく仕掛けないこと。約束できるね? でないといくら君でも・・・」


 ドゥームがオシリアを指さした。その仕草は冗談めいていても、言葉に嘘はないことをオシリアは知っている。

 オシリアはドゥームに対する恐怖半分、自分の失態に対する羞恥を紛らわすために、念動力でそのドゥームの指をあさっての方向に曲げていた。


「ぎゃあああ! 何するの、人が真剣に話しているのに!」

「ふん、わかっているわ。あなたの妻として、二度とへまはしないわ」

「わかっているのならいいけどさ、これ直すのにまた悪霊消費するんだよ? 悪意の無駄使いだよ、まったく!」

「・・・仲の良いことだ」


 この二人を見てそう言えてしまうミルネーの感覚はもはや人間離れしていたが、誰も指摘をする者はこの場にいなかった。

 そしてドゥームはミルネーの本戦出場を祝い、さらにミルネーが連れている配下にティタニアの監視を命じると、明後日から始まる統一武術大会の本戦へと思いを巡らせていた。


「(まったく、ちょいと引っ掻き回せば面白いかと思っていたけど、何もしなくても十分面白そうな会議と大会になったね。あのアノルンとかいう大司教、本当に狙ってやったのかな? だとしたら大した祭り好きか、僕より悪党かのどちらかだね。

 楽しみだよ、明後日からが・・・フフフ)」


 ドゥームの忍び笑いは、ミルネーの剣を研ぐ音と相まって、静かな部屋に溶けていった。



続く

次回投稿は、12/15(金)14:00です。

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