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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その84~会議二日目、夜の密会②~

 だがそれでも、やるべきことをやらねばならない。人事を尽くさねば、天命も何もあったものではないだろうと、アルフィリースは前を向いた。


「そのことを聞いたうえでアンネにお願いがあるわ」

「ふん、ようやく本題か。それを頼むために私を呼んだのだろう? 言ってみるがいい」


 アンネクローゼの言い方は尊大だったが、これがアンネクローゼという人間であって、彼女に悪気がないことをアルフィリースは知っている。むしろ出会った時と同じアンネクローゼに安堵した。リサやシーカーの報告を待つまでもなく、彼女がカラミティに操られている可能性はないだろう。

 アルフィリースはアンネクローゼに自分の考えを話した。


「現在国王の代理を務める使節団長のヴォッフ。彼を排除できないかしら?」

「ヴォッフを排除、だと?」


 アンネクローゼはぎくりとした。それはローマンズランド国内で、彼女がかつてやろうとしたことだからだ。だがその際は断念した。宮廷内で血なまぐさいことをすることが躊躇われたというのもそうだが、ヴォッフはスウェンドルの寵臣である。彼を実力排除すれば、どのような不興をかうかわからない。

 アルフィリースは続けた。


「あのヴォッフとかいう人、無能な振りをして相当頭が切れるわ。卑屈を演出して、相手がどう出るか確認している。かなり厄介ね。彼がいる限り、ローマンズランド追及の手は思うようにいかないでしょう」

「待て、それには私も同意するが、使節団長を交代するとなると相当な理由がなければならない。私にどうしろと?」

「その意見を話し合うために呼んだのよ。実力で排除すればいいのなら、もう私がやってるわ」


 アルフィリースの言葉にアンネクローゼは背筋が寒くなった。アルフィリースは必要に応じて、ローマンズランドの使節団長を暗殺する可能性もあると言ってのけた。もちろんアンネクローゼもその可能性を考えなかったわけではない。だが口にしてみると、どのくらい人の死が重いかはようやくわかる。

 そういった苛烈さにおいて、戦場を渡って来たアルフィリースと自分では根本的な違いがあることを、アンネクローゼは理解した。

 だが同時に、アルフィリースは自分に配慮したこともアンネクローゼは理解している。使節団長が暗殺されることになれば、護衛は面目丸つぶれとなる。今回、アンネクローゼが護衛の長である可能性も考慮し、アルフィリースが思いとどまったことがわかったのだ。


「そうだな・・・ヴォッフを排除しても、奴の派閥の誰から同じように振る舞うだけだろう。それはうまいやり方だとは思えない。それよりもヴォッフに何らかの取引を持ち掛けて、会議を有利に進めるかどうかだ」

「ヴォッフという人物の人となりは?」

「私利私欲が強く卑屈。スウェンドル王に気に入られるためなら、どんな下劣なことでもやってのけるだろう。また金目の物に目がなく、賄賂も大量に受け取っていると評判だ、と思っていたのだがな」

「なんでそんな人物が国の重鎮になるのよ」


 アルフィリースは呆れてため息をついたが、国とはそういうものだとアンネクローゼは割り切っていた。まさか、自分の父王の目が節穴だからとも言えない。

 アンネクローゼは続けた。


「最初はそうでもなかったはずなんだがな・・・最初に名前を耳にした時は、有能な官僚だと思っていた。地方から官吏の選抜試験を受けて立場を上げてきたはずなのだが、いつしか私利私欲の代名詞みたいな輩になっていた。何が起きたかまでわかるほど、私は政治に明るくない。

 ともかく、買収するなら金だろうな」

「あとは、女?」

「さて、どうだろうな。夜の御業は役立たずだとのもっぱらの噂だが」


 アンネクローゼの物言いに、アルフィリースは不満そうな顔をした。この反応を見るに、どうやらまだ男はいなさそうだと、アンネクローゼは心の中で苦笑した。


「ともかく、ヴォッフを私が買収する。そして明日の会議で私が王の代理として会議に臨む。そういうことだな?」

「ええ、その通りよ。その一日で決着をつけるわ。できれば午前で方をつけてしまいたい。心配しなくても、ローマンズランドそのものが悪いわけではないことをアルネリアは理解しているわ。一時的に責任を負わされることになったとしても、そこまで悪くはないはず。いえ、むしろ――」

「このまま戦争が続いた方が最悪だろうな。長期的に見て、仮に勝ち続けて中原すら支配したとしても、ローマンズランドとしての誇りは死ぬだろう。それがわかっている者があまりいないのが問題だ。

 侵略戦争などなくてよい。それよりも、国が困窮した時のために、周辺諸国とのさらに密接な連携の方がよほど重要だ」


 アンネクローゼの言葉にアルフィリースは微笑んだ。やはり自分の目に狂いはなかった。アンネクローゼは為政者として、必要な広い視野を持っている。それが確認できるだけでも、やはり友人でよかったと思うのだ。

 そしてアンネクローゼが逆に身を乗り出してきた。


「で、アルフィ。私が以前から出してきた条件のことだが」

「ええ、わかっているわ。ローマンズランドへ行き、貴女の傍で戦うことね?」

「どうだ? 受け難い案件なのはわかっている。我々には正義はなく、難しい戦いになるのもわかっている。それでも――」

「お受けするわ」


 アルフィリースは澱みなく答えた。もとからそのつもりだったのだ。ただ安易には受けないことと、状況を見極めることだけは考えていた。

 アンネクローゼはきょとんとした後、その髪と同じように輝く笑顔でアルフィリースの手をとった。



続く

次回投稿は、12/9(土)14:00です。

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