戦争と平和、その83~会議二日目、夜の密会①~
アンネクローゼはアルフィリースからの手紙を見て、アルネリアに出向いたのだ。アンネクローゼも折を見てアルフィリースに連絡するつもりではいたが、アルフィリースからの接触の方が早かったことにアンネクローゼは驚いていた。
「アルフィめ、王女を手紙一つで呼び寄せるとは何事か。全く、これだから礼儀知らずは」
不満を漏らすアンネクローゼだが、その表情はどこか嬉しそうでもある。アンネクローゼとアルフィリースは手紙で親交を深めており、気さくなアルフィリースに気難しいと言われたアンネクローゼもほだされていたのだ。
またアンネクローゼに心を許せる腹心、特に女性がほとんどいなかったことはアルフィリースにとって有利に働いた。いつしかアンネクローゼの中では、数日しか会ったことのないアルフィリースが親友のように感じられていたのである。足が速まるのは、決して焦っているからだけではない。
そしてアンネクローゼは開けた場所にたどり着いた。アルネリアの中にさらに草原があることが驚きだったが、どうやらあえて整備されていない街区らしい。シーカーの住む場所となったその近くで、アルフィリースは待っていたのだ。
「アンネ、久しぶりね。来てくれて嬉しいわ」
「全く、王女を呼びつけるとはどういうつもりだ? 用があるならそちらから来ればよかろう」
「本気で言ってるの? あんな魔窟に飛びこむような度胸は、さすがの私にもないわよ。アンネだって気付いているんでしょ?」
アルフィリースは笑顔で述べたが、正直な感想だった。アンネクローゼがどの程度勘付いているのかもわからないが、揺さぶりをかけておく必要はあった。
また、アンネクローゼが本当に元のアンネクローゼのままなのか。アルフィリースの周囲にはシーカー、エルフが多数伏せており、またリサも配置されている。仮にアンネクローゼが何か不審な動きをしたら、すぐに飛び出すつもりだった。
だがアンネクローゼはアルフィリースの質問に対して暗い顔をしただけで、何も応えなかった。逆にその表情が事態の深刻さを物語っていた。
「私には・・・何もわからない。正直誰が味方で、誰が敵なのか。王宮内は確かにアルフィの言う通り魔窟だ。元々権謀術数の渦巻く場所ではあったが、ローマンズランドは無骨な人間の集まりだ。あそこまで互いが互いの顔色を窺い、畏れ、言葉も交わさなくなるなどということはなかった。
私ももう信用できる人間といえば、妹と、近しい将と、近習のメイド数名程度しかいない。今回の使節団にも突然呼ばれた理由がわからない。宮廷内で親しい派閥の者など誰もいないのだからな」
「誰もいないの? 王との関係は?」
「意見はおろか、顔を合わせることもない。以前無理に寝所にまで押し入って意見したが、今では私室にすら入れてもらえないよ。朝議にも顔を出さないし、国政は正直止まっている。私たちで裁くことが許可されている案件だけ、かろうじてなんとかしている状態だ」
アルフィリースはその会話の内容に疑問を持った。
「待って。宮廷で朝議が催されていないのなら、誰が侵攻の指揮を執っているの?」
「傭兵だ。『策略家』クラウゼル。彼の指揮の元、侵攻は行われている」
「傭兵の言うことを、ローマンズランドの将軍たちが聞くの?」
「いや、侵攻しているのは傭兵と魔物の集団だけだ。クラウゼルはまずは傭兵と魔物だけを使い、周辺諸国を落してみせると言った。ローマンズランドの軍隊は、自分が占領した後の土地の統治を行うようにとのことだった。
自国の戦力を使わない侵攻にももちろん反対の声が多かったが、ならば自分が勝手にやったことにすればいいとまでクラウゼルは言い放ったのだ。そして国王不在のままの朝議は無視され、侵攻が始まった。そしてローマンズランドはやむなく、クラウゼルが侵攻した後の統治をおこなっている。これが真実だ」
「なんてこと・・・」
アンネクローゼの言葉が事実だとしたら、いかようにもローマンズランドは言い訳ができる。旗色が悪ければ傭兵や魔物の独断専行ということにしてもいいし、侵攻の成果がよければその利だけをとることも可能だ。
実際にそんな言い訳が通用するかどうかは問題だが、この事実が伏せられたまま平和会議が終わり、対象が曖昧なままローマンズランドに対する宣戦布告が成されようものなら、逆にローマンズランドに対する先制攻撃ともとられかねない。そうなれば、ローマンズランドを恐れてなびこうとしている国が、下手をするとローマンズランドの側につくだけの理由を与えかねない。
アルフィリースはぞっとした。どこまで計画的に侵攻しているのだろうか。そもそも戦の前の諜報戦で完全に負けているとしか思えない。この会議の結果がどうなろうと、戦争はもはや避けられないことをアルフィリースは覚悟した。
続く
次回投稿は、12/7(木)14:00です。