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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その82~会議二日目、予選会⑯~

「副長との稽古がなければ、ああ上手くはいきません。相手の剣筋が読めたゆえの戦い方でした。まともに戦えば、かなりの強敵だったでしょう」

「そりゃそうだろうな。相手は若いが、正規の騎士だ。アレクサンドリア軍人でも500人に1人程度しか選ばれない、精鋭中の精鋭だ。まぁ年若くはあるが、それだけ将来を嘱望された奴なんだろう。ルナティカと訓練してあいつが基準になってなきゃあ、何もできずに負ける方が普通だ。

 それを手玉にとれるのは、正直お前が異常だ。相手も違和感は感じたろうが、まさかそんなことをできる奴が自分より年下なんて可能性を、想像してもいなかっただろう。お前の年齢がもうちょっといってたら、逆に警戒されて苦戦したかもしれんな」

「はい、薄氷の勝利でした」

「ふん、勝つだけなら一瞬だったくせにか。そこまでして自分の実力を隠したいか?」


 ラインが険しい顔で問い詰めているのを見て、レイヤーは押し黙った。あまりラインの厳しい顔というのは見たことがないレイヤーだったが、どうやらラインを怒らせてしまったようだ。

 その理由がレイヤーには不明だったが、なおもラインは続けた。


「レイヤー、お前は自分の腕前を世に広く認められたいと思ったことは?」

「いえ、ありません」

「これっぽっちもか?」

「はい、微塵も」


 澱みない答えにラインは頭を抱えた。


「なぜだ? 正直お前ほどの才能と腕前があれば、どこに国でも士官はできる。イェーガーで名を馳せ、そこを踏み台にすることは充分に可能だ。

 士官しないにしても、傭兵としての評価を上げれば、もっと高額の依頼が舞い込むだろう。なぜそうしない? 努力に見合う報酬を求めるのが、人間ってものじゃないのか」

「お言葉ですが、副長。それは副長にも言えることです。貴方は充分に強いが、まだその才能の全てを明らかにしてはいない。貴方がその気になれば、もっと我々傭兵団の練度は上がるのでは?」

「質問を質問で返すなよ。俺が聞いているのはお前のことだ。目的のない剣は暴力だ。そしてお前の剣は、既にただの暴力の域を超えている。このままお前の剣がまだ上達するというなら、俺はお前を止めなきゃならん。俺が止められるうちにな」


 ラインが殺気だった。レイヤーにとってラインから殺気を向けられるのは初めてだったが、不思議と悪い気持ちはしなかった。それどころか、どこか受け入れている自分がいることに驚いたのだ。

 その時レイヤーは察していた。ああ、自分は団長と同じく、この副長のことも好いているのだと。ぶっきらぼうで、いい加減に見えて人一倍正義感も面倒見も良いこの傭兵らしくない傭兵を、守りたいと考えているのだと気付いた。

 レイヤーはふっと微笑んで答えていた。


「心配しなくとも副長、僕はイェーガーのために剣を振るいますよ。それ以外のどの連中のためにも剣を振るうことはしません」

「信じていいのか?」

「騎士ではありませんが、この剣に賭けて」


 レイヤーが目の前で木剣を捧げて誓った。それは意味のない形状のことかもしれなかったが、確かにレイヤーは嘘を言ってないとラインは信じた。

 ラインは息を吐くと、レイヤーに道を譲った。


「わかった。本戦をどこまで本気で戦うつもりか知らんが、思うようにやれ。ただし! 俺が剣を教えている以上、無様な負け方だけはするな。イェーガーの評判に関わる」

「もちろんです。でもあまり勝ち進むつもりはありませんよ? エルシアやゲイルにばれちゃいますから」

「それでいいさ。だが、時にはわがままで剣を振るっていいんだ。その方が窮屈じゃなくなるからな。剣を振るうのがつまらなくなると、命に関わる」

「副長は窮屈ですか?」


 レイヤーの問いにラインは寂しそうに笑っていた。


「昔よりはな。年を取ると、自分のために剣を振るうのは難しくなるんだ」

「そうですか・・・言われて、今ふと思ったのですが」


 レイヤーが言い澱んだ。言葉を探しているのか、ラインに言いにくいのか。


「僕は自分のために剣を振るったことがない。どういうものが自分の剣なのか、ちょっと考えてみます」

「そうか」


 それだけ告げてレイヤーは去って行ったが、その背中を見てラインは思った。誰より騎士らしいのは、本人がわかっていないだけでレイヤーなのではないかと。


***


 会議二日目の夜、平和会議の周辺は煌々と灯りがともっていた。会議場では各所では諸国の使節同士で会談が開かれ、あるいは会議場の外では予選を勝ち抜いた闘技者たちが本戦に向けて景気づけに杯を重ねていた。負けた闘技者も自分を売り込んだり、遠路はるばる訪れたアルネリア400周年祭の夜通しの出店を楽しんでいる。

 出店はアルネリアの城壁付近にまで続いていたが、夜間は門が閉じられアルネリアの中はしんと静まり帰っていた。住人の多くが外に出払って夜通し楽しんでいる者が多いというせいもあるが、それにしてもアルネリアの静寂はやや異様ではあった。

 その中を闇に紛れるように歩く人物がいた。閉門の少し前にアルネリアに入り、酒場で適当に時間を潰すと目的の場所に足早に移動する。ローブからこぼれたブルネットの髪が、月の光を受けて輝いた。ローマンズランド第三王女、アンネクローゼその人である。



続く

次回投稿は、12/5(火)14:00です。

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