戦争と平和、その81~会議二日目、予選会⑮~
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レイヤーはさらに自分の出番を待っていた。ルナティカに教わった技術でひたすらイェーガーの仲間から姿をくらましつつ、次の試合を静かに待っていた。試合は番号順に進行するため、早ければ本日もう一試合組まれそうだった。そしてレイヤーの予想通り、その日の陽が暮れてから、試合に呼ばれることになった。
イェーガーの面子を避けた分、相手の情報はなかった。レイヤーの試合が終わった時には相手も試合を終えており、どんな相手かもわからない。エルシアやゲイルがいれば頼まなくても相手の情報を集めてきたかもしれないが、戦場では相手の情報がない方が通常だ。見て、その場で対応しなければならないのがいつも通りだと考えれば、少し気が楽になった。
先ほどのザックスという対戦相手は間違いなく強かったろうが、木製の武器しか使えないこの大会では使える戦闘方法が限られる場合もあるため、必ずしも肌で感じる強さがあてにならないこともある。だがレイヤーは次に出てきた相手を見て、内心で驚いていた。知っている気配の持ち主だったからだ。
「(ライン副長を尾行していた奴の一人だな)」
はっきりと姿を見たわけではないが、相手の気配、足運びでわかる。そうなるとアレクサンドリアの騎士ということになるが、仲間とおぼしき連中も観客には混じっている。
レイヤーは悩んだ。確実に一定以上の腕前だし、そんな奴相手に戦いを長引かせても実力がばれてしまう。あっさり勝つのも変だし、勝ち方が難しかった。
「(また地面を転がっているうちに風船を割るか? いや、二番煎じはあまりよくないな。わざとらしいし、地面を転がりまわる奴がイェーガーの傭兵だと思われても、団の評判に関わるかもしれない。
ここは時間をかけるか・・・いや、それで誰か気付いて応援に来ても面倒だ。しょうがない。難しいけど、やってみるか)」
レイヤーは対峙した相手と呼吸を合わせた。相手の武器は剣と短剣の二刀流。比較的珍しいが、短剣の形が相手の剣を絡めとるような鍔広の形をしているので、戦法は予想がつく。尾行のやり方からもおおよその腕前も想像できる。ならば、やることはそれほど難しくない。
開始の合図がなされた。相手は間合いを徐々に詰めてきたが、レイヤーには正直退屈だった。こんな間合いの詰め方を戦場でしていては、背後から刺されるだけである。レイヤーは仕掛け合いをする振りをして、わざと隙を作った。途端、相手は好機だとばかりに攻め込んできた。
「(さて、上手くいくかな?)」
相手の剣がレイヤーの風船を一つ割った。そしてレイヤーも相手の風船を一つ割る。相手の剣に合わせてレイヤーが相打ちに持ち込んだ形だが、正直今の間で三つは風船を割ることができた。
相手は少し距離を取り、レイヤーを観察している。風船を割られたことが驚きなのだろうか。レイヤーは驚くことなく、冷静に相手を観察していた。
「(まぁ、隙だらけだけどね。それもわからない技量だとしたら、さっきの相手の方が戦場ではよほど強いだろうな。こういう競技会ではどうかわからないけど)」
レイヤーはそんなことを考えながら、接戦を演出した。相手の攻撃に合わせ、一つ風船を割らせ、相討ちで一つ割る。相手はレイヤーの作戦を相討ち狙いだと考えたのか、なんとか相討ちを防ごうとするが、相手の型がきれいな分、レイヤーには全て予測ができた。
これもラインとの稽古の賜物だが、ラインよりも何段階も下の相手では、剣が導かれるようにするすると自然に出た。その段階において改めてレイヤーはラインの技量の高さを認識したが、この相手はレイヤーを相当手ごわしと見たのか、風船が割れるたびに徐々に驚きの表情になっていった。
そして風船は互いに残り二つ。背中と、左肩である。競技時間は半分も経過していない。ここまではレイヤーの予想通りだったが、相手が戦法を変えてきた。距離をとって先手をレイヤーにとらせるつもりのようだ。
レイヤーはそれに気付くと、すぐに対策を練った。
「(それは困るけど、まあ想定内の動きかな。じゃあこうしたら、プライドの高い騎士様ならどうする?)」
レイヤーは相手にあえて背を向けた。対戦相手に背を向けるとは最大級の挑発行為で、まして騎士が相手なら侮辱ともとれる行為だ。当然相手は激昂して自ら斬りかかってきたが、背を向けていても、怒りで歩法の狂った相手など、レイヤーには手に取るように相手の行動がわかった。
そのうえで、振りむきざまの剣戟からわざと拙く絡まる振りをして互いにバランスを崩し、その中でレイヤーは相手の背中の風船を割った。そして相手が飛び起きて再度斬りかかってくる時、自分の左肩の風船を割らせながら、相手の短剣を膝と木剣で挟むように破壊して、その破片で相手の風船を割ったのだ。
狙いすましたレイヤーの剣だったが、誰の目にも偶然としか映らなかった。そのまま組み合いで時間を過ごすと、試合終了の宣告に観衆は湧き、相手は項垂れながらも握手を求めてきた。そしてレイヤーの本戦での健闘を祈願すると伝えると、笑顔で去って行った。
どうやら人間としては悪い人物ではなかったのか、それとも騎士の矜持がそうさせるのかはレイヤーには不明だったが、さすがにそれら全てを無下にすることもできず、観衆の拍手にも一応答えた形で会場を後にした。
そしてその去り際に、レイヤーは声をかけられたのである。
「よう、熱戦だったな。イェーガーの連中はほとんどいなかったようだが」
「副長」
ラインがそこには立っていた。ややにやつきながらも、レイヤーに握手をして祝福した。わざとらしいとレイヤーは思ったが、払いのけることもできず躊躇いがちにその握手に応じた。
「とりあえず、本戦進出おめでとうよ」
「ありがとうございます」
「で、どうだった? ナイツオブナイツを相手に、手玉にとった感想は」
やはりラインには気づかれていた、とレイヤーは苦い顔になった。見るべき者が見ればわかってしまうのだが、レイヤーは己の未熟さを悔いたが、正直に答えていた。
続く
次回投稿は、11/22(日)14:00です。