戦争と平和、その79~会議二日目①~
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大陸平和会議二日目。
会議の場はいきなり荒れていた。ローマンズランドのスウェンドル王が、まさかの欠席となったからだ。ローマンズランドの弁明を論破するためそれぞれが準備をしてきたのに、それらは全て虚しい努力となった。そして代わりに出席したヴォッフは、「これは私の権限では答えられませぬ」「これは私には知らされておりませぬ」程度の答えしかできず、午前全てを費やした質疑の数々は、ろくな回答も得られず会議は何も進展しなかった。
休憩をはさみ、今度は黒の魔術士なる者と思しき行為、被害が諸国から挙げられたが、その途中で今度はスウェンドル王が突如出席してきたのである。そして「ローマンズランドに対する質問がないというのなら引き上げる。黒の魔術士への対応はそなたたちがすればよい。我々は自国の対応で手いっぱいなのだ」と、きた。
ミランダがぐっと我慢して事情を説明すれば、「我が国の協力がどうしても必要というのならば吝かではないが、それに見合う対価が必要だし、そもそもどの程度の被害なのかもう一度聞かせてもらおうか」と、スウェンドルは述べた。諸国の陳述もほぼ終盤にさしかかり、もう一度繰り返すとなれば完全に日が暮れてしまう。
ミランダは今までの陳述を文書にして渡すゆえ、明日までに目を通してほしいとスウェンドルに申し出た。スウェンドルは心底気怠そうな顔つきとなったが、そこで会議は一度解散となり、翌朝より議題は黒の魔術士への対応から再開されることとなった。
会議が解散となったところで、ミューゼがドライアンとレイファンに声をかけ、別会議場に入った。ミューゼが入るなり、ため息をついた。
「やられたわ、そう来るとは」
「ええ、これでは明日も無駄でしょうね」
「なぜだ? 確かにスウェンドルの遅刻は非常にまずいが、明日が無駄だとなぜわかる?」
ミューゼの言葉にレイファンは相槌を打ったが、ドライアンはそれほど納得がいっていないようだ。
アルフィリースがドライアンに説明した。
「王様、おそらくスウェンドルは明日ものらりくらりと議論を躱すでしょう。文書に落ち度があった、あるいは文書が紛失した、あるいは解決案を出す段階となって、ありもしない緊急の用事で早退するかもしれません」
「そこまで露骨にするかな? 奴らとて、国際的な立場が不利になるならまだしも、完全に立場をなくしたらどうしようもあるまい」
「本当に全て攻め滅ぼすつもりなら、これから蹂躙する国々の代表など気にかける価値もないでしょう。彼には、中原と東の諸国を全て滅ぼすまでの大義名分――大陸平和会議に参加し、弁明したが解決が得られなかったという事実がありさえすればいい」
「そんな強引な言い訳があるか!」
ドライアンは信じられないとばかりに叫んだが、ミューゼは首を横に振った。
「ほとんどの国の使節がここには集結していますが、仮にローマンズランドの非が確定しない場合、諸国が連合して合従軍を興すだけの大義名分が立ちません。またそうでなくともローマンズランドほどの軍事大国と、戦いたいと思えるだけの戦力を有した国はいくつもありません。
ならば攻め滅ぼされるのを前提で、敗戦処理をどうするのかと考える国が増えてもおかしくはないのです」
「馬鹿な! 始まる前から攻め滅ぼされるのを前提で交渉し、身の振り方を考えるというのか?」
「小国の処世術、あるいは血筋さえ残っていれば、考える王族がいてもおかしくはないでしょう。ただ今回の相手にはそういった通常の戦争の理屈が通用しないことを諸国が理解した時には、手遅れかもしれませんが」
「下手をすると、既に水面下ではローマンズランドに隷属するための工作や交渉が始まっていてもおかしくありませんね。そのための時間稼ぎである可能性もあります」
ミューゼの言葉にレイファンが付け加えた。レイファンが調べたところによると、事実昨夜のうちにローマンズランドの陣に使いを寄越した国は複数あった。そのほとんどが不戦条約の申し込みではないかと推測している。
あまりに卑屈な反応だとここにいる者は考えたが、それも国力が充実する、あるいは志が高い国の首魁だからこその発想だということもわかっていた。小国には小国の生き残り方があることを、誰も責めることはできない。
アルフィリースはしばし考えた後、一つの案を出した。
「なら、スウェンドルがいようがいまいが、関係なければいいのよね?」
「国王だぞ? 無視するわけにもいくまいよ」
「いえ、少し無茶になるけどやってみる価値はあるわ」
「あてにしてもよいのかしら?」
「さぁ、五分よりは勝ち目のある賭けだと思っていますけど」
ミューゼの問いかけにアルフィリースがやや自信なさそうに答えたので、その場の全員が不安な顔になった。だがそれ以上妙案が出るわけでもなく、彼らはアルフィリースの策に明日の会議の命運を託すしかなかったのである。
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予選会では運営が頭を悩ませていた。予定されていた予選そのものは終了したのだが、想定以上の参加者の多さに、さらに勝ち抜き戦を行う羽目となった。集団戦で一気に片付けようという案もあったが、同じ形式を繰り返すのは面白みに欠け、また本戦で待ち構える実力ある戦士たちのことを考えると、あまり程度の低い者を運で勝ち抜けさせても盛り上がりに欠けるのではという結論に達した。
そして予選の日程を一日伸ばしてでも、今度は一対一の戦いで二度勝つことで最終的な予選勝者ということになった。元々予選と本戦の間は一日空ける予定だったので、予選勝ち上がりの者に余裕がなくなるだけで、進行そのものには影響が少ないだろうと考えられた。
集団戦を勝ち抜けた者は二組に分けられ、それぞれが数字の書いた紙を引かされた。そして同じ数字になった者同士が戦うことになったのである。
レイヤーはこの形式を嫌った。なぜなら、目立つことは避けたかったからだ。今後のことを考えると、できれば本戦の報酬が欲しい。だが一対一ではごまかしにも限度がある。できればイェーガーの面子には見られたくないと考えたが、幸いにして会場や試合順すら抽選した場所で割り振られたため、レイヤーは誰に知らせる間もなく戦うことになった。
レイヤーが会場に向かうと、既に相手は準備を終えていた。背が高く筋肉質だが、非常に穏やかに見える男だった。糸目のせいで思考が読みにくいが、その得物に驚いた。
「両腕に、盾・・・?」
男は武器を装備していない。両腕に木製の盾を装備しているだけである。背後からは彼らの仲間を思しき連中から応援が飛んでいた。
「ザックスー! がんばれよー!」
「お前に賭けてるんだ! いい成績出さなかったら、承知しねぇぞ!」
ザックスと呼ばれた男は笑顔で片手を上げると、くるりと振り返ってレイヤーに相対した。その表情は相変わらず読めないが、雰囲気は一変した。レイヤーはその特有の空気の変化を感じ取る。この男は、間違いなく強いと。
続く
次回投稿は、11/30(木)15:00です。