戦争と平和、その76~会議二日目、予選会⑫~
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「レイヤー、あんた午後から予選の続きでしょ? こんなところで何してんのよ」
レイヤーは予選会の会場整理をしているところを、エルシアに呼び止められていた。レイヤーは会場警備をしながら予選会に出場している戦士の様子を見て学んでいたのだが、正直に言うのは憚られた。
「いや、人手不足で」
「そんなのゲイルにでもやらせておけばいいのよ。どうせイェーガーの宿舎で腐っているんだから。それより予選に集中したら? 二つ勝てば本戦だけど、一つ勝つだけでも報酬がそれなりに出るんでしょ?」
「多分ね。聞いた話だと、ここからは勝つたびに倍々になるとか」
「だとすると・・・ええと、いくらになるのかしら」
「仮に本戦で二つ勝つと、僕の俸給一年分以上にはなるかな」
さも当然のごとく言ってのけたレイヤーに、エルシアは目を丸くした。
「はぁあ!? それならなおのこと、集中しなさいよ!」
「いや、そんなに勝てるとも思っていないし、自然体の方がいいかなって。欲をかくとろくなことがないよ。ゲイルを見てればわかるでしょ?」
「む、それは確かに」
「それよりもエルシアこそ。今日の午後には女子部門の予選でしょ?」
例年は予選開催のない女性部門だが、イェーガーにはたくさんの女性傭兵が在籍しているため、ミランダが予選から企画した。通常は招待選手だけの本戦で行われていたが、もう少し華に欠けると評されていた。
今回は一対一の予選を開催したせいで大量の参加者が集まったが、それでも三回勝てば本戦に到達する程度の人数である。改めて、女性が剣で生きるのは難しいと感じさせる結果だったが、逆にエルシアは好機だと取らえていた。女性部門でも本戦まで勝ち抜けば、それなりの報酬がもらえるからだ。
「まぁ予選と言っても、ほとんどがイェーガーの内部戦みたいなものよ。点数制なのは大きいわね。ターラムとは少し要領も違うでしょうけど」
「組み合わせは?」
「もう張り出しがあったわ。知ってる顔ばかりで、とりあえずは問題なさそうね」
こともなげに言うエルシアだったが、イェーガーの内部の女性傭兵も素人ばかりではない。中には歴戦の傭兵もいるのだ。それらが参加する予選会にあって、剣を持って1年少々のエルシアが「問題はない」と言い切るのである。エルシアは見栄を張っているわけではなく正直な評価なのだろうから、それがいかに凄いことか自分でもわかっていないのが、いかにもエルシアらしくて思わずレイヤーは笑ったのだ。
意図せず顔がほころんでいたせいか、エルシアが不審そうにレイヤーを眺めていた。
「・・・何よ、何かおかしなことを言った?」
「いや、全然。それよりこれを」
レイヤーは昨日受け取ったグレイオークから木剣を削りだしていた。刺突剣に仕上がったそれを見て、エルシアは目を丸くした。
「もうできたの?」
「殺傷能力があるわけじゃなし、剣を削りだすだけならすぐさ。それらしく仕上げてみたけど、どうかな?」
本当はシェンペェスの知恵も借りながらの削りだしと仕上げたため早かったのだが、レイヤーはそのことは内緒にした。
エルシアが出来上がった剣を試し振りし、納得する。
「うん、振りやすいし、これなら問題なく扱えるわね。それにしても握りまで一発で合わせるなんてすごいわね」
「練習用の剣を見せてもらったし、エルシアの癖は見ていればなんとなくね。一発であっているのは偶然だけど」
「私の癖?」
「攻撃に変化がつくとき、ちょっとだけ顔つきが変わるんだよ。本当は無表情が一番いいだろうけど、エルシアじゃなくても難しいよね」
レイヤーは何気なく言ったし、エルシアをいつも気にかけているのは当然なのだが、エルシアは思いのほか内心で舞い上がる自分がいたことに驚いた。鏡に向かって練習することもあるが、表情が変わることまではわかっていなかった。もちろん練習と実践ではちがうことなのだが、レイヤーが自分を気にかけていてくれたことが嬉しかったのだ。
「そ、そう? 忠告ありがたく受け取っておくわ」
「役に立てば何よりだよ」
「また剣を打ってくれるかしら? 今度は時間がかかってもいいから、実戦用の剣がいいわ」
「良い素材が手に入ればね。あ、それとこれは試作品なんだけど」
レイヤーはさらに武器を取り出した。申請すれば投擲武器も使用してよい戦いだ。レイヤーが取り出したのは木の球だった。
「余った材木で作ったんだけどね。投擲が得意なエルシアなら使えるだろ?」
「ふふ、確かにね。点数制の戦いならこれは有効ね」
「あと、こんなものも作ってみたよ」
「これは?」
レイヤーが取り出したのは、一見同じ刺突剣に見えたが木製ではなかった。エルシアは手に取ってその剣を確認したが、木製の剣よりもさらに軽かった。
続く
次回投稿は、明日11/23(木)15:00です。