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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その75~会議初日、夜⑨~

「どうやったの? 魔術?」

「いえ、いわゆる『気合』というやつです」

「はぁ?」


 あまりに大雑把な言葉が出てきたので、思わずジェイクは間の抜けた声を出した。ジェイクの表情も相当間抜けに見えたのか、ティタニアは思わずくすりと笑っていた。


「さすがにいい加減すぎますかね。気功、闘気、発気、ルン。呼び方は色々ありますが、魔術とは異なる『技術』です。平たく言えば、生命力の有効活用とでも言いましょうか。 

 体内で練り、発動する。ただし、現在の人間にはほとんど使い手がいなくなってしまいました。人間の生命力などしれているから、余程有効に使用しないと利点を得られにくいでしょう。

 私の知る限り、もっとも優秀な使い手は勇者フォスティナ、それに五賢者ゴーラ。人間の世界で名を成す者達は、大なり小なり使いこなしていますが、特性とはまた違うものです。

 理解できますか?」

「いや、さっぱり」


 ジェイクが即座に首を横に振ったので、ティタニアは逆に納得したように頷いていた。


「正直でよろしい、私も最初はそうでした。では質問形式にしましょう。疑問があればぶつけてください」

「うーん、その技術とやらは俺にも使えるようになる?」

「無論、生物であれば誰でも使いうる技術です。ジェイクにも使えますし、部分的にはもう使っているかもしれませんね。使い方によっては体の強度を上げる、素早く動く、剣に力を与えることもできますから」

「俺が?」


 ジェイクには思い当る節がないが、ひょっとしたら追い詰められた時に信じられない力が出るのはこのせいなのだろうかと、ふと考えた。


「わからないんだけど、どうしてこんな便利な技術を皆使わないのさ」

「教える者がいないからというのが一つ。そうですね、仮にこれを気功と呼ぶとしましょう。気功とは、要は『上乗せ』です。元の体の強度によって、最終的な強度が決まる。つまり、いかに気功で身体能力を上乗せしても、元の体が貧弱では大した効果は得られません。体の強度が1の者が3倍にしても、そもそも体の強度が5あるものには勝てません」

「うん、それはわかる――ああ、そうか。人間がいかに気功で体を強化しても、人間の何倍もの強度や身体能力を誇る魔物には及ばないってことか」

「はい、その通りです。達人でも気功で強化できるのはせいぜい5倍がいいところ。小山のごとき体躯を誇る魔物には、人間はどれだけ強化しても腕力で勝てません」


 まぁドラグレオという例外はいますが、という言葉をティタニアは飲み込んでいた。ジェイクはそんなことは知らず、質問を重ねた。


「風呂の湯を吹き飛ばしたのは、また違う使い方だよね?」

「ええ、一瞬で放出して衝撃波に変換することも可能です。使い方によってはセンサーのようにも使えるでしょう。気功の長所はその応用力と言いましょうか。私もそれなりに詳しいつもりですが、ひょっとすると私が思いもつかない応用方法があるのかもしれません」

「なるほど、奥が深そうだ。ちなみに魔力とは違うんだよね?」


 ジェイクの飲み込みは早い。ティタニアは笑顔で頷いた。


「ええ、いわゆる小流オドは純粋な魔素を体の中から集めていて、気功とは使用する経路が違うのです。一部は重なりますが、それゆえに使い分けが難しい。同時に使用すれば、互いの経路がぶつかり合い、上手く使用できなくなったり、下手をすると肉体への過負荷で廃人となります」

「恐ろしいね。だから人間では上限の知れた気功よりも、魔術が普及したのか」

「そういうことです。魔術なら小流を用いて、大流マナへの干渉が可能ですから。より大きな力を使用するなら、魔術の方が可能性は高くなります」

「なら、気功を覚える意義は?」


 ジェイクの質問に、ティタニアは静かに答えた。


「その質問に対する答えは無数です。ですが、ジェイクならもう思いついているのでは?」

「――ああ、もう何通りか使い方は思いついている。だけどそれ以上に、強くなるなら手段を選んではいられない。外法じゃないなら、なんでも学ぶさ」

「その意気です。何のために、何を斬るのか。それさえ間違えなければ、貴方は素晴らしい騎士になるでしょう」


 ティタニアはにこりと微笑んだが、その笑顔があまりにも美しく慈愛に満ちていたので、ジェイクはまたしても顔を赤らめた。湯気が少なくなり、彼女の肢体を見ないようにするのに必死だった。

 そして誤魔化すようにさらに質問したのだ。


「な、なあ。その気功を使うのにどんな訓練をすればいいんだ?」

「まずは精神統一するところは魔術と同じです。ただ周囲の大気の流れや地脈を感じ取る魔力とは違い、血の流れを感じ取り、同時に生命の流れを感じ取るのです。流れさえわかってしまえば、あとは体の中心に溜め、集めたい部分に移動させるだけ。その一連の作業を動きながらできるようになれば、実戦でも使用できるでしょう」

「集めたい部分に――つまり、拳だけ強化することも可能だと」

「もちろん。慣れればこのようなこともできます」


 ティタニアは手刀に気功を集め、振り下ろした。放出された力が、湯を露天風呂ごと割っていた。鋭利な刃物で切断されたかのような切り口に、湯が思い出したかのように流れ出した。


「このように、気功を纏った手刀を武器とした者もかつていました。一部に集めるほど気功の密度は高まるので、高度は鋼以上にすることも可能でしょう」

「なるほど、凄いね。で、一つ聞きたいんだけど、この風呂は誰が直すの?」

「・・・」


 ティタニアは流れ出る湯をしばし見ていたが、不意に目を逸らした。


「・・・さて、夜の訓練はこれで終わりです。私はここにいないはずの人間なので、去るとしましょう」

「ちょっと待て、逃げる気か!」

「失敬な。湯船に見ず知らずの女性を連れ込んだと噂にならぬように、配慮したというのに」

「そもそも勝手に入ってきて、風呂を壊したのは誰だ! あ、まだ話は――」 


 露天風呂ではあったが、ティタニアは音もなくひらりと壁を飛び越えて外に出た。そこから侵入したのかとジェイクは今気付いたが、裸で彼女を追いかけるところを他人に見られれば、それこそ何を言われるかわかったものではない。

 ジェイクは再度風呂を見て、改めて気功の凄さを実感していたが、まずはどうやって言い訳をしようかと唸るのだった。



続く

次回投稿は、11/21(火)15:00です。

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