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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その72~会議初日、夜⑥~

***


「(外はどうなっているのか・・・)」


 マスカレイドは夫との寝所から月夜を見上げた。夫の眠りは深く、一度寝ると早々起きることはない。今日も求められるがままに体を預けたが、そう悪い気がしていない自分がいることに、マスカレイドは気付き始めていた。


「(これほど長くひとところに潜入したことはない。誰かを唆し、誑かすのは数えきれないほどやってきたが、一人の相手と深く関係を築いたことはなかった。今ではこの男の癖や味の好みすら完全に把握している。シーカーにしては愚鈍だが、素直で真面目な男だ。こういう男が夫なら、本来は幸せだというべきなのだろう。

 だがこの身が置かれた環境というのは――)」


 マスカレイドは自らの運命を思い起こした。滅びゆくスコナーの戦士として訓練を受け、ヒドゥンに見いだされ、スコナーの里を飛び出す形で任務についた。与えられた任務は間諜。同じような任務についた者は多数いたが、最も有能な一人だったと自負している。ヒドゥンの目となり耳となり、各地を巡って情報を集めた。

 変装が得意なマスカレイドは、時に人間に化けシーカーに化け、各地で混乱を起こした。信頼された相手を裏切ったことなど、数えるのも飽きた。中には本当に情が傾いたこともあったが、それも数を重ねるうちに心が凍り付いた。どうせ裏切るのだ、どれほど心を傾けてもしょうがない。全ては仲間のためなのだと、そう言い聞かせてきた。そうでなければ耐えることなど不可能だった。

 だが直接の命令を下していたヒドゥンとは連絡がとれなくなり、オーランゼブルの潜伏先を突き止める算段はまるで立たない。ハミッテからは無言の圧力がかかるこの状況で、マスカレイドは途方に暮れていた。


「(黒の魔術士に連絡を取る方法がない。シーカーの行動は以前より自由になったものの、アルネリアを出入りするのに以前より監視が厳しくなっている。アルネリアめ、口では愛だの平等だのを謳いながら、誰も信じていないのではないか。アルネリアに仮に組したとして、状況が好転するとはまるで思えない。そもそも黒の魔術士ほど強大な連中を、誰が倒せるというのだ。

 いっそこのアルネリアを去るか・・・いや、そんなことをしたらそれこそ今までの苦労が全て無駄になる。なんとかして黒の魔術士の連中に連絡を取らなくては)」


 マスカレイドがどうしようもない思案を巡らせていると、外に敷いてある侵入者を知らせる結界に反応があった。罠や迎撃用の魔術も敷いてあるのだが、それすらも気にする様子がなく平然と踏み込んでくる者がいた。確かに迎撃と言っても痺れたり軽い衝撃を与える程度で致命傷になるわけではないが、気にもかけずに歩いてくるのは普通の反応ではない。

 マスカレイドはベッドから飛び起きると、夫に気取られるのを防ぐために、咄嗟に夫の周囲に防音を含めた簡易の結界を張った。そして相手の気配が寝室の前まで来ると、扉の罠を作動させた。開ければ異なる方向から矢が同時に5本飛ぶ。達人でも5方向からの矢を受ければ、かすりくらいはするだろう。矢にはかすり傷でも致命傷となる毒が塗ってあった。

 マスカレイドは念のため短剣を構えたが、相手は何の躊躇もなく扉を開けた。罠が発動したが、5本の矢はあっさりと弾かれたのである。マスカレイドは間髪入れず飛びこもうとしたが、相手の殺気を感じて一歩踏み出したところで足が止まってしまった。もう一歩踏み込めば、確実に死ぬ。それだけのことがわかるだけの実力差を示す殺気。

 そしてこの殺気には同時に覚えがあった。


「・・・姫、いやカラミティね?」

「やはりここにいたわね、マスカレイド」


 部屋に入って来た女性は意外にもにこやかであった。多数の罠も先ほどの攻撃も、物のうちに入らぬと言わんばかりの余裕。カラミティはマスカレイドの夫をちらりと見たが、さほど気には留めてもいないようだった。

 だがマスカレイドはカラミティが恐ろしくて仕方ないのだ。先ほどまでは待ちわびた黒の魔術士なのに、よりにもよってカラミティが来るとは。マスカレイドはカラミティの機嫌を損ねないように、おそるおそる質問した。


「どうしてここに? いえ、どうやってここに?」

「私は一度会った相手の匂いは忘れないわ。アルネリアに来たときからあなたの匂いを察知していたのだけど、ようやく見つけたわ。

 私がここに来た理由は、あなたの方がわかっているのではなくて?」

「・・・さて。思い当ることが多すぎてなんとも」


 マスカレイドはカラミティの意図をとらえきれず、曖昧な返事をした。その様子が怯えて見えたのか、カラミティがくすくすと笑った。


「あなた、私のこと嫌いよね? いえ、嫌悪しているわよね?」

「・・・はっきり言うと、そうですね」

「ふふ、正直でよろしい。おべんちゃらを言われるよりはまだ気分がいいわ。さて、私がここに来た理由は、あなたのことが気にかかったからよ。ヒドゥンの扱う密偵はたくさんいるけど、アルネリアに潜入させたということはかなり信用していたはず。ヒドゥンなき今、どうしているのかなと思って」

「ヒドゥンなき今?」


 マスカレイドは問い返してから、しまったと思った。最初はきょとんとしたマスカレイドだが、その表情がみるみるうちに嗜虐に歪んだ。



続く

次回投稿は、11/15(水)16:00です。

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