戦争と平和、その71~会議初日、夜⑤~
カラミティはそんなラインの様子を見て多少気が晴れたのか、軽妙な口調のまま話を続けた。
「ここに来たのは単なる忠告よ。今ローマンズランドの本陣に手を出すのはおよしなさい。何もしなくても、きっとあなたたちの団長の望む結果が舞い込むわ」
「どういうことだ?」
「間諜が侵入していたわ。まぁローマンズランドの態度を見るに警戒するのは当然かもしれないけど、スウェンドルは私の管理下にない。うかつに手を出せば本当に暴走しかねないわ。今現在ローマンズランドの戦力が本気で暴れたら、どのくらいの被害が出るか。あなたなら想像がつくでしょう?」
ラインは竜騎士と戦ったことはない。だが攻撃の届かぬ高度から、一方的に投擲武器で陣を崩され、また陣立てすら筒抜けの状態で一撃離脱を繰り返されることがどれほど恐ろしいかは想像がつく。竜騎士の乗る竜には、火を吐く個体もいると聞く。ならば、アルネリアは良くて半壊か。イェーガーも攻撃対象にされるなら、相当の被害が出るだろう。
そしてラインはもう一つ考えていた疑問を口にする。
「あの王はお前の手先じゃないのか?」
「最初はそのつもりだったし、そうしようとしたわ。だけどあの男、人間にしては想像以上の傑物だったわ。私の力を取り込んでなお、自我を失わなかった。性格は少々変わってしまったけど、あそこまで私の力の耐えられるとは。正直、本当に愛しくすらあるわね」
「ちっ、面倒くせぇことをしやがって」
ラインの悪態にも、カラミティは笑顔で応じた。まるで悪いことをした子どもをあやすようでもある。その精神性が以前と違う気がして、余計に不気味だった。明らかに前回戦った個体よりも格上だ。
「まぁそう言わないで――スウェンドルは力を得たことで、本当に大陸制覇を考え始めた。ローマンズランドは知っての通り、大半が不毛な土地。竜騎士が近隣諸国、衛星国の紛争を解決し、その代わりに貢物をもらい国を支えるというシステムに、スウェンドルは心底嫌気がさしていたのよ。大陸制覇自体、スウェンドルが密かに抱いていた野望に他ならないわ。
私の力を得た分、手段や考え方は人間にしては歪んでいるかもしれないけど、彼が死ぬまでローマンズランドは止まることはないでしょう。あの国には私が操るまでもなく、スウェンドルに同調する将兵は思ったよりも多いのだから」
「お前はそれを大人しく支えているってのか? ふざけんな、そんな殊勝なタマかよ」
ラインの言葉にカラミティは肩をすくめた。
「これでも良妻賢母を目指しているのだけど?」
「お前の冗談なんざ気持ち悪くて聞きたくもねぇ。言え、何を企んでいる?」
カラミティの態度はおどけていたが、その目には鋭い光が宿っていることをラインは見抜いていた。
「はぁ、信頼がないのね――そうね、まずはオーランゼブルへの復讐かしら。ローマンズランドで戦争を起こすのは計画通り。だけどオーランゼブルの目論見では、ローマンズランドは負けることになっている。それを勝たせるわ。私を操っていた代償は大きいということを、思い知らせてやらないとね」
「それならオーランゼブルそのものを殺せばいいだろうが。なんでそんな回りくどいことをしやがる」
ラインの指摘にカラミティがくすりと笑った。
「2000年もかけて準備した計画が、オーランゼブルの目の前で崩壊するところを見たいじゃない? 人間なら、他人の不幸は楽しいでしょう?」
「お前の物差しではかるんじゃねぇよ。どうもすべてに納得はしかねるが・・・まあいい。それだけアルフィリースに伝えりゃあいいんだな?」
「その通りだわ」
「なら用意が済んだらさっさと消えてくれ。こんな夜道をちょろちょろされると、お前らを買おうとかいう馬鹿がでかねん。お前達も本陣を長く空けるのは、望むところじゃないだろう?」
ラインがさっさと立ち去ろうとするので、カラミティは逆に虚を突かれた。
「私たちと戦わないの? 本体が目の前に来るなんて、千載一遇の好機かもよ? 仲間を呼ばないの?」
「冗談はよせ。俺が一人でなんとかなるのは、この前が精一杯だ。お前達にみたいにヤバイ奴らと一人で戦うほど、己惚れてねぇよ。お前が本体だとして、ざっと500年熟成くらいか? 俺には手に負えんし、仲間を呼んでも被害が増えるだけだ。だからさっさと帰ってくれ」
ラインはそれだけ告げると、本当に去ってしまった。カラミティは念のため周囲を警戒したが、周りに誰か伏せている様子もない。無防備といえばあまりに無防備な行動に、あっけにとられたカラミティがいた。
「・・・呆れた、完全に間を外されたわ。これで暴れたら、完全に私が馬鹿みたいじゃない。本人の強さもそうだけど、あの男は本当に戦い慣れているのね。少しでも生意気なことを口にしたり、つっかかってくれば、ついでに殺すつもりでいたのに。
ここでイェーガーを潰すメリットもないし、癪だけど本当に帰るしかないわね。まあいいわ、最低限の目的は果たしたのだから」
カラミティは怒りを通り越してむしろ感心したと言わんばかりに大きくため息をつき、分体と共にその場を後にしせざるをえなかった。
続く
次回投稿は、11/13(月)16:00です。