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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その69~会議初日、夜③~

 虫たちはその中の最も大きい天幕を中心に、円を描くようにして止まっている。この天幕が大将のものであることは明らかだが、それにしても護衛がいない。全てを虫に任せているとでもいうのだろうか。


「あそこにこいつらの主、あるいは護衛対象がいるんだろうな。しかし見張りの一人もいないとはな」

「ターシャの報告だと――」


 空から確認した限り、最も大きな天幕の三つ隣が目的の天幕だと言っていた。そこにアンネクローゼが入っていくのを確認したと。ルナティカが果たしてその天幕に移動すると、中からはまだ灯りが漏れていた。背中を向けて机に向かうブルネットの髪の女性。アンネクローゼの姿であることに違いないだろうが、ルナティカは静かにその天幕に潜入すると、静かに声をかけた。


「もし、アンネクローゼ殿下」

「! 誰だ!?」


 虚を突かれたか、跳ねるようにして振り向いたアンネクローゼに近づき、その剣の柄を押さえ、口を塞いだルナティカ。アンネクローゼも一級の武人だが、ルナティカの方が早かった。


「静かに。アンネクローゼ殿下で間違いない?」

「・・・そうだ」

「アルフィリースの使い。手紙を殿下に」

「アルフィの? 見せてくれ」


 アンネクローゼが受け取った手紙を開けると、すぐに丸めてランプの火にくべてしまった。証拠は残さないということらしい。

 アンネクローゼは小さく頷いただけである。


「了解したとアルフィリースには伝えてくれ。それでわかる」

「承った。これで一つ任務完了」

「待て、どうやってここまで来た? 夜間はこの天幕から出るのは自殺行為だ。式獣を無数に放っているはずだが、天幕から出れば味方すら識別できない凶悪な奴らだ。無事に帰れる保証はないぞ。明日の朝までいた方がいい。それで隙を見て脱出させてやろう」

「もう一つ任務がある、余計な気遣いは無用」

「あ、待て!」


 アンネクローゼが止める暇もなく、振り返った時にルナティカはもう姿を消していた。そしてルナティカが外に出ると、スウェンドル王と思しき天幕の前に立つのっぺらぼうがいた。なぜ踏み込まないのかとルナティカが勘繰ったが、天幕の中からは睦事の声が聞こえてくる。声色からは女が3、男が1であることがルナティカにはわかった。

 絶好の機会ではないか。声が徐々に大きくなっていることを考えれば、相手は夢中なのだろう。特に仕留めやすいはずだが、のっぺらぼうは動かなかった。それどころか、ルナティカに意見を求めてきたのだ。


「どう見る?」

「どう、とは?」

「俺は踏み込むべきではないと考える、嫌な予感しかしないからな。中にはいるのは人間とはとてもいえない代物だ」

「人間でなければなんだと――」


 天幕には隙間があったので、のっぺらぼうがルナティカに見るように促した。視線そのものでも気付かれることはあるが、確かにルナティカにも嫌な予感はあったので、先に中の様子を覗いたのだ。

 中には確かに若い女が3、それに壮年の男が1。護衛の最中に確認したが、男は確かにスウェンドル王だ。その情交は非常に荒々しく、互いに汗だくでベッドが軋んで割れるのではないかと思われるほど激しい。女はともかく壮年の王にこれだけの体力があるとは尋常ではない気がしたが、ルナティカには彼らが愛しい恋人同士ではなく、巨大な蟷螂が互いに貪り食っているように錯覚された。

 それにしても無防備ではないか。天幕に隙間があることもそうだが、人除けの魔術も防音の魔術もない。昼間の尊大な態度を見ていればただの迂闊な行為としか考えられないが、もし罠なら――ルナティカもまた躊躇したが、のっぺらぼうが意を決したようにつぶやいた。


「――罠なんだろうが、依頼の内容として何もせずに引き上げました、じゃあ沽券に関わるわなぁ。仕方ない、やるとしようか」


 ルナティカがのっぺらぼうの方を振り向くと、既にのっぺらぼうは鋭い出足で踏み込んだ後だった。天幕の入り口が揺れると同時に、すでにスウェンドルの喉元に手が届く位置まで一歩で距離を詰めてみせた。

 だが刹那、のっぺらぼうとスウェンドルの視線が交錯した。その無機質な瞳を見て、のっぺらぼうの攻撃が一瞬鈍った。


「(こいつ、反応が早すぎる)」


 のっぺらぼうの一撃はスウェンドルの左腕に弾かれた。だがスウェンドルの左腕は今まで爆ぜた虫と同様、ぼこぼこと内部が膨らむような変化を始める。それを見たスウェンドルは躊躇なく、左腕を手刀で切断していた。

 人間に出来る芸当ではない。のっぺらぼうは追撃の手を止めて、飛びずさった。


「なるほど、振動を与えて相手の内部から破壊するのか。魔術ではなく、技術だな。珍しい技よ。外の虫の群れを突破するだけでも大したものだが、いずこの刺客か」

「・・・」

「話す気はなしか。面白みには欠けるが、よかろう」


 スウェンドルの左腕からは血が噴き出していたが、王は痛がるどころか気にかける様子もない。それが非常に不気味だった。そして女3人から殺気が漏れると、のっぺらぼうは女たちの正体に気付いた。


「(やはりカラミティの分身だな。50年熟成型が2体と、100年熟成型が1体ってところか。やってやれないことはないが、少々面倒だな。それに)」


 一番面倒で得体が知れないのは王だな、とのっぺらぼうは判断し、掌底で空気を全力で叩いた。波動が伝わり、その場の全員の平衡感覚と聴覚を奪う。その隙にのっぺらぼうは全力で脱出した。

 出てきたのっぺらぼうに続き、ルナティカも脱出した。中の顛末は見届けていたが、もうそれ以上この場にはいたくなかった。これ以上は命がないことなど、ルナティカでなくともわかったろう。脱出する時にはまた虫たちと戦うことになるが、それでも天幕の中の4人を相手にするよりは随分マシに思われた。

 ルナティカとのっぺらぼうが去った後、残されたスウェンドルと女3人は互いに顔を見合わせていた。


「王よ、追いますか?」

「捨て置け。それより尾行を付けたか?」

「はい、この周囲の天幕に入った者には、自動的に蚤がついています。彼らの行き先は放っておいてもわかるでしょう」

「なるほど、あの女の目論見通りか。ならば我々に心配することは何もない、続きを楽しむとしよう。まだ俺は満足していないぞ?」

「御意に」


 スウェンドルが凶暴な笑いを漏らすと、女たちはくすくすと笑いながら王にしなだれかかった。スウェンドルは左腕がないままだったが、出血はすでに止まっており、まるで左腕がないことなど気にかけてもいないように、行為の続きに耽ったのだった。



続く

次回投稿は、11/9(木)16:00です。

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