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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その68~会議初日、夜②~

「(まずい――)」


 致命傷をなんとか避けようと身をよじるルナティカの目の前で、虫たちが一斉に爆ぜた。耳障りな虫たちの音が一瞬遠のいたのは、周囲の虫が一斉にやられたせいであろう。ルナティカは体勢を立て直すと、いつの間にか自分の背後の立つ男性に気付いた。

 ルナティカがびくりと反応する前に、その肩をぽんと叩かれた。


「中々良い舞いじゃねぇのよ。お前、元々暗殺者じゃなくて戦士の方が向いていたのかもしれねぇな。それだけに惜しい、もう組織を離れちまったとはよぅ」


 ルナティカの前に進み出た男性は、粗暴な言葉遣いとは裏腹に美しかった。いや、美しく見えた。髪の長い美しい男性、だが何の特徴もない美しさだった。表現に困る美しさ、どこがどう美しいと言えばいいのか。それが作りものだと明らかにわかるからなのだと気付いた時には、ルナティカは思わず声に出して相手の名前をつぶやいていた。


「まさか、のっぺらぼう」

「なんだ、俺の事知ってるのか。まぁ渾名を知られたところで、正体がばれるわけじゃねぇけど」


 のっぺらぼう――アルマスの2番の異名である。特性として変形すらできる3番とは違い、姿形や性別すらも偽るとまで言われる純粋な変装の達人が、組織の2番だとかつて聞かされたことがあった。

 だがその手口や戦い方は一切不明。のっぺらぼうの仕事現場には、ただ肉塊となった相手がいるだけだと。化け物のような剛力だとも、敵を肉片に変える快楽殺人者だとも。それも全て、噂にしか過ぎないのだが。

 そして、目の前で確かにルナティカは見た。のっぺらぼうが触った虫たちが一斉に弾け飛ぶのを。何をどうやったかはわからないが、確かに虫たちは爆散したのだ。だがルナティカが動く前に、のっぺらぼうは鋭くルナティカの動きを制した。


「死にたくなけりゃ、余計なことは聞くなよ? 組織の裏切り者であるお前に対する、処分命令は撤回されていない。今はこっちが優先ってだけで、ウィスパーか大老の直接の命令があれば、俺はお前を消さなきゃならねぇ。それに、俺の秘密に触れても同様だ。

 別に存在を秘匿しているわけじゃねぇが、俺は見た物全てを破壊することで自分の存在を隠してきた。そうするように言われているからだ。お前が騒げば、他にも消さにゃならん連中が出てくる。意味がわかるな?」


 ルナティカは無言で頷いた。暗殺は対象だけを殺す場合がほとんどだが、確かに自分を見た者全てを殺せばそれも暗殺の成立となりえる。のっぺらぼうは指をゴキゴキと鳴らすと、虫たちに自ら近づいて行った。


「さぁて、全部殺してもいいんだが、さすがに面倒だ。お前、この陣でやることがあるんだろ? さっきの舞に免じて露払いは引き受けてやるから、さっさと終わらせて来い。んで、全て終わったら即座に撤退だ。俺もその方が助かるもんでな。それでいいな?」

「ああ」


 余計な返事をしている暇はなかった。人間ならのっぺらぼうの戦闘力を見て恐れもしようが、相手は恐怖することを知らない虫である。一度引いたのはのっぺらぼうの脅威を見定めるため。再度踏み込み彼らの陣地を侵そうものなら、虫たちは全滅するまで襲い掛かってくるだろう。虫を戦いに組み込む暗殺者はいるが、その規模と種類が変わるだけでおおよそ原則は変わらない。虫は、主人の命令に忠実に従うだけである。

 のっぺらぼうに守られるようにして、ルナティカは移動を始めた。戦いは激しかったが、虫たちは全力で侵入者を排除しようとしているのか、今度は羽音すら控えてほとんど無音で攻撃を仕掛けてきた。暗闇の中、それらを正確に叩き落とすのっぺらぼう。飛び散る虫と攻撃の鋭さの割に、静かな戦いだった。


「お前以外は全滅だな」

「?」

「お前以外にももう踏み込んだ連中もいるが、もれなく虫たちに食べられ、痕跡も残ってないぞ。陣地の中に見張りがいないのはそういうことさ。虫たちは陣の中にいる人間、おそらくは天幕以外にいる人間を無差別に攻撃するように命令されているんだろうな」


 のっぺらぼうは虫たちの猛攻を捌きながらルナティカに話しかけている。まだ余裕があるのっぺらぼうも恐ろしいが、ルナティカにはこの陣を敷いた何者かの方が余程恐ろしいと感じた。


「誰がこんなことを」

「まぁカラミティ本体ってことだろ? 暗殺の世界も広いが、こんな規模の虫使いに心当たりはない。おそらくは分体じゃなくて本体が来ているんだろうが、ここにはいなさそうだ」

「? どうしてそう言える?」

「さっきから虫の命令が更新されていない。俺がさばいているにもかからわず、一定の命令に沿って行動するだけだ。本体がいればもう少し効率よく命令するだろう。

 これは好機だ。俺一人では突破は難しいが、お前を囮にすることで虫の攻撃を単調にできるからな。互いに利のある話なのさ」

「お前の目的は?」


 のっぺらぼうがにいっと笑う。その笑いが不自然に見えるのは、のっぺらぼうの顔が作りものだからだろう。


「ローマンズランドの王、スウェンドルの暗殺だ」

「・・・私の仕事に暗殺は入っていないが、様子をできれば窺うように指示されている。天幕までは同行しよう」

「それでいい。互いに仕事をこなすとしよう」


 ルナティカはのっぺらぼうと連携を取りながら進んでいった。初めて会った相手なのにここまで連携が円滑に進むのは、やはり同じ組織の人間として同じ訓練を受けたのと、圧倒的にのっぺらぼうの戦闘力が高いからである。

 そしてこの間にのっぺらぼうの攻撃の正体を、ルナティカは掴もうとしていた。


「(攻撃は近距離のみ。全て直接虫に触れ、それらが全て爆散している。おそらくは触れることで何らかの効果をもたらす――特殊な能力ではなく、技術。触れ方は一定ではないが、何通りかに絞られている。一体その正体は)」


 ルナティカが疑問に思いながら観察していたが、同時にのっぺらぼうもまたルナティカのことを観察していた。

 のっぺらぼうもルナティカのことを知っている。将来組織の上位候補と言われながら、反逆した銀髪の娘。追手を差し向けるも、それらを悉く退けられた。だが反逆以前にものっぺらぼうはルナティカのことを知っていた。いや、1番と3番も直々にウィスパーからその存在を知らされていたのだ。


「(なるほど。これがウィスパーが言っていた、銀の継承者か。確かに素材だけなら、1番と良い勝負になるだろうな。あと数年したら俺や1番とも互角以上に戦うかもしれねぇ。ウィスパーが手元に置きたがった理由がわかるぜ。そりゃあ俺と1番はともかく、今の戦力じゃとても銀の連中が攻めてきたら――なぁ)」


 のっぺらぼうはルナティカの観察をしながらも、虫たちを退けていった。そして一定の場所まで来ると、虫たちの攻撃が急にやんだ。その代り、目の前には一際大きい天幕が出現していた。



続く

次回投稿は、11/7(火)16:00です。

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