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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その8~舞と拳と~

「あなたはここの工房を作った人かしら? それともただ管理を任されているだけ? どっち?」


 一瞬アノーマリーは怪訝そうな顔をした。もっと直接的な事、たとえば自分達の目的を聞かれると思っていたのだ。もっともそんなことを聞かれても、アノーマリーに答える気はさらさらなく、目の前の女をからかって悔しそうな顔をすることを楽しみにしていた。だというのにまるで単純な二択を聞かれ拍子抜けもしたが、エルザの真意を測りかねたようにアノーマリーはたどたどしく答える。


「・・・ボクはここの工房を作った者だよ。管理も任されている」

「結構大変よね、ここは広いから」

「そうでもないさ。ボクは沢山いるからね」

「あら。そんなに大勢いると、逆に手が余りそう」

「それもないね、やることはいくらでもある」

「あなたは天才だそうですもんね」

「当然さ。ボクの様な天才でない限り、工房の管理はできない。だからこそ自分を沢山作ったんだからね。魔王はいくらいても足りなし、作った後も世話は必要だ。これだけボクがいてもまだ足りないくらいさ・・・って、もう4つくらい聞いてないか?」

「あら、まだ一つしか聞いてないわ。今のは私の独り言に勝手にあなたが反応したのよ。だいたい私がいつ、2つ目の質問をするって言ったの?」

「は、はぁ?」


 あまりといえばあまりの暴論に、あんぐりと口を開けるアノーマリー。だがここまではエルザの見込んだ通りだった。

 彼女の見立てでは、アノーマリーと言う男は見た目に反して自信過剰な傾向がある。異常者なのは間違いないが、知能は恐ろしいほど高く、理性的な思考ができることも間違いない。この手の種類の人間は魔術士や研究者に多く、エルザもアノーマリーほどひどくはないにしろ、なんどか狂人のような人間の相手をしたことはある。

 この手合いとやり取りする時には、まず自分のペースにもっていき、一見理屈が通ってそうな暴論で相手に考える暇を与えないことである。思考が筋道だった人間ほど、前提から崩されると弱い。最初の二択は、二択に見えてそうではない。答えはどちらでもよく、その後に世間話にもっていくのが狙いだった。もはや会話はエルザのペースである。実際にここまでだけで結構な情報を引き出せた。

 魔王は管理が必要。つまり何もしないと寿命が短いのではないか、あるいは完全に統制がとれるわけではないとエルザは仮説を立ててみる。またかなり高確率なのは、ここで目の前のアノーマリーを倒してしまえば、製造・管理はもはやできないのではないかということ。もし他人で手伝えるような仕事なら、自分を複製する必要はないはずだとエルザは考えた。もっともイカれた人間は何でもやりうるから、エルザの仮説も確実とは言い難い。

 それでも今は自分が優位であると確信し、エルザはさらに言葉をつなぐ。


「じゃあ今から2つ目の質問ね」

「ちょ、ちょっと!」

「そんなに自分を一杯作って不安じゃない? 誰かが反乱をおこしたらどうするのかしら?」


 エルザにアノーマリーの話を聞く気など毛頭ない。別にここで会話が切れてもいいとさえエルザは思っているのだ。元より敵からまともな情報が直接聞けるとは想定していない。だからこそエルザはいつでも戦闘態勢に入れるように、身構えながら質問を続ける。かといって質問の内容にまで手を抜いているつもりはない。

 対するアノーマリーはエルザの質問に慌てながらも、真意はやはり測りかねている。もっとも彼は責められるのが好きなので、この状況は少し好ましかった。これも一種の言葉責めか、などとアノーマリーがくだらないことを考える一方で、自分のことなら答えても良いかと思う。


「別に不安はないさ。ボクが増えた所で、どうということはない」

「あら、どうして?」

「・・・別にいいだろ、どうだって」


 アノーマリーもエルザの意図がわからないので、答えは明確に言わなかった。だがエルザには仮説を立てさせるのには十分な返事である。アノーマリーが目の前のエルザを軽く見ているのは間違いなかった。


「(ふうん。自分が沢山いても、どうということはないはずがないじゃない。つまり本体の劣化品とか、あるいはこいつらが束になっても何もできないように、枷がついているということね。少なくとも各個体が同列というわけではない。状況しだいでは施設よりもこいつらの全滅を優先しようかと思ったけど、大量生産できる粗悪品なら全滅させても意味がないか?)」


 エルザの思考がめまぐるしく回る。その一方で最後の質問内容も既に考えてある。いわばこれは武器を持たない脳の殴り合いなのだ。


「さて、最後の質問だからよく考え・・・」

「3つ目よ。魔王は何のために研究するの? あなたならもっと凄い物が作れそうだけど?」

「まったく! ちょっとは人の話を聞きなよ!?」

「聞かないわ。さあ、答えなさい。自分から言い出したことでしょう? それともそんな些細な約束事も守れないほど度量が狭いの?」


 さすがに多少苛立ったアノーマリーだが、実は彼もまた明確な答えを教えてもらっていないのだ。ただ言われるがままに作っているだけ。自分の研究内容に合っているし、一人でやるよりも効率がいいから、お師匠と呼ばれる人物に素直に従っているだけなのだ。

 そんなことを正直に言うわけにもいかず、はぐらかすことに決めたアノーマリー。だがアノーマリーが少しエルザをからかおうとした瞬間、エルザが先に言葉を発した。


「どうせあなたみたいな小物、目的なんて知らないんじゃないの? 大方趣味とかその程度なんでしょ?」


 その言葉があまりにも的を得ていたので、思わず目を見開くアノーマリー。エルザにしろ、これは何も確信があったわけではなかったが、今までの経験からなんとなくそんな気がしたので、かまをかけてみたのだ。今まで捕えた殺人鬼に、なぜ殺人を犯すのかと聞いたことがある。だが、答えは「自分がそうしたいから」というのが最も多かった。エルザは、義務や仕事では周囲の地獄の様な光景を作り出せるとは思っていない。命令されてやっているものの、これはアノーマリーの嗜好に合っているというのが一番正解に近いような気がしていた。

 またミリアザールからも、敵にはさらに首領格がいるのではないかという可能性は聞いている。それが先ほどのアノーマリーの反応でさらに確率の高いものへ変わった。そしてまたアノーマリーがエルザを油断ならない者として認識を変えようとした時には、エルザは既に次の行動に移っていた。


「この女・・・」

「遅い!」


 先頭にいたアノーマリーが何かを言う前に、その顔面をしこたま殴り飛ばすエルザ。たまらず吹き飛ぶアノーマリーだが、それを合図に一斉に他の個体が戦闘態勢に入った。同時に、いつからいたのか、壁際のアノーマリーがレバーを引っ張る。


「やれ、『なりそこない』ども!」

「グルルルル」


 レバーを引くと同時に壁の檻の格子が上がり、中からのそりと巨獣が出てきた。それは四つん這いに歩く人かと思われたが、体は先ほどのポチのように赤黒く変色し、地面にはボタボタと涎がしきりに垂れている。そしてそいつらが顔を上げた瞬間、その理由がよくわかった。

 そいつらには目が一つしかなかった。いや、目すらないものもいる。巨大な目が顔の正面に一つ。口は大きく斜めに裂け、妙に長い舌で自分の顔を舐めまわしている。あまりに舌が長くて口の中に収まりきらないのか、そのせいで涎が垂れっぱなしなのだ。よくよく見れば、手足も人間にしては不自然に長い。外見には個体差があるようだが、醜悪なのはどれも同じだ。ただ同じ醜悪さでも目の前のアノーマリーと違うのは、どの個体にも知性のかけらも感じられないことか。

 エルザは知る由もないが、彼らはヘカトンケイルを作る過程で生まれた失敗作で、同時にこの工房の門番でもある。門番を統率していたのは先ほどのポチなのだが、アノーマリーが代わりに命令を下しても何の問題もない。もはや知能的には摂食程度の行動しか取れないが、中には生殖能力を残している者もおり、それが発覚してからはとても口には出せない様な実験が繰り返された。先ほどエルザが調べた女性はその実験対象であり、結果があのポチだった。だがそんなことまでは知らない方が幸せというものだろう。

 そして檻からはさらになりそこないの群れが出てくる。檻から出たなりそこないどもはエルザ達を敵と認識すると、じりじりと距離を詰める。普通なら歴戦の戦士でも怯える場面だが、エルザはまるで気にかけもせず、ただ一言だけ。


「イライザ、任せた」

「御意」


 その一言でエルザがアノーマリーたちに突っ込んで行く。さらにイライザの方は背中の長物に巻いてあった布を取り払った。その中から出てきたのは双剣――本来は馬上で突撃兵が使うような、柄の方にも刃をつけ、まるで剣を柄でくっつけたような武器だった。

 スピアは突貫専用の武器で、一度敵に食い込むと使い物にならないことが多いが、双剣なら馬上でこれを振りまわすだけでもかなりの効果が得られる。だがかなりの重量を誇るうえに殺傷能力においてはいまいち疑問視されていたが、イライザは特注の双剣と自身の鍛錬により、これを独自の武器として歩兵戦で使い熟せるほどに昇華させることに成功した。

 女性でありながら騎士を目指し、女性ゆえに己の非力を嘆いたイライザの、結論の一つである。この重量のある武器なら、扱い方次第では非力な女でも十分に殺傷能力を持たせられると考えた。だが本当にそのような武器を扱えるのかとエルザも最初は疑問を抱いたが、一度イライザが使うところを見せてもらってからは非常に合点がいった。そしてイライザの戦いは、彼女対多数でこそ本領を発揮することも。


「ラザール家が騎士、イライザ。参る!」


 その声と共に地面に刺した剣を蹴りあげ、頭上で回転させるイライザ。彼女が具足の恰好を旅の間でも外さないのは、素足で双剣の刃を蹴るわけにはいかないからだ。腕力でこの重量のある武器を持ち上げると疲労が酷いため、彼女は回転運動と重力でこの武器を扱う結論に達した。さながらその戦い方は舞。以前エルザはイライザが双剣を扱う時の型を見せてもらったのだが、どんな一流の踊り手よりも美しいと思った。もちろんエルザがそれほど踊りを多く見たことがあるわけではないし、イライザも舞を踊っているつもりはなかったわけだが。

 だがイライザの戦いは美しいだけではなく、多数の敵をなぎ倒すのに向いている。事実彼女に襲いかかろうとした『なりそこない』共は、彼女に触れることもままならず次々と斬り倒されていった。頭を割られ、腕をそがれ、打ちすえられ。竜巻の前には大草原の生物ですらなすすべがないのと同じように。

 エルザはイライザのこの戦い方を知っているからこそ、自分が飛び出したのである。本来なら自分は後方から魔術でもサポートに回る作戦もあるのだが、今回はもはや悠長な事をしている余裕はない。一挙に殲滅する。それがエルザの決断だった。

 こう、と決めればエルザの動きは早い。あっという間にアノーマリーたちと距離を詰め、次々と殴り飛ばしていく。だが無理に強い一撃を当てるのではなく、軽く牽制打ジャブで相手をのけぞらせるだけだ。きっちり一体に一発ずつ。その早業と、思わぬ大胆な行動にアノーマリー達も反撃がままならない。また一気にふところに飛びこまれたため、下手に魔術を使えば同士討ちの危険もあった。もっとも一撃を喰らいたい、という欲望も反撃の手を弱めたのだろう。一通り殴り終えると、アノーマリー達と距離を一度離すエルザ。


「いてて・・・あれ、もう終わり? こんなんじゃ全然イケないよ?」

「心配しなくてもすぐに逝けるわよ。遅発効果魔術ディレイ・スペル発動!」


 エルザが勝利を確信したかのごとく不敵に微笑んだ。そして最初に殴りつけたアノーマリーの頭が突然爆発する。それを皮切りに、殴られた場所が次々と爆発していくアノーマリーたち。


「何だって!?」


 気づいた時にはもう遅い。だがアノーマリーたちは実に楽しそうに笑っただけだった。


「ふふ、これはきついお仕置きだね。また遊んで・・・ばっ!」


 最後のアノーマリーもまた、何かを言い終わる前にその頭を吹き飛ばされたのだった。どうせ聞くまでもないことなのだろうと、エルザはふっとそんな確信を抱いていた。



続く


次回投稿は3/16(水)14:00です。

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