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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その67~会議初日、夜①~

***


 闇に紛れてルナティカが走る。大陸平和会議初日の夜、灯りを避け、闇を滑るようにして動くその姿を捕えられる者はまずいない。センサーのように体温や呼吸を感知しようにも、ルナティカはセンサーで感知できる類の呼吸はしないし、体温すらも調節してみせるのだ。魔術の罠もまた経験と勘を駆使して避けるルナティカは、他の者では侵入困難なほど深く敵陣に入ることができる。その技術を活かして、ローマンズランドの陣に潜入することに成功していた。

 ローマンズランドは、アルネリアより少し離れた郊外に陣を構えていた。もちろん開けた場所がなかったことが一番大きな要因ではあるが、ローマンズランド側からもアルネリアより遠くに陣取りたいとの要請があった。アルネリアとしてはその方が安全だったが、動きを把握しにくくなったという点では申し出はありがたくない。一方でどのみち飛竜で襲来されれば、多少の距離など関係ないという見方もあった。

 ルナティカの見る限り、ローマンズランドはまるで戦時のように警戒網を強めていた。陣の周囲には多数の見張りと、そして魔術による罠を張っていたのだ。幸いにしてローマンズランドおかかえの魔術士達は未熟な者が多いのか、その罠もルナティカにとってはものの内にも入らず、容易くかいくぐって侵入してみせた。

 すでに陣の中央にある警備網の外側にたどり着いたルナティカだったが、そこから先の違和感に、侵入する決断がつかないでいた。


「(警戒網の外は厳しい警備だが、あくまで普通の警戒の範囲。けどこの中は――)」


 ローマンズランドの陣の中は静まり返っていた。警備は陣内部の方が厳しいのが当たり前だし、そもそもかがり火すらほとんどないのがおかしい。春になったとはいえ、まだ夜は冷える。夜警の者が交代で焚火に当たっていてもおかしくはない。陣中の様子を探られたくないと考えることもできるが、戦争中でもあるまいし、灯りすらなければ見回りもままなるまい。

 なのに、動き回る者の気配だけがあるから余計に不気味だ。ルナティカは再度、依頼の内容を思い出した。


「(アルフィリースの命令は二つ。一つはアンネクローゼへ手紙を届けること。もう一つは陣中の様子を探ること。できれば陣備え、戦闘を仕掛けるつもりがあるかどうかも調べること――探るにはもう少し中に入る必要がある。だけど)」


 ルナティカは陣の外に、自分以外の間諜の気配を感じていた。アルネリアだけではなく、各国がアルフィリースと同じような発想で間諜を放っているのだろう。だがその誰もが同じような違和感と不気味さを感じ、一歩が踏み出せずにいた。

 誰か仕掛ける者がいないかと待ってみたが、このままではいたずらに時間を費やすだけである。


「(レイヤーがいれば多少違ったかもしれないけど、ここは私の領分。これ以上時間をかけてもしょうがない。行く)」


 ルナティカは意を決して陣内に一歩足を踏み入れた。その瞬間、陣全体からまるで湧き立つように殺意が立ち上るのを感じて総毛立った。


「(殺気じゃなく、殺意。そこら中に敵がいるけど、良く見えない。いったいどこに?)」


 闇に慣れたルナティカにも、敵の姿は一切見えない。だが前方から殺意が矢よりも早く飛んできたので、ルナティカは反射的に切り伏せていた。その一つを正面から受けてしまったが、マチェットの刃が一部欠けている。


「(新調したばかりの、ミスリル製なのに)」


 切り伏せたのは、後ろ脚が異常に発達したバッタ。頭はまるで金剛石の様に固い。ルナティカが切り伏せた途端、前方でキチキチ、キチキチと虫たちの顎をこする音が聞こえ始めた。さらには、ブブブブ、ブブブブと低い羽音まで聞こえ始める。空にもう一種類、何かの虫が浮いている。

 ルナティカの認識とほぼ同時に、空に浮いた虫が襲い掛かる。見た目はクワガタのようだが、人間を見て涎を垂らしながら襲い掛かるクワガタはいない。動きは遅いが不規則な軌道で飛び回り、マチェットに取りついてきた。

 ルナティカが振り払おうとするが、推進力でルナティカの腕力と互角だった。


「(なに、この虫!?)」


 ルナティカは弾丸のような虫と、不規則に飛ぶ虫を同時に相手することになった。なるほど、こんな虫が放ってあるのなら護衛などいらないな、などとルナティカは考えたが、防戦一方で進むも退くもままならない。せめてあと一人、誰かがいればなんとかなるのに――と考え、レイヤーを連れてこなかったことを悔やむ自分に恥じた。


「(アルフィリースは私に依頼した。誰かと一緒ではなく、私だけに。ならば私一人でやらなければ)」


 ルナティカの決意は固かったが、それでも物理的にどうにもならないこともある。ルナティカがさばく速度より、明らかに飛来する虫の方が多い。せめてどちらかの虫だけなら避けながら戦うことも可能だが、飛翔軌道の違う2種類の虫がいるだけで、こうも戦いづらいとはルナティカも予想してなかった。

 そして虫の攻撃がルナティカの足をかすめ、体勢を崩した時である。虫たちが一斉にルナティカめがけて飛びかかってきた。



続く

次回投稿は、11/5(日)16:00です。

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