戦争と平和、その65~大陸平和会議⑦~
ミューゼの探る様な問いかけに、ディオーレもややその意図をつかみかねたようだ。ミューゼはかねてからの懸念をディオーレにぶつけた。
「辺境での魔王の出現状況について伺いたいのです」
「ほう? もっと具体的に質問していただけるかな」
「魔王が以前に比べて出現頻度が増えたことはありませんか? それも、貴女が帰還しようとした時期や、帰還を決めた直後。そして帰還した時期に限って」
ミューゼの質問の意図はエアリアルにもわかった。そしてミューゼの質問の意図を悟ったディオーレは、難しい顔をして腕を組み、椅子に深く腰かけた。
「・・・正直、正確な頻度を計算したことはない。だが、そのような印象はたしかにある。魔物が大量発生したり、魔王が出現したり、あるいは蛮族の反乱が起きたり事件は様々だが。ここ50年ほど、ゆっくりと我が屋敷でくつろいだこともない。それがミューゼ王女に関係があるのかな?」
「直接的にはないかもしれません。むしろ有り体に申し上げれば、貴国アレクサンドリアの国力が削がれるのは我々イーディオドにとって望ましいこと。しかし今は状況が違います。
ディオーレ殿が辺境に釘付けになり、アレクサンドリアの国力が低下することで喜ぶのは誰か。ディオーレ殿は最近、自国や辺境以外の地図を広げて戦略を考えたことがおありですか?」
「いや・・・ないな」
ミューゼはエアリアルにもたせていた荷物を出させた。そこには大陸東部の地図が描かれている。
「ローマンズランドの五路による南下がこの方向――直接的に危機になる最も東側の南進は、北部商業連合による傭兵の運用で止まりましたが、あそこは一度固めてしまえば何十万の軍隊をもってしても、そう簡単に抜かれるものではありません。ゆえに今後同じ進路で南進するとは思えませんが、ならばどうするのか。
一つの情報は、竜の巣を抜けるという可能性が指摘されています。そして私の考えるもう一つの方法とは、さらに東進し、貴国アレクサンドリアを落してから南下するという方法です」
「・・・なるほど、確かにアレクサンドリアは周辺諸国と不可侵条約を結んでいるため、国境周辺の軍備は解体が進み、南進するとしたならば非常に容易いだろう。
だが肝心の我々アレクサンドリアを落とすというのが問題だ。いかに辺境に戦力を割いているとはいえ、我々の国は簡単には落ちんぞ? それにローマンズランドと我々の間には、紛争地帯がある。そこを力づくで突破するのはそれなりに時間がかかると思うがな」
「そうでないとしたら? もし紛争地帯を素通りできる準備が整っているとしたら?」
ミューゼが地図に書き込みを加える。
「この国は既に滅亡が確認されています。それにここの紛争の結果、国境は緩衝地帯として放置され・・・ここは魔物が多数出現したため現在不毛地帯として放置されています。魔王が出現したのではないかとの情報もありますが、魔物の統制が取れているので間違いがないでしょう。ここも同様――」
「――待て、まさか」
「一直線につながっている?」
護衛のエアリアルまでもが驚きの声を上げた。ミューゼが斜線をひいた部分は、丁度紛争地帯をアレクサンドリアに向けて、ほとんど一直線に伸びていた。アレクサンドリアと斜線の間には、もうわずかな間しかない。
ミューゼは改めてディオーレを見た。
「アレクサンドリアの情報網であれば、この程度のことを知らないわけはないでしょうが、ディオーレ殿はこのことを知っていましたか?」
「・・・いや、知らなかった。つまり王女が言いたいのは」
「ええ。アレクサンドリア中央には、既に黒の魔術士の手の者が食い込んでいると考えてよいでしょう。ディオーレ殿は辺境で戦わされ――いや、その戦いすらもはや仕組まれたものかもしれませんが、これ以上は貴国にとって致命的となる可能性があります。
もしアレクサンドリアが落ちるようなことがあれば、東の諸国は抵抗するだけの術を持たないでしょう。毎年の大陸平和会議で軍縮が進んだことが、仇となっているかもしれませんね」
「このことに、他に気付いている者は?」
「まだ誰にも言っていませんわ。誰が信用できるやらわからない世の中ですから」
ミューゼの言葉に、ディオーレはしばし考え込んだ。沈黙が部屋に訪れる。
「――ミューゼ王女。失礼だが、このことを私に話して何か貴殿に得はありますか?」
「利がないわけではありませんが、王女の責務として我が国の存亡にかかわることを見過ごすわけにはいきません」
「では貴女を信用してお話するが、我が国は正直――人材難なのだ」
「騎士の国ほどの大国が、人材難とは?」
ミューゼは不思議な言葉を聞いたと思い、思わず問い返した。アレクサンドリアとは、最強の武人の集う国。野心こそないが、仮にその気であれば周辺諸国を平定することはわけがないと考えられている。時代が時代なら、ローマンズランド、グルーザルドと共に天下三分もありえると考えられていたほどの強国である。ミューゼも幼いころからそう教わってきた。
だが――
続く
次回投稿は、11/1(水)17:00です。