戦争と平和、その64~大陸平和会議⑥~
「アルフィリース、気がそれていますよ? 貴女は私の護衛でしょう?」
「ああ、ごめんなさい。これからのことを考えていたの」
「何か良い案でも?」
「いえ、とりあえず明確なものは何も。それに私はいち護衛。頭である、ご主人レイファンの命令に従う手足でございます」
アルフィリースが恭しく礼をしたが、レイファンはいっそ冷ややかな目をアルフィリースに投げかけた。
「毛先ほどもそんなことを思っていないくせに、嫌味にしか聞こえないわ。それに参謀役もお願いすると伝えたでしょう?」
「毛先くらいは考えているわよ?」
「そこは正直に答えるのね。まぁいいわ、とりあえず今動かせる仲間はいるかしら?」
レイファンの問いに、アルフィリースはぴくりと反応した。おそらくは自分と同じことをレイファンは考えているだろうと思われる。アルフィリースとレイファンはクルムスのために用意された控室に戻ると、防音の魔術が作用していることを確認してレイファンに相談した。
「ローマンズランドの動きを見張らせればよいのかしら?」
「その通りよ。ローマンズランドの動き、どう思ったかしら?」
レイファンの問いにアルフィリースは即答する。
「会議を妨害しに出てきたとしか思えないわ。王様が出てくるなんて最初は本気なのだと思ったけど、王は下手をしたら気を引くための囮かもしれない。会議を妨害するための最も効果的な行動は、使節団と偽った随行の軍を暴れさせることですものね」
「私もそれを一番危惧しているわ。もしそんな蛮行に出れば国際的に孤立することは必至だろうけど、ここには各国の首脳陣も来ている。まとめて全員殺してしまえば、東の諸国は一斉に頭脳を失うようなものだわ。
いえ、それより互いの国の連携が取れないまま、不信感だけが募ることが問題かしらね。ローマンズランドが原因だとしても、平和会議という名で各国の首脳陣が集まることの危険性を具体的に示してしまうことになるわ」
「平和会議そのものを潰すってことか。そこまで強引な手段に出るとは考えにくいけど、常識が通用しない相手かもしれない。何としてもローマンズランドが暴れることだけは防がないとね。
ちなみに私が聞くところによると、ローマンズランドの飛竜一騎で、歩兵の中隊に相当する戦力だそうね。そうすると、随行者の戦力は3個師団だと思っていいのかしら?」
「目に見えた彼らで全員ならそうでしょう。でも、もしかしたら近くにまだ潜んでいるかもしれない。いかにアルネリアの神殿騎士団といえど、ローマンズランドの飛竜500騎が都市内で暴れれば、相当の被害が出るでしょう。
もちろんアルネリアも今頃動いているでしょうけど、私はアルネリアを全面的に信用しているわけではない。我々は我々で、彼らの動きと狙いを見張る必要があるでしょう?」
レイファンの懸念はもっともだった。クルムスの弱点は、強力な駒を持たないことだ。グルーザルドの後ろ盾があるとはいえ、純粋な自国の戦力ではない。またレイファンも、うかつに貸しを作ることを良しとする性格ではない。アルフィリースはそんなことを考えながら、どうするべきかを考えていた。
「・・・ローマンズランドには私の方から探りを入れるわ。この後のレイファンの予定は?」
「グルーザルド、およびクルムス周辺国との協定についての見直しね。終わった時間にもよるけど、自国で貯蓄している食料を輸出する先がありそうだから、その輸出先も交渉するつもりよ。それにグルーザルドから輸入してため込んでいる鉱物も、需要がありそうだわ。忙しくなるわよ?」
「今日、明日はつきっきりの方がよさそうね?」
「ええ。もし外すようなことがあれば、腕の立つ護衛を配置してほしいわ。もっとも私の補佐についていた方が、あなたにとっても何かと学ぶことが多いとも思うけど」
「ええ、確かに。勉強させていただくわ」
アルフィリースとレイファンは企み深くと笑うと、次の議題の場に向かった。アルフィリースはレイファンと過ごすこの経験が、イェーガーが次の段階に進むために必要だと考えていた。
一方、ミューゼも動いていた。エアリアルを護衛につけ、歩み寄ったのはディオーレ。
「ディオーレ殿、お時間をよろしいでしょうか?」
「使節同士の話し会いであれば、私ではなくてバロテリ公ではないかね?」
「いえ、辺境の戦線のお話などを伺いたく」
わざわざ中央の王が辺境の話になど興味はあるまい。ディオーレはミューゼの真意を窺い見たが、ミューゼの表情におかしなところは何もない。ディオーレは配下の騎士の予選を見に行くつもりだったので、時間は取れると考えた。
「私は構わないが、バロテリ公にお伺いを立てないといけないな」
「そうですか。ではここでお待ちしています」
ミューゼの意志は固いようなので、ディオーレは即座に待機室に向かった。ディオーレに頼まれればバロテリが首を横に振れるはずがないだろうが、ディオーレはバロテリの面子を守ったのだ。
すぐに戻って来たディオーレとミューゼは、打ち合わせ用の個室に入った。国同士の会議も聞かれるわけにはいかないだろうから、当然各個室には防音の魔術がかけてある。ミューゼは護衛のエアリアルを伴ったが、ディオーレは一人だった。迂闊というよりは、自信に満ち溢れているという方がしっくりとくるディオーレのたたずまいに威圧されそうになる。
「で、本当は何のお話かな?」
「その前にディオーレ殿、もう辺境で戦い続けて何年になりますか?」
「知っての通り、100年以上にはなるかな」
「では前回王城に帰還したのは?」
「滞在したのは5年前だな。ほんの少しだけだが、帰還そのものは1年に1度くらいはある」
「王城に留まる時間が長かった時で、どのくらいでしたか?」
「・・・回りくどいな、何が言いたい?」
ミューゼの探る様な問いかけに、ディオーレもややその意図をつかみかねたようだ。ミューゼはかねてからの懸念をディオーレにぶつけた。
続く
次回投稿は、10/30(火)17:00です。