戦争と平和、その63~大陸平和会議⑤~
「はい。アルネリアにおける聖女の役割は、確かに象徴として諸国の巡行や被災地への援助、儀典をこなすことにあります。ですが私に限らず、聖女に選ばれた段階で専門分野への造詣が深い者は、その分野でも積極的に協力してまいりました。
教育機関であるグローリア学園を創始したのも、当時の聖女の発案あってこそ。彼女は聖女に任命される前、教師の真似事をしていたと聞いています。ご存じですか?」
「ふむ、それは知らなかった。では、そなたはその歳で政治に造詣が深いと?」
「然り。私の出自こそ孤児ではありますが、私を拾ってくれた神父は政治経済に通じており、私もその影響を多分に受けております。ゆえに聖女に認定された際、この知識が役立てることもあるだろうと積極的に意見具申してまいりました。実際に役に立つかどうかはわかりませんが、会議を取り仕切るのではなく、円滑に会議が回るためのお手伝いをさせていただければと思います。いかがでしょうか、皆さま」
「異議なし」
スウェンドルの言葉を待つことなく、真っ先に同意したのはドライアン。そしてドライアンはじろりとスウェンドルを睨んだが、スウェンドルもまたそれで気圧されるような輩ではない。ドライアンを小馬鹿にしたように鼻で笑うと、小声でぼそりとつぶやいた。
「獣人ごときが・・・邪魔だな」
「何か言ったか、王よ?」
「・・・」
だがスウェンドルは何を言うわけでもなく、口の端を軽く歪めただけで今度は目を閉じて知らんふりを決め込んだ。その態度にドライアンも腹を立てていたが、それこそがスウェンドルのやり口であることを同時に理解していたため、努めて理性的に振る舞っていた。
そして今度はミューゼが口火を切った。
「私も意義なしですわ、聖女殿。我々はただ、会議が円滑に終わるのを望むのみにございます」
「私も同様です、ミューゼ王女。今回の議題は私の考える限り3つ。まずは定例通り、諸国の近況と何か単独で解決できないような困難な事例がないか。そして傭兵ギルドからの報告にある魔王の増加と黒の魔術士なるものへの対策。そして――」
ミリアザールはちらりとスウェンドルの方を見たが、スウェンドルは無視を決め込んだかのように微動だにしない。
「そして、ローマンズランドの侵攻の理由とその対応になります。幸いにしてスウェンドル王がこの場にいる以上、話し合いはいち早く終わるものと考えています。会議は午後の三点鍾までとし、残り時間は諸国同士で話し合いの場を持つのもよし、使節同伴の方に関しては申請のあった人は予選会、ないしは本戦に出られるように手配しています。
そしてアルネリア400周年祭も同時に開催しています。東の諸国に負けぬように工夫を凝らした祭りとなっていますので、是非とも奮って参加いただければ幸いです。
ではまず諸国の近況と困窮している事例から議題を始めたいと思いますが、よろしいですか?」
この言葉に意義はなく、会議は出だしとは裏腹に穏やかかつ円滑に進められていった。その間スウェンドルは目を閉じ、ついには片肘をついて居眠りを始めたため、補佐のヴォッフが代行で発言することとなった。その態度を見て諸侯は呆れかえっていたが、何名かの代表はスウェンドルの様子を見て、逆に警戒心を上げていたのだった。
***
初日の会議が終わって。会議場から出てくる者の表情は、安堵と不安の二色で彩られていた。理由は簡単、ローマンズランドの態度をどう見たかによる。
ローマンズランドの乱入ともいえる登場に反し、会議が始まってからのスウェンドルそのものは大人しかった。代わりに使節として任命されていたヴォッフはかなり愚鈍で、受け答えすらままならず、会議の進行は遅れをとった。このままでは会議が規定期間内に終了しない可能性も出てくるほどだった。
その程度のことにはほぼ全員が気付いていただろうが、ローマンズランドを糾弾しないことで摩擦を回避できると考えた者と、このままではローマンズランドに責任をうやむやにされると焦っている者の差が、そのまま表情に出ていた。
もしこのままローマンズランドの責任を追及できず会議が終了した場合、どうなるか。まずはアルネリアの取り仕切り能力に問題があるとされるのは明白。ミランダとミリアザールもローマンズランドとの論争に関しては相当な準備をしていたつもりだが、まさか論争ではなくこのような手段で間接的にアルネリアを攻撃してくるとは思わなかった。
そしてこの後、ローマンズランドの大量の随行者たちの宿の手配と、その対応に追われることは間違いない。ただでさえアルネリア400周年祭も兼ねたこの事態にさらに仕事が増えたため、運営に支障が出る可能性が高い。これでは会議でアルネリアが有利に運ぶための裏工作など、しどころではない。
午後の三点鍾にて会議が一度解散となった後、ミランダとミリアザールは目を合わせて、しばし互いの意志を確認した。言葉にはせずとも、互いに何をすべきかはわかっているつもりだった。
「(ローマンズランドへの対応はラペンティにやらせます。必要に応じて巡礼を使いますが、よろしいですね?」」
「(構わん。ワシは少しシュテルヴェーゼ様のところに顔を出してくる)」
二人はそれだけを目線でやりとりし、互いに動き出した。アルフィリースはミランダに声をかけようと思っていたが、どうやらそれどころではないようだし、またアンネクローゼもローマンズランドの使節団と共にさっさと引き上げたため、当座やることがなくなってしまった。
そんなアルフィリースの袖を、軽くレイファンが引っ張った。
続く
次回投稿は、10/28(土)17:00です。