戦争と平和、その62~大陸平和会議④~
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「では皆さま、準備はよろしいでしょうか」
「前口上はいい、さっさと始めろ」
ミランダの儀礼的な挨拶にすら不平を漏らしたスウェンドル王。ミランダもいちいち反応していてはきりがないのだが、目の前のグラスを投げつけたい怒りを理性で抑え込んだ。その様子を見ていたアルフィリースはミランダの考えていることが手に取るように分かったので、ハラハラしながらもミランダの忍耐強さに感心していた。以前の彼女なら、スウェンドル王の頭めがけて躊躇なく酒瓶を投げていたはずだ。もっとも今そんなことをすれば、国際問題どころでは済まないだろうが。
一方でスウェンドル王の登場に多くの使節団はさすがに緊張しているのか、ミランダの次の言葉をやや緊張した面持ちで待っていた。ミランダもそれがわかっているから、一度息を吐いてから次の言葉を絞り出した。
「・・・では、さっそく本題に入りましょう。アルネリアの聖女ミリアザール様より、平和会議の開催を宣言していただきます。諸侯は静粛にお待ちください」
ミランダと部屋の警備にあたる神殿騎士達が恭しくお辞儀をすると、会議場の奥の扉が開き、カーテンがするすると開くとそこからミリアザールが姿を現すと、思わずアルフィリースは我が目を疑っていた。
いつもの執務室で見るような疲れてだらけ切った顔ではなく、そこには確かに聖女がいた。最初にミリアザールを見た時のことを思い出す。その時はまだミリィと名乗って少女を気取っていたが、確かな気品があり、年に似合わぬ知的な印象を覚えたものだ。
だが今のミリアザールはその時とは比べ物にならなかった。ミリアザールがティアラとドレスで正装したというだけではなく、その輝く気品はまごうことなき聖女としてその場の者を漏れなく納得させてみせた。言葉は不要とは、このことだろう。
ミリアザールはミランダが下げた椅子にゆっくりと座ると、諸侯の顔をゆったりと優しい眼差しで見渡した。
「皆様方におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。私の巡行にてお会いした方も初めてお会いする方も。まずはこの場において、皆様方にお会いできた巡り合わせに感謝を」
「余計な挨拶は不要だ、さっさと始めてくれ。知ってのことかと思うが、我が国は急を要しているのだ」
スウェンドル王の物言いにさすがに多くの使節が振り向き、ミランダもまたかっと顔をしかめて何かを言おうとしたが、ミリアザールが片手を上げてそれを制した。その挑発ともとれる行為にも、ミリアザールは一切動揺した様子を見せない。
「王はお急ぎのご様子。ですが私も話は話をいたずらに長引かせるつもりはありませんので、さっそく宣言をいたしましょう。ここに第68回、大陸平和会議の開催を宣言いたします。この大陸の恒久的な平和と発展を願って。また同時にアルネリアが発足より400年経過しても、なおこの大陸の平和に寄与できる幸運に感謝して。しばしの間、皆さまは各自の方法で平和への祈りを捧げていただきたく存じます」
そう告げると、ミリアザールは片膝をついて祈りを行った。ミランダもまたそれに続き、二人の敬虔な祈りの姿はスウェンドル王の口すら黙らせた。しばしの間それぞれの方法で黙祷を皆が行い、会議場には沈黙が訪れる。
アルフィリースはその間に黙祷を行わず、諸侯の様子をつぶさに見た。スウェンドルは起立したまま憮然とし、おそらくは自分同様に何にも祈っていないと推測される。またドライアン、ディオーレは黙祷をささげ、ミューゼとレイファンは手を組んで祈りを捧げていた。そして注目しているシェーンセレノは目を開いたまま、アルフィリースと同じように諸侯を見回していた。
そのシェーンセレノとアルフィリースは目が合った。アルフィリースはちょっと驚きつつも失礼がないよう会釈をしたが、シェーンセレノの無機質な目からは何の感情も読み取ることができなかった。
「(あれが噂の女政治家か・・・なるほど、確かに要注意ね)」
祈りの姿とは、自己への自信と人生を現すとアルフィリースは考えている。自分の力を超えた対象を何とかしようと思えば、ミランダのように敬虔な祈りの姿勢になるだろう。少なくとも救いを求めて誰かに縋ったことのある人間なら、レイファンやミューゼのようになるはずだ。自分の力で解決するが、他人の力を当てにはせず、信念を持つ者はドライアンやディオーレのような姿に。そして他人に対して何も期待しない者はスウェンドルのようになるのだろう。
だがシェーンセレノはどうか。経歴を聞くにミューゼやレイファンと同じような女性の印象を抱いたのだが、これでは明らかにスウェンドルよりも不遜な態度ではなかろうか。傲慢かどうかはわからないが、何とも表現しにくい目つきで他人を観察し、品定めしている。危険な相手だとアルフィリースは認識していた。
「(レイファンの障害――いえ、会議の障害となるとしたら彼女かもしれないわ。ルナティカに人となりと動向を探らせてみましょうか)」
アルフィリースがそう考えていると、祈りがそれぞれ終わったようだ。ミリアザールは諸侯の顔を見回すと、ゆっくりと口を開いた。
「ではみなさん、着席を――」
「その前に一つよいだろうか、アルネリアの聖女よ。聖女とはアルネリアの象徴であり、儀典などは行うが、政治的な側面では無関係だと認識していた。だがそなたが会議の宣言をするということは、実質的なアルネリアの運営は大司教を含めた合議制ではなく、指導者としてそなたが君臨しているということか? それでは話が違う。我々はアルネリアに欺かれていたということになるまいか?」
場に緊張が走る。会議の宣言と同時に先手を打ったのはスウェンドル王。聖女ミリアザールに不遜な物言いで会議の開始を促し、アルネリアの援助を断り強く独立を主張する立場で、どの口が皆を代表するような言い方をするのか。会議そのものを壊しかねない発言を見過ごせないと考えたのは、ミランダだけではあるまい。
だが食って掛かろうとしたミランダを再び制し、ミリアザールは冷静に反論した。
続き
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