戦争と平和、その61~大陸平和会議③~
「あの王様、いつもあんな態度なのかしら?」
「いえ――どうだったかしらね、私も2回程お会いしただけだから。最初はまだ成人前、諸国の皇太子や王女たちが会する場にいらしたわ。ローマンズランドからの来訪はとても珍しかったから覚えているのだけど、当時は厳寒の地の出身らしい険しい表情でありながら、全く社交的ではないというわけでもなかった。私はまだ幼くて、お話させていただける機会もなかったのだけど。
後でわかったのはとても緊張していたのだと言うこと、それ以上に聡明で武芸達者ということだった。会場で揉めて決闘になった二人の太子を、横から割って入ってあっさりと止めたのもあの人だったわ。不遜ではあったかもしれないけど、決して人を足蹴にするような性格ではなかったはず。
もう一度は、王になられてかしらね。私が前王の弔問とスウェンドル王の就任祝いを兼ねた使者だったのだけど、あちらも私のことは覚えておいでで。表情は一層厳しくなっていたけど、同時に使命に燃えた印象も受けたわ。国内での対応に不満は一度も感じなかったし、スウェンドル王の聡明さは既に評判となっていた。事実しばらくの間、前王よりも聡明だとの良い評判ばかりだったわ」
「私も当時のことは覚えている。聡明な王が誕生し、ローマンズランドにもようやく春が訪れるのではないかと言われていた。だが今はそうは見えないな。どちらかといえば――異様だとは思わなかったかね、アルフィリース?」
突然ディオーレに話を振られてどうしたものかとアルフィリースは返事に窮したが、アルフィリースは印象のままを答えた。
「異様――かどうかはわからないけど、周囲にいた騎士はあの王を畏れてはいても、心から平伏していたわけではなさそうというのは伝わってきたわ。あまり全幅の信頼をされているわけではないのかしらね」
「なるほど、そういう見方もあるか。いかに本人が優秀でも、王としては問題があるのかもしれないな。そなたはどうだ、アルフィリース。傭兵ではなく、宮仕えをしようと思ったことはないのか?」
「考えたこともないわ。私が誰かに?」
アルフィリースは仮想の王を想像してみたが、その前で膝まずくこと自体に閉塞感を覚えていた。かといって王の肩を叩きながら会話をしたら、さすがに不敬罪で斬首になりそうだった。どちらにしろ、性格的に無理なことは明白だ。アルフィリースは首を振って妄想を振り払った。
「だめ、とても無理そう」
「ふむ、やはりそなたは剣を捧げられる側かな? 逆に王となるのはどうだ?」
「王様? 私が?」
「どう思う、ミューゼ女王」
「それは――面白そうね。とても奇想天外な国が誕生しそうだわ。交渉が難航するかも」
「どういう意味ですか?」
アルフィリースがむくれたので、ミューゼとディオーレは顔を見合わせて笑っていた。こうしていると、少女に見えなくもないから不思議だとミューゼも思った。ああ、アルドリュースの忘れ形見でさえなければ、きっと妹のように思えるだろうにと、ミューゼはそんなことを思ってしまうほどに。
そしてアルフィリースが空を見上げた時、さらに来客があった。それはアルフィリースが待ちわびた人物でもある。
「やっと来たわ。これで仕事にあぶれることもなさそうね」
「また飛竜か。誰だ?」
「私の雇い主よ」
アルフィリースが見つめる先には、飛竜に乗ったレイファンがいた。バルコニーから去りかけた衆目の目が再び集まる。レイファンは小型の飛竜に乗っていたが、大型の飛竜と違い座席を用意できない分、騎乗にはそれなりの訓練が必要となる。
日常的に飛竜を乗り回す仕事に従事しているのならともかく、まして王族で飛竜を乗り回すとは前代未聞だ。しかも定期航路ではなく、完全に自由に扱ってみせた。レイファンの並々ならぬ努力が背後にある証拠で、ドライアンも感心してその手綱さばきを観察していた。
「ほう、これは中々」
「派手な登場ね」
アルフィリースが微笑みながら出迎え、レイファンがひらりと飛竜から飛び降りた。レイファンは背中が大きく空いた琥珀色のドレスを着ており、耳には瞳と同じく青く輝く大きなイヤリングと、同じ種類の宝石でネックレスをしていた。まだ成人にもならぬ年齢のはずのレイファン王女の凛とした雰囲気を前に、全員が思わず沈黙する。そしてゆっくりと前に進み出たアルフィリースが、ロンググローブをはめたその手を取り、小さく礼をして臣下の礼をとった。
「お待ちしていました、レイファン王女。時間ぎりぎりで少し肝が冷えましたが」
「ごめんなさい、国内でのごたごたが続いてしまい遅れたわ。間に合わないと判断して途中で飛竜を駆る羽目になったから、私の使節団は遅れて到着します。それまで私の補佐をよろしくお願いするわ、アルフィリース」
まぁ嘘に違いないとアルフィリースは心の中でくすりと笑った。この登場の仕方はおそらく予め考えていたのだろう。名が売れてきたとはいえ、まだ小国に過ぎないクルムスがいかにこの会議で主導権を握るか。そのための演出の一つだ。
一つ間違えれば全てが終わりかねないぎりぎりの時間だったが、周囲の反応を見る限り効果はてきめんだ。やはりレイファンの護衛を受けた判断はとりあえず成功だったとアルフィリースも納得した。
「さて、エスコートしていただけるかしら、私の騎士様」
「かしこまりました、我が主」
アルフィリースはその言葉を交わした時、不思議な違和感を覚えた。先ほどの誰かに宮仕えすることなどありえないと想像したこともそうだが、レイファンとは友人、もしくは覇権を争うことこそありさえすれ、こういった主従関係を結ぶことは決してありえないと不思議な確信が胸に湧き上がっていた。
続く
次回投稿は、10/24(火)17:00です。