戦争と平和、その59~大陸平和会議①~
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統一武術大会の予選が行われる最中、大陸平和会議は本会議が開催される日がやってきていた。予選が開催される中途半端な日程で本会議を開催したのにはそれなりに理由がある。一つには本会議の開催は7日間が原則とされているが、まず間違いなく今回の議題は紛糾するため、日程が長引くであろうこと。
かつては最大で会議が14日かかったことも考慮し、統一武術大会本戦の日程を長くとることが可能になるように調節したのだ。本戦の日程や組み合わせが発表にならないのは、そのことも関係している。
もう一つには、予選会の参加者は過去最大の人数だが、氏素性が知れない者達の中には当然刺客のようなよからぬ企みを持つ連中も多数いるだろうと予測されている。大抵の者は事前に捕まえることが可能だとしても、予選会場では出番を待ちわびた競技者がたむろしており、むしろ会場を離れる行動の方が目立つほどの人込みで、一度競技者の中に紛れてしまえば判別は困難となることが予想される。
一方で予選突破すれば高額の報酬が支払われる予選会場から離れるような輩は、口無したちにより徹底的に警戒される。もし不審者が本会議場に近づくようなことがあれば、即座に取り押さえられるように警戒されていた。
そのような考えの元に、予選二日目の午前に合わせて大陸平和会議が開催されることになった。昨日遅くまで宴は開かれていたが、さすがに使節団の長たちは体調を整えこの会議に臨んでいる。会議に参加する国は、国家として認められており、かつ会議の運営に必要な費用を捻出できるだけの経済力を持ったおよそ70数カ国。
その中で中心となるべき力を持った国でまだ姿を見せていないのは、クルムスのレイファン小王女と、ローマンズランドのスウェンドル王、それにアルネリアの聖女ミリアザールだけだった。
主だった諸侯が集まらずとも、平和会議は開催される。だが遅れてきた国が発言するのはいささか礼儀と常識に欠けるとみなされる。つまり、遅刻そのものが致命的であるため、各使節団は通常なら前日までに余裕をもって会場入りするのが習わしとなっていた。そして主催国は、彼らのもてなしを十分にすることが義務付けられる。
会議開催まではまだ時間に余裕があるが、主催者である聖女が登場すれば慣習的に会議は開催されるしきたりになっていた。つまり、ミリアザールが今すぐ出てくれば事実上ローマンズランドは発言権を失うことになるが、ミリアザールは舞台裏から苦々しくこの状況を眺めていた。
「ミランダよ、まだローマンズランドは到着せぬのか?」
「はい、まさかこのような手段で来るとは。周囲100km圏内の宿場には見張りがいますが、昨夕の報告ではローマンズランドの影も形も全くなし。このまま会議を開催すれば――」
「非は我々にあると難癖をつけるであろうな。国際上不利な立場にある我々に、弁明の機会を与えるつもりはないのかと言って騒ぐだろう」
ミリアザールの言葉にミランダが思わず口汚く罵った。
「自分から戦争を仕掛けておいてどの口がほざきやがる、と言いたいですが、厚顔無恥なのはローマンズランドの代名詞。腹を立てさせてこちらの出方を単調化させるのです。乗っては負けでしょうね」
「それは昔ワシがお主に教えた言葉じゃ。言われずともわかっておる」
言い返されてややむっとするミランダだったが、その時、朝の八点鍾が鳴った。もう会議の開催まで半刻しかない。
「しょうがあるまい、かの国だけに配慮して開催を遅らせるわけにもいかん。もし間に合わなければ、相応の罰則を与えての参加を許可することとする。決して門前払いにはするなよ?」
「仕方ありませんね」
ミランダが不満そうにため息をついた途端、部屋にエルザが入って来た。
「報告いたします、ローマンズランドからの使者がお見えになりました!」
「はぁ? 突然来訪が告げられるなんて、見張りは何をしていたの? 自宅にお隣さんを迎えるわけじゃないのよ? 賓客のもてなしには相応の用意が必要ってもんでしょうが」
「いえ、それが――空に騎影が」
エルザの報告にミリアザールがぴくりと反応した。
「なるほど。自国から中継点を作ることなく、飛竜で飛んできたのか。だとしたら、どのような報告よりも早いであろうな。何騎で乗り込んできた?」
「それが・・・少なくとも、500騎」
「なんですって!?」
ミランダが驚きと怒りの声を上げた。使節団の人数は制限されている。開催側の準備もあるため、護衛を含めて20人までにするようにと事前に通達してあるのだ。それを無視するどころから、大隊規模の軍団で乗り込んできたことになる。法律違反ではないが、配慮と礼儀の欠けた行動であることには間違いない。そして空からやってくるのでは、今更止めようがない。
そして嫌な予感のしたミリアザールが、エルザに聞いた。
「かの国らしいといえばそれまでだが、まさか戦争をこの場でおっぱじめる気ではあるまいな・・・先頭の飛竜は一際立派であるか?」
「はい。一際大きな飛竜が先頭に10騎ほど。特に中央付近の飛竜は格別です」
「なるほど、使節どころではない。スウェンドル王が自ら飛竜にまたがって飛んできたのだ。これは由々しき事態よな」
ミリアザールの一言はその場の全員の顔色を変えさせた。まさかどれほど使者を送ってもなしのつぶてであり、最近では外交すらろくにおこなっていないと評判の王が、自ら乗り込んできたのだ。一波乱どころか、会議が大荒れになるのは間違いなかった。
続く
次回投稿は、10/20(金)17:00です。