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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その58~狂人の妄執①~

「まぁ無理に答える必要はありません。ですが、私に教えを乞うだけのことはあるようですね。私が自由な時間だけでよければ、競技会が始まる前の早朝と、予選会終了後の時間にお教えしましょう。それでよろしいですか?」

「うん、十分だよ」

「では早速一つ目の課題から――」

「その前に一ついいかな? 変なことを聞くかもしれないけど、剣を振るっていない時と剣を振る時で、より剣を振るう時の方が口調が穏やかになっている気がするんだ。それはどうして?」


 ジェイクに指摘されて、ティタニアははっとした。その指摘をされたのはいつぶりだろうか。父が残念な顔をしたような、兄たちが笑っていたような、そんな光景が思い出された。


「――ああ、そのことですか。私は幼いころは少々おてんばでしてね。兄2人に囲まれて育ったものだから、どうしても気質的に男っぽさが抜けなくて。見た目にそぐわないし、いずれ嫁に行くのだから、意識して直せといわれたのですが、中々直らなくて苦労しました。

 皮肉なことに、剣を振るう時になると言葉遣いが丁寧に女性らしくなるのです。父には嘆かれ、兄には笑われましたよ。今では良い鍵になっていますが」

「鍵?」

「全力を出す時の符丁みたいなものです。勝負の前に決まった行動をとる人や、もっと言えば騎士が決闘の前に祈りを捧げるのも同じようなものです。全力を出しやすくする自分への合図と暗示。特に剣を握り誰かを殺す者は、戦いとそれ以外を区別するために使う者もいます。

 長らく戦いに身を置くつもりであれば、自分なりの鍵を作った方がいいでしょう。その方が精神の摩耗を防げる」


 ティアニアの言葉にジェイクは納得した。


「なるほど。参考にしておく」

「では改めて。まずは私がさきほどやった動きの真似をしてください」

「ええ? いきなり?」

「習得には実践あるのみです。動きを間違えれば容赦なく打ちすえますので、よろしいですか?」


 ティタニアの言葉に、ジェイクが蒼ざめて首を横に振った。


「よろしくない! あの木みたいな結末は嫌だ!」

「心配しなくても、百回ほど打たれたら葉の代わりに髪の毛が全て抜けるくらいには手加減します。死にはしませんから安心して打たれなさい」

「!?」


 ジェイクが一層青ざめたが、ティタニアはわざと剣を構えてジェイクを促した。もちろん髪の毛が抜けるなどは冗談であるが、訓練には必死さが必要である。少なくともこの少年なら50も打たれる頃には入り口をくぐるだろうと確信していた。

 誰にも話したことのない親兄弟のことを話したのだ。このくらいの冗談で冷や汗をかかせるくらいが丁度よいとティタニアは考えたのだが、それが物騒な照れ隠しだとは自分でも理解していない。


***


「無事に送り届けた?」

「ああ、言われた通りにした」


 ドゥームの言葉に頷いたのはミルネー。アルフィリースに解雇された後、ミルネーは巡り巡ってドゥームに拾われていた。その実用性よりもアルフィリースへの執念が何かしらの役に立つかと思って拾ったのだが、中々どうして過酷な実験にも耐えるものだ。そして無茶ともいえる訓練に耐えた褒美として、本人が希望した通りこの統一武術大会に連れてきていた。

 そして先ほど、ティタニアが倒れた時にミルネーに運ばせていたのであった。まさかジェイクを頼ることになるとはドゥームも屈辱だったが、同時に信頼できる相手でもあった。


「あれでよかったのか? 神殿騎士とはいえ、少年のようだったが」

「いいんだよ。あれで実力は確かだし、最高教主の庇護を受けているから団内でも一目置かれる存在だ。それに情にもろい。ティタニアを一時期保護するくらいはできるだろう」

「信頼しているのか?」

「おえっ、気持ち悪いことを言うなよ。憎しみをぶつける相手として信用できるってだけだ」

「なるほど、そういうことなら私も同じだ」


 ミルネーがぶつぶつとつぶやき始めた。


「アルフィリースは必ず勝ち上がってくる。だから私は奴を待ち受けるのだ。奴なら必ず、必ず私の元へ・・・」

「(あーあ、始まったよ。本当に病気だな)」


 ドゥームも自分の性格を褒められたものではないと理解しているが、偏執に我を忘れたことはない。発生当初はそのようなこともあったが、ティタニアやドラグレオにあまりに滅多打ちにされたからか、追い込まれても比較的冷静に物事を考える習慣がついていた。

 だがミルネーの思考は、自ら破滅を呼び込んでいるとしか思えない。どうしてこの大会でアルフィリースと自分が当たることが想像できるのか。そもそも本戦で反対側に配置されればまず間違いなく当たらないし、予選のレベルを見る限りミルネーがいかに強くなったといえど、本戦で一度勝てればよい方だ。

 アルフィリースですら、本戦で何度勝てるのかは確実ではないだろう。確実にアルフィリースと戦うなら闇討ちが一番だが、どうしてそのことを考えないのか。まぁあれだけ非人道的な実験を繰り返せば、とうに頭がおかしくなっているとも考えられる。自分のように最初から狂っていればかえってマシになろうともいうものだが、ミルネーはずれてはいても、かつてはまっとうな人間だったのだ。

 ドゥームは聞きたい気持ちを押さえることができず、ついミルネーに余計なことを聞いてしまった。


「そんなにやりたいなら、今すぐイェーガーのところへ行って来たら? あ、今は誰かを護衛しているんだっけか?」

「馬鹿な、そんなことをしたら奴に恥をかかせることができないではないか! 私の望みは奴に二度と立ち直れないくらいの恥をかかせること。そうでなければ我が恥はすすげぬわ!」

「いやまぁ、完全に逆恨みだと思いますけどね・・・逆の結果にならなきゃいいけどね」

「何か言ったか?」

「いえいえ、なーんにも言ってませんよ」


 好きにすればいいよとドゥームは思う。ミルネーという存在は暇つぶしくらいにしか考えていないから、正直死のうがどうなろうがどうでもいい。元々傭兵の仕事で騙され借金を負わされ、ターラムで非合法の娼館で娼婦として使い倒され、薬物漬けで過酷な遊戯に付き合わされて死にかけたところに、エクスぺリオンがたまたま作用し生き残ったのだ。

 代償として苦痛の大半が快楽に置き換えられ、左目は白化して視力がほとんどなくなり、髪も一部白くなっている。頬には客につけられた大きな傷が消えず、体はもっとひどいことになっている。正直女としては見れたものではないし、容姿も元とはかなり変わっているだろう。

 そこまでしてアルフィリースに対する恨みを忘れないのは、もはや才能でしかないのではとさえ思える。


「(これこそ悪霊化すると立派な存在になるんじゃないか? いや、それでも大したことがなさそうだから、こいういう女なのかな? 見てればそれなりに滑稽だから、まぁどっちでもいっか。僕としては彼女を通じて面白いものが見られれば、元はとれるのだし)」

「なにをぶつぶつ言っている? 行くぞ!?」

「へいへい」


 ドゥームは表面上ミルネーに従いながら、彼女に渡したエクスぺリオンの追加を使わないで済むだけの理性が残っていればいいなと思った。既に半分以上魔王化している彼女がこれ以上エクスぺリオンを使用すれば、おそらくは完全に人でないものとなる。もしそうなれば平和会議が中断される可能性もあるが、今回の会議はそもそも混沌の様相を呈しており、継続された方がより面白くなる気がしていた。



続く

次回投稿は、10/18(火)18:00です。

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