魔王の工房、その7~工房の主~
「ま、随分笑わせてもらったけどね。それだけでも作った価値はあったかな」
ケタケタと笑うアノーマリーの容貌を見て、エルザとイライザは醜いという印象を抱かずにはいられなかった。黒いローブで体は見えないが、歪んだ顔のパーツ、血の臭いのたちこめるこの部屋に置いてすら異臭のする吹き出物。さらに老人の容貌で子どもの声で話すのだから、生理的嫌悪感を抱くように全てをつなぎ合わせたとしか思えなかった。彼を見て思わずエルザが「醜い」と漏らしたのを、アノーマリーは聞き逃さなかった。
「醜い? ボクが醜いだって!?」
「・・・ええ、醜いわ」
下手な挑発になってしまうのではないかと、どう答えるべきか一瞬躊躇したエルザがもう一度はっきりと肯定したが、その言葉に体を小刻みに震わせながら笑いだすアノーマリー。
「ふふ、ふふふ。いいね、いいね!」
「何が可笑しいの?」
「可笑しいんじゃない、楽しいんだよ! さあ、お嬢さんたち。その調子でボクをもっとなじっておくれ!!」
アノーマリーが両手を広げて二人を促す。この洞穴に入ってからこちらエルザとイライザは驚きっぱなしで、大抵の事に対する心構えはしたつもりだったが、このような種類の驚きは予想していなかった。目の前の少年のような老人はこともあろうに「自分をなじれ」と要求していた。
なんとも下卑た要求にエルザが辟易して頭を抱えると、吐き捨てるように言い放つ。
「あなた、気が触れてるんじゃないの?」
「そうそう、その調子だよ! もっと、もっと!!」
「・・・このイカレ野郎が」
エルザが思わずスラム時代の口調に戻る。もはや口を聞くのも汚らわしいとエルザは判断し、ミスリルのフィストを握りこむ。これ以上不快なその口を聞く前に、潰す。それがエルザの結論だった。
「さぁ、さぁ、さあ! もっと罵っておくれよ!」
「イライザ、ここにいなさい」
その言葉と同時に、イライザの返事も待たずエルザが地面を蹴る。まだ年若いイライザに、このような変態の相手をさせたくはなかった。そしてアノーマリーに接近して拳闘家のような構えをエルザが取るが、彼はまだ余裕なのか両手を広げたままで無防備極まりない。その顔面を、容赦なくエルザの拳が捉えた。
エルザの左フックがアノーマリーの右頬を打つ。さらにエルザは拳が当たる瞬間さらに捻りこむため、ミスリルのフィストと合わさって、威力は情人なら一撃で顎を砕かれるほど。アノーマリーは無防備でその拳を受けたものだから、当然のように鼻血を噴き出し、口から情けなくだらだらと血を垂らす。エルザの左拳には、アノーマリーの頬骨が砕けた感触がしっかり残っていた。
アノーマリーも思わぬ強力な一撃にたたらを踏んで後退した。だがそれほどの衝撃と怪我にも顔はにやけたまま変わることなく、防御をする気配もない。エルザは背筋に嫌な汗がつたうの感じながら、恐怖を制御して突貫する。だが念のため、ローブで見えない胴体だけは狙いから外していた。
アノーマリーが血を吐き出しながら、エルザを挑発する。
「もっと、もっと!」
「セイッ!」
再びエルザの左フックがアノーマリーにヒットする。だが今度は顎先をかすめるように当て、アノーマリーの脳を揺らす作戦に出た。軽い脳震盪をおこし、すとんと膝から崩れ落ちるアノーマリー。
「もっと・・・あれ?」
「ボコ殴りだっ!」
目にもとまらぬエルザの連打。アノーマリーに反撃の隙など与えず、一気呵成に終わらせるしかない。一撃ごとに骨を砕く感触が拳に伝わり、見る間にアノーマリーの顔面が原形をとどめぬほどに変形していく。もっとも、元からアノーマリーの顔に原形があるのかと疑問に思うほど酷い造形ではある。
エルザはアノーマリーの頭蓋骨がだいたい砕けたのを感じると、一等拳を握りこんで振りかぶる。
「最後ぉ!」
「あ・・・ふ・・・」
何かを言いかけるアノーマリーを気にかける様子もなく、上から下へ拳を振り抜き、アノーマリーの頭を地面に叩きつけるエルザ。アノーマリーの頭は完全に破壊され、砕けた果実のように血だまりに沈んだ。
アノーマリーがピクリとも動かなくなったのをエルザが確認すると、呼吸を整えイライザの元に引き揚げる。その無慈悲な戦いぶりと、見事な身のこなしにイライザは思わず賛辞の言葉を口にした。
「お見事です」
「別に。そういえば名前も聞かなかったわね。一体何者だったのかしら、この下衆な男は」
「それはそれはボクがとんだ失礼を、侵入者のお嬢様方。申し遅れました、ボクはアノーマリーと申します」
突然入口の方から聞こえた言葉に、完全に虚をつかれた2人。声のした方向には、なんとたったいま倒したばかりの男が慇懃な礼をしながら立っているではないか。
「え!?」
「双子ですか?」
イライザが思わずすっとボケたことを口にするが、改めて出てきたアノーマリーの背後から、さらにぞろぞろとアノーマリー達が現れる。
「こ、これは・・・」
「6、7、8・・・何人兄弟なのでしょうか?」
「面白いことを言うね、君は」
くすり、と先頭のアノーマリーが笑う。
「でも残念ながらボクたちは同一人物だよ。まあ自分で自分をコピーしたってところかな?」
「なんですって? そんなことができるわけ・・・」
「できるんだよ。ボクの超天才的な頭脳を持ってすればね」
アノーマリーが自慢気に自分の頭をとんとん、と叩いて見せる。
「ちなみにボクたちはそれぞれの経験を共有できる。そのためには、それぞれの個体の生命活動を止めないといけないのがなんとも不便だけどもね」
そう言ってアノーマリーは見事な早業で、たったいまエルザが殴り倒した個体に爆裂の魔術を放った。もしエルザやイライザに向けて放っていれば、少なくとも回避は不能なほど早い発動。そして完全に先ほどの個体が生命活動を停止すると、さも楽しそうに他のアノーマリーたちが笑い始めた。
「そうかそうか~、さっきのボクはこんなに良い経験をしたのか~。これはぜひとも皆で分かち合わないとね、ボク?」
「だよねぇ。こんなに殴ってもらえるなんて、最近じゃ滅多にないもんね。仲間内での闘争は基本的に禁止されているし、かといってボクたちが戦場に立つ機会はほとんどないしね、ボク?」
「でもこれからは、ボク達の何人かが外に資材調達に行ったらいいんじゃないかな? そこに美人さんがいたが、適当にやられて帰ってこようよ、ボク?」
「「「賛成~!」」」
ケタケタと笑うアノーマリー達に、眩暈を覚えるエルザとイライザ。さらにエルザは確信した。こいつらこそが、この工房の主なのだと。これほどの異常者なら、話に聞く魔王や、ここで見たような狂気の実験を行っていたとしても何の不思議もない。
全て殴り倒す。その覚悟を決めてエルザが前に一歩踏み出すと、ぴたりとアノーマリーたちの笑い声が止まった。その変容ぶりにエルザもびくりと思わず足を止めるが、アノーマリーは指を一本立ててゆっくり横に振りながら、イライザを制した。
「まあまあ、焦らないで。せっかくここに来たんだ。少々ならキミたちの質問に答えてあげてもいい。どうせアルネリア教の手の者なんだろう? ここを見られた以上、ボクたちとしてはキミたちを無事に返すことはありえないし、キミたちだって手ぶらで帰るわけにもいかないだろう。だけどボクは他の仲間のように戦闘狂じゃなくてね。たとえ敵とでも会話を楽しみたい人間なのさ。ましてキミたちのように美しい女性となら、なおさらね」
エルザは反吐がでつつも冷静にしばしアノーマリーの真意を図ったが、もし本当に答えてもらえるならそれに越したことはない。あるいは嘘だとして、何らかの仮説が浮かぶこともありえる。ミリアザールからは、何でもいいから情報を持って来いと言われているのだ。目の前の男がもし敵の幹部なら、これに勝る情報源はないのだ。
余裕たっぷりのアノーマリーに警戒しつつも、エルザは覚悟を決めた。
「・・・では聞くわ。あなたたちの・・・」
「おっと、その前に何でも答えるわけにはいかないし、何度もは答えられないな。質問は3つまで。しかも内容によってはボクははぐらかすよ。いいかい?」
要は都合の悪いことは答えないと言われたのだが、アノーマリーはエルザを試しているようでもある。その条件にまたしばし考え込んだエルザだが、化かし合いならエルザも結構な場数を踏んでいる。数瞬の悩みの後、エルザはおもむろにアノーマリーに問いかけた。
「では1つ目の質問をするわ。いいかしら?」
「どうぞ」
対するアノーマリーは余裕たっぷりである。目の前の女が自分より賢い可能性など、露ほどにも考えていないのだろう。
続く
ちょっと半端な終わり方をしたので、次回投稿は3/14(月)16:00です。