戦争と平和、その57~剣帝と少年②~
「・・・剣を教えてもらうというのはどうかな?」
「剣を? ですが私の剣は我流です。神殿騎士殿に教えられるほど立派なものではない」
「それこそ冗談だ、ティニーは強い。たたずまいを見ただけでも、神殿騎士団の団長と互角かそれ以上――ここには優勝を目指してきたはずだ。無闇な謙遜は逆に失礼だと思うけど?」
「なるほど、それを見極めるだけの経験と目を君は持っていると。それで気が済むのならば、よろしい」
ティタニアはゆっくりとベッドから起きると、呼吸を整えた。吸う息も吐く息もとても長い。一度の呼吸でみるみるうちに体力が戻っていくのが傍目にもわかる。同時に、ティタニアの無駄な緊張もなくなっていく半面、研ぎ澄まされていくのもわかった。先ほどまでのどこか人らしきティタニアは顔を顰め、剣帝としてのティタニアが前面に出てきていた。
「それは特殊な呼吸?」
「特殊というわけでもないですが、剣を使おうが槍を使おうが、究極は『自分の体をどう使うのか』という点に行き着きます。呼吸、姿勢、歩き方に至るまで、その一つ一つが奥義といえるでしょう。奥義とは技だと勘違いしている輩が多いですが、奥義とはそれらの積み重ねの上に自然発生するものです。
たとえば体の使い方を極めれば、慣れれば水に一刻程度沈んでいることはすぐにできるようになりますし、裸でも寒冷地で凍えずに一日活動することも可能となります」
「ほんとに?」
「極めれば、の話ですが。通常の人間はその入り口を見ることもなく終わるでしょう。入り口をまたぐだけでも、人間を超越したものとして名を馳せることができます。勇者と呼ばれる人種は、須らくどこかの入り口をくぐった者のことを指すのです。
さて、外に出るとしましょう」
ティタニアはジェイクを伴って外に出た。既に先ほどまでの弱々しい気配は消え、凛と変化したティタニアに、少し気遅れるようにジェイクは後に続いた。既に目の前の女剣士からは隙が一切なくなり、一つの完成された動く芸術を見るかのような錯覚にとらわれる。
ティタニアが振り返った建物は神殿騎士達の簡易詰め所だったが、既に夜が明けていた。どうやらほぼ半日気絶していたらしいことにティタニアは気付いたが、大事がなくて幸いだった。もし自分が命を落とすことにでもなっていれば、ここにいる全員が死ぬほどの災害が起きていたかもしれないのだ。
ティタニアは人目の及ばぬところに行くと、手ごろな木を見つけた。いつもそうしてきたように、掌を木に押し当てる。体調によらず、勘は既に戻っている。今の体調でも問題なく剣は振るえそうだった。
「これから私の技を見せます。そこから何をつかむかはあなた次第、しかと目を凝らすように」
「・・・わかった」
「では」
ティタニアは掌底で木を押した。木が揺れ、舞い散る木の葉。木の葉がティタニアの手の届く範囲に落ちてくると、木剣を構えたティタニアの姿が揺れた。
そしてジェイクは我が目を疑った。ティタニアの姿は見えないまま、葉ははじけ飛び、あるいはそのまま揺れ落ち、あるいは叩き落とされた。目を凝らせばティタニアの姿はうっすらと見えているが、速いわけではないのに明確に姿を追うことはできなかった。
そしてティタニアが元の位置に立ったかと思うと、木剣の切っ先で木を軽く押した。すると、青々と茂りかけた木の葉が全てはじけ飛び、そして次に新しく実が急激に成長していた。この木は通常なら夏に果実をつけるはずだ。目にしてもなお信じられない光景がある。ジェイクは頭を一度振ると、現実を直視した。
そこにはティタニアが微笑んだまま立っていたのだ。
「私の太刀筋――いくつ見えましたか?」
最初の質問だが、答えを間違えば二度と教えを乞うことは叶うまいとジェイクはわかっていた。
「7――いや、8種類」
「ほう。全ての種類を答えられますか?」
「葉を弾き飛ばす突き、打ち落とす払い、真っ二つにする斬撃。それに葉を斬りながら実際に斬った場合とそうでない斬撃。木を突いて葉を吹き飛ばした殺法と、実をつけた活法。それに、木の裏側の葉を切り裂いた遠当て。全部で8種類」
「ふむ――素晴らしいですが、完全な正解ではないですね」
ティタニアがとん、と剣を地に付けると、地面に落ちた葉の半分が真っ二つになった。そしてティタニアが告げた。
「木を通過しての遠当てには突き、払い、斬撃の三種類がありました。よって全部で10種類というのが正解です」
「・・・不正解か」
「そうでもないでしょう。最初に私のこれを見せた者は、普通は2-3種類までしか見えないものです。そのほとんどが斬撃に目が集まりますが、全く見えない者もいる。君はどうやら私の体捌きも追えたようですね?」
「ああ、なんとか。予測される方向とわざと逆に動くことで、ゆっくりだけど速く見せるんだろ?」
ジェイクの答えにティタニアは笑顔を見せた。どうやら目に関しては尋常ではないものをジェイクが持ち合わせていることに気付いたのだ。これを見せたことがあるのは、当代最強と考えられた剣士がほとんどだ。ジェイクは既に、素質で彼らを上回ることになる。
「正解です。初見でそこまでわかる相手はまず会ったことがない。誰かこれに近い技術の使い手に、訓練を受けたことがあるのでは?」
「それは・・・」
まさかシュテルヴェーゼやその配下の魔獣に訓練を受けたとは言えない。そこで一度でも見ていなければ、何が何やらわからなかっただろう。同時に、この技術を人間の身で使えるティタニアに驚くばかりである。
ティタニアはジェイクが答えにくそうにしているのを見て、問い詰めるのを止めた。
続く
次回投稿は10/16(月)18:00です。