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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その56~剣帝と少年①~

***


 重い。体が鉛のように重い。

 思えばよく無茶をさせられた。女とはいえ勇者の選定を行う可能性もある以上、最低限のことはできなければいけないと幼い頃より言い聞かせられ、身の丈よりも大きな剣を背負って山を駆け通すなど日常だった。

 好きだったのは料理に使う包丁だったのに、気付けば剣に替えられていた。その後料理番が自分の仕事となったが、血に濡れた手では何を作っても旨く作れる気がしなくなった。兄や父は旨いと褒めてくれたが、それ以外の誰かに料理をふるまう気にはとてもなれなかった。こんなものを食べるのは、血に濡れた自分たちだけで十分だと思うようになった。きっと自分は、好いた男性に料理を振る舞うことは生涯ないだろうと思うと、一人夜に涙したこともある。

 戦う技術は徹底的に鍛えられた。前衛に出されることこそ少なかったが、父も兄たちもこの上なく優れた戦士だったから、見取り稽古だけでも十分な鍛錬となった。今でも彼ら以上の戦士を見ることはまずないが、彼らがいるのに自分が鍛える必要はあるのかといつも疑問だった。まして真の勇者を探して、あてどない危険な旅を続ける必要があるのかと尋ねたことなど一度や二度ではない。だが父も兄も笑顔でこう答えた。


「(我々は勇者や英雄の器ではない。いかに強かろうと、我々はただの戦士だ。それがわかっているからこそ、我々は武器を奉じる一族なのだ。お前の才能、実力は歴代でも最高のものになるだろうが、お前自身が剣を奉じられる側になってはいけない。それだけは肝に命じておけ)」


 その言葉の意図するところは今でもわからない。真の勇者や英雄とは何なのか、我々が自身を鍛える意味は、武器を集める意味は。だが父や兄が私を鍛えた理由はよくわかった。一族は自分たちを除いて既に腐りきっており、私こそが父や兄たちにとって希望だったのだと。

 だからこそ、この身が破滅を迎えようとも、なんとしてでも父と兄の無念を晴らさねばならない。それまではどんな手段を用いようとも、どれほど危険な相手に身を預けることになろうとも、必ず実現してみせる――それこそが私の生きる意味だと信じて、ほぼ千年近く経った。

 執念も極まれり。まさかただの人間である自分がここまで生きることになるとは。めぼしい武器の情報がなくなると代謝を極限まで落とし、長い休眠状態に入った。そして一定の周期で目覚め、情報を探し求め、新たな武器を収集する。その行動をどれほど繰り返しただろうか。

 いかなる加護か、あるいは呪いなのか。それとも単に活動している時間そのものが短いからか。肉体はいつまでも若いままだったが、さすがに限界が近いと感じる。それはそうだろう、此の身は人間のままなのだ。それとも『封印』が解けるのが近いか。


「(もっとあの時冷静でありさえすれば、今頃もう少し違った生き方もあっただろう。真の勇者を探すだけの時間もできたかもしれないが、もはや全て後の祭りだ。私は怒りと復讐にかられ、一族をほとんど皆殺しにしてしまった。

 だが限界が近いというのなら、全てを託せる人間を探さねばならない。しかしそうも都合よくいくものか――)」


 ティタニアは自分の意識が夢からうっすら醒めていくのを感じていた。体が重いということは、どうやらまだ命があるらしい。死に損ねたのが嬉しいのか悲しいのか。とりあえず前後不覚になるのは初めてではないが、覚醒間近のこの状況においても周囲の様子を窺うだけの気力が湧かない。どうやら相当な不調で、予選を突破しておいてよかったとさえ思えた。これほどの不調では、雑魚が相手ですら不覚を取りかねない。

 ティタニア――という、自分の名前を思い出し、少しずつ指を動かすように努力していると、周囲の声が聞こえてきた。


「――感謝いたします。シスターに見せたところ、かなり衰弱している様子でした。あなたが運んでくださらなければどうなっていたか」

「例には及ばない。たまたま通りがかっただけだ」

「いえ、後日正式にお礼をさせていただきます。お名前を窺ってもよろしいか」

「・・・ミルネー。今回の統一武術大会に参加している傭兵だ」

「ミルネー殿、まずは私から感謝を。あなたの戦いに幸多からんことを」

「ああ」


 ティタニアはそこまでのやり取りを聞いた後、うっすらと目を開けた。会話の相手はどうやら出ていったのか、室内にはあと一人しか気配を感じない。今なら抜け出すこともできるだろうと身を起こしたが、まだ思うようには動かない。ベッドの上からずり落ちかけた自分を抱きとめる手がある。


「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」


 ティタニアは自分を抱きとめた人間に心当たりがあった。なんと、先日助けを出してくれた少年騎士ジェイクではないか。

 ジェイクの方も当然気付いているだろうが、彼の顔には驚きがあった。ティタニアが対応に困っていると、ジェイクがさらにその身を案じてくれた。


「・・・本当に大丈夫ですか?」

「問題ないと言ったはずですが、信用できないと?」

「いえ、そうではなく」

「?」

「涙が」


 ジェイクに指摘されて自分が涙を流していることに気付いた。だがその理由がわからない。こんなところで倒れた不甲斐なさか、まさか過去への感傷なのか。それとも――ティタニアは自分の感情の整理がつかず、自分がジェイクに抱き留められたままであることも失念していた。

 ジェイクが困ったように声を上げた。


「あの・・・」

「・・・いえ、すみません。なぜでしょうか、もう長いこと泣いたこともなかったはずなのに」

「俺でよければ相談に乗りますけど」

「ふふ、優しいのですね。君は」


 ティタニアが微笑み、ジェイクはどきりとして手を離した。女性の笑顔で動揺したのはいつぶりだろうか。

 そんなジェイクの反応に気付いたのか、ティタニアは重ねていった。


「何か礼をしなければならないでしょうね」

「いえ、そんな・・・これは騎士としての義務ですから」

「そうは言っても私の気が収まりません。何かしてほしいこと、私にできることはありますか?」

「うーん」


 ジェイクが困っている様子が可愛らしいので、ティタニアに少々悪戯心が顔をのぞかせた。


「抱かせろと言われればと少々困りますが、それ以外なら善処しましょう。いえ、決して無理というわけではないのですが」

「ぶふっ! な、なにを」

「見てくれは悪くないつもりです。それとも私は貴殿の好みとは違うとでも?」

「いや、そういうわけでは。だけど俺には婚約者がいるので」

「なに、男の甲斐性というやつでしょう。その婚約者殿の練習台だとでも思っていただければ」


 そのまま少し妖艶な笑みを浮かべたティタニア対し、ジェイクがだらだらと汗を流し始めたので、ティタニアがぷっと吹き出し、ジェイクの肩を叩いた。


「済みません、冗談が過ぎたようですね」

「・・・いや、ホントに。戦場よりも焦りました」

「で、どうしましょう? 貴殿に恩を返したい気持ちは本当ですし、助けられてそのままでは私の気持ちが済みません」


 今度は真面目な視線を向けたティタニア対し、ジェイクはしばし考えて提案した。



続く

次回投稿は、10/14(土)18:00です。

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