戦争と平和、その55~予選会⑪~
「確認するけど、他の黒の魔術士は来ていないでしょうね?」
「知りませんね。私は黒の魔術士としてではなく、個人的な用事で来ているのです。他の者に命令が下っているかどうかを把握していないし、そもそも私は既に仲間として認識されていない可能性もあります。連中が来れば、私もろともに襲われる可能性がありますね」
「なら、私たちに味方しない?」
ミランダの勧誘に、ティタニアは嫌悪感を示した。
「敵の敵は味方ということでしょうか? 節操がないのは嫌いです」
「互いに利益になる話よ。なんだったらレーヴァンティンを見せてあげてもいいのよ?」
「結構です。あなたのような女を何人か知っていますが、素直に約束を守った試しがない。だけど一つ確実にわかることがあります」
「へえ? 聞いてもいいかしら?」
「周囲を利用しているつもりで、最後は裏切られて悲惨な目に遭うでしょう」
ティタニアは冷たい目でそれだけ言い残すと、その場を去って行った。そしてミランダはその背後をしばし見つめると、周囲の観客たちに向けて声をかけた。
「聞いたわね?」
「はい、しかと」
その言葉と同時に、何名もの観客が振り向いた。ミランダの周囲は、ほとんどが一般人に扮したアルネリアの関係者である。彼らは最初から観客のふりをして、ティタニアとミランダの会話を聞いていた。
「会話の通り、ティタニアに監視をつけなさい。それに巡礼を呼び出して。黒の魔術士が他にいないことを確認したら、剣帝の首を獲るわよ」
「はっ」
「早速罠にかかってくれたわね。最低でも剣帝の首はとりたいところだわ」
その言葉と共に動き始めたミランダの部下たち。ミランダは既にいなくなった先ほどの少年の一党も含めて、いかにしてその首を獲るかを考えていた。そしてティタニアの指摘通り、その首をとるためにここに集まった傭兵どもをどのように利用するかを考えていたのだ。
***
そのティタニアだが、予選は既に終了しあっさりと勝ち抜けていた。当然といえば当然だが、相手の手ごたえがないことよりも、レーヴァンティンと対面するまでにあと数日を費やす必要があるのが面倒だった。
「あの少年の一党、『拳を奉じる一族』を名乗っていましたね。いつか現れるとは思っていましたが、ここで来るとは」
「『剣』じゃなくて『拳』を奉じる一族だって? 何それ」
ティタニアは足元から声がしたことに少々驚いた。いや、いるのではないかと思っていたが、あらためて影からずるりと現れたドゥームの登場の仕方が唐突だったのだ。少し考え事をしていたとはいえ、ここまで接近を許したことにティタニアは気を引き締めなおした。ドゥームは、出会った時よりも得体がしれない存在になっているように思えたのだ。
だがドゥームの背丈は普段よりも少し小さいようだ。まさに童子にしか見えないし、表情も幼くなっている。気配を覚えていなければ、これがドゥームだとは気付かない程度に。
「その姿は?」
「分身ってとこだね。よく考えたら体を靄状にできるのなら、外見もどうにかできないかと考えてね。成長した姿にすることはできないけど、幼くすることなら可能みたいだ。本体は別のところに置いているけど、分身をこうやって送り込むことは可能だね。ただし、戦闘能力はほとんどないのであしからず」
「器用な奴め。しかしどうしたのですか、こちらには来ないと言っていたような」
「そのつもりだったんだけどね、やっぱり君を放っておけないというか、美人を放っておくのは男としてどうだろうと思ってね」
軽口をたたくドゥームに、ティタニアも軽口で返す。
「浮気ですか? オシリアに言いつけますよ?」
「それは本当に勘弁! まぁ冗談はさておき、僕の新しい部下でここにどうしても来たいって子がいてね。そのお目付ってところかな。ってか、ティタニアご機嫌だね?」
ドゥームに指摘されて気付いたが、確かにティタニアは気分が昂ぶっていた。このように強者が沢山いる環境では常にそうなることはわかっていた。まだ自分が剣を奉じる相手が出現することを期待していることに気付き、ティタニアは内心で幻滅したような、それでいて喜びも確かに感じていたのだった。
だがドゥームがそんなティタニアの感情を知ることはない。
「で、教えてよ。拳を奉じる一族って何なのさ?」
「・・・遥か昔、我々の一族は魔王を倒せるだけの人材を選定し、彼らに武器を与えるのが役目だったわけですが、実際にその相手に助力し付き従う者もいました。彼らのことを指し、拳を奉じる一族と呼んでいたのです」
「じゃあ勇者のお供ってことか。千年近くも前からご苦労様だよ、しつこいにもほどがあるだろ」
ドゥームの皮肉に、ティタニアは苦笑した。口にしたことはないが、内心ではその通りだと思っていたからだ。
「私もそう思います。ですが彼らの目的は、今や私の抹殺です。私が覚醒するたびに、そういった動きが今までもありました。前回で全て仕留めたと思っていたのですが、どうやらまだ残党がいたようですね。本当にしつこい連中です」
「人間同士で因果なことだねぇ。ティタニアの抹殺を狙うってことは、相当強い?」
「前回戦った時には当時の勇者を引き連れていましたが、相手の長は間違いなくそれよりも強かった。戦うたびに強くなっていますし、見たところ、今回の相手はそれより強いかもしれない」
ティタニアの評価にドゥームが驚いた。ティタニアがそこまで人間の戦士を評価するのを聞いたことがない。
「冗談でしょ? そんな人間がいるなら、どうしてさっさと出てきて僕たちの邪魔をしないのさ?」
「それは彼らの役目ではないからでしょう。彼らの目的は私のみだけですから。おそらくはレーヴァンティンの情報を得て、私がここに来ると予測したのでしょうね」
「そんなにやばい奴らなら、逃げたら?」
「それこそ冗談でしょう? 一度でも退却するような人間に、私の役目は務まりませんよ。それに時間もあまりないのです」
「時間?」
ドゥームが首を傾げた時に、ティタニアが突如胸を押さえて苦悶の表情を浮かべた。そしてふらふらと足取りがおかしくなったかと思うと、突然暗がりの方へと歩みを向けた。ドゥームもまたその後についていく。
「どうしたのさ、ティタニア?」
「ま、ずい・・・こんな所で」
ティタニアが、がくりと膝をついた。膝をついただけでも異常事態だとわかるが、そのままティタニアが突っ伏してしまったのだ。まさかの事態にドゥームも思わず駆け寄る。
「ちょっと、本気かよ!?」
「ドゥーム・・・人気のないところに頼みます・・・つけられているようですので。この姿を見られるのは・・・とてもまずい」
「だから今の僕はほとんど戦闘能力がないんだってば! 下手したら神殿騎士一人すら・・・ああ、もう! ちょっと待ってなよ、君ってば重くて僕には運べないんだから!」
「それが、婦女子への言葉ですか・・・」
「やっぱり君、いつもとちょっと違うよ。すぐ戻るからね!」
そう告げるとドゥームはティタニアを壁にもたれかからせて、影の中に身を溶かしたのである。ティタニアはドゥームが張った簡易の結界の中で意識がゆっくりと薄れるのを、まるで温かい湯の中に浮いているかのように感じていた。
続く
次回投稿は、10/12(木)18:00です。