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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その53~予選会⑨~

 合図と同時に戸惑ったのは、競技者たちである。子どもに対し、どう出るべきかということだ。だが今までの試合の流れから考えると、一番被害の少ない人間が予選を突破することが多い。子どもといえど放置すれば、無傷の少年が予選を勝ち抜けるという珍事が起きかねない。

 最も近くにいた男が、少年に話しかけた。


「おい小僧。なんのつもりでここに来たか知らないが、怪我したくなければすぐに場外に出ろ。嫌なら引っ掴んででも連れていくぞ?」

「お気遣い、いたみいります。ですが、一度戦場に立ったからには死をも厭わぬのが戦士の習わし。競技会という形なれど、ここは戦場なれば心配無用。仮に殺されたとて、恨み言は申しません」

「なんだ、ガキのくせに口上だけは一人前だな」

「口上だけではございませぬ」


 その瞬間、少年は自らの風船を一つを残して自ら割って見せた。男だけでなく、観客までもが一瞬静まり返る。だがその隙を突くことなく、少年は堂々と構えた。


「これで退路はありません。『拳を奉じる一族』が一子、マイルズがお相手仕る」

「なん、だ?」


 マイルズと名乗った少年は名乗りと同時に男の懐に目にも止まらぬ速度で飛びこみ、一撃を見舞った。男は獣皮でしつらえた厚手の鎧をつけていたのだが、少年の拳により男はくの字に曲がり、その場に崩れ落ちてぴくりとも動くことはなかった。

 会場の雰囲気が変わった。そして少年はあろうことか、その場にいた競技者たちを指で挑発したのである。


「さ、臆しなされたか?」

「こ、のガキィ!」

「舐めるなよ!」


 ただならぬ少年の気配を察し、競技者たちは恥も外聞もなく全員が少年に突撃した。だが少年は彼らの攻撃をいなすと、急所に確実に拳を見舞った。子どもの身軽さを利用した連撃ではなく、大人が昏倒するような重厚な一撃。競技者たちは次々と地に伏し、観客はこの異常事態に湧いた。様子を見守っていたのはダロンと、もう一人の傭兵。


「よう、巨人の旦那。あの小僧をどう見る?」

「強い。それだけだ」

「そうだな、小僧のくせに相当の場数を踏んでいると見える。俺とあんたで勝ち抜けを争うのかと思っていたが、これは風向きが変わったな。だがこちらにも意地ってものがある。少年相手に腰が引けたとは思われたくない、俺が先に仕掛けるがいいか?」

「好きにするといい」

「最近の世の中はどうなってんのかね。こんな子どもにも戦わせなきゃならんのか」


 男は渋い顔をしながら進み出ると、名乗りを上げた。


「あー、名乗りなんて慣れてねぇんだが・・・俺はB級傭兵のオクスだ。仕事は主に獣狩り。言っている意味がわかるか?」

「? いえ・・・」

「狩りに加減はできん、特に手ごわいの獲物の前ではな。恨むなよ、小僧」

「それはもちろん――?」


 その瞬間マイルズは強烈な眠気を感じた。相手が風上、そしてほのかに鼻をくすぐる香りは――


「睡眠、薬」

「魔術の使用は禁止されているが、こういった道具の使用は禁止されていない。それ以前にばれなきゃ戦いは何をしてもありだ。卑怯などと言うなよ?」

「いえ、むしろ嬉しいです。戦士として認められたということですから。ですが――」


 マイルズがぐらりと傾いたかと思うと、猛然と前に出た。倒れたと思った瞬間の出来事なので、オクスの反応が遅れる一瞬で十分だった。オクスの振り払うような動作が空を切り、マイルズの正拳がオクスの腹にめり込む。だがマイルズの拳には十分な手ごたえがなく、打ったのではなく打たされたと気付いた。同時に頭に衝撃。オクスの頭突きと気付いた時には、膝裏を蹴られ膝をついた状態で背後から首を絞められていた。


「獲物は仕留めたと思った時が一番危ない。勉強になったろ? 降参しろ」

「・・・ぐ、ぎぎぎ」

「降参しろ、下手したら首の骨を折りかねん。一生立てなくなるぞ?」

「・・・いいんですか?」

「何がだ?」

「その前に折れますよ、あなたの腕が」


 マイルズがオクスの手首を取ると、凄まじい力で締め上げ始めた。技術も何もない、ただの力づく。だが有利な体勢のはずのオクスの顔が青ざめ、しかも徐々に立ち上がったマイルズがそのまま腕だけでオクスを宙に持ち上げ始めた。観客がざわめく。


「なぜ反撃しない?」

「どうなっている、あの小僧?」

「・・・反撃したくてもできないのよ」


 ざわめく観客に、ミランダがぼそりと答えた。体のどこか一か所でも折れかねないほどの力で把持されると、とてもではないが威力のある反撃はできない。反撃しても子どもの駄々のような力しか入らないのが関の山だ。それはミランダ自身がやる方法だからよく知っている。

 だがあの少年もミランダのような特殊体質、あるいは何かの力を借りているということだろうかと疑問を抱いたが、それを察したかのようにティタニアが答えていた。


「あれは技術です」

「技術?」

「そう。鍛錬による筋力上昇、数日にわたって貯めた力を一気に放出する方法、肉体の制限を外す、などなど。あれらは彼ら一族の基本的な力に過ぎません」

「あなたもできるってこと?」

「あそこまで極端ではありませんが、近しい技術を大陸中の有名な戦士が使っているのは確かです。さて、問題はあの巨人の傭兵がどう出るか」


 ティタニアが語り終えるころ、オクスは脳天から地面に落とされ、気絶していた。その様子を見ていたダロンが、ゆっくりと動き出した。手に持った木製の斧は放り出していた。

 そしてゆっくりとマイルズの正面に来ると、いつものダロンのように穏やかに語り掛けた。



続く

次回投稿は、10/8(日)18:00です。

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