戦争と平和、その52~予選会⑧~
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予選はつつがなく進行していた。予想より多い参加者、急造した会場や人員と設備、それらがなんとか機能して胸を撫で下ろしていたのはほかならぬミランダ、そして運営に携わるアルネリアの上層部だった。
これはあくまで武術大会の予選会なので、相手を死に至らしめる行為やそれに準ずる悪質な行為は反則負けとしているが、ここまで死者の一人も出ていないのは救護者達の有能さゆえだ。当たり所が悪ければ死ぬのが生き物。まして参加者の種族を限定していない今大会においてもっとも懸念された事項であったが、アルネリアの沽券にかけて死人を出さないことにここまでは成功していた。
ミランダは空き時間を利用して密かに会場を見て回り、感触を確かめていた。既に時刻は夜。本日最後の予選の組が行われようとしていた。
「(今日はこれで最後か。初日は大きな問題もなく、無事に終えたようね)」
ミランダの手元には予選を勝ち上がった人物の一覧が次々と届く。予想外の人数のためこれからも予選参加者を絞る必要があるが、さらに予選を突破し本戦ともなれば、平和会議に出席ないしは同行している者達が退屈まぎれに観覧することもある。
さらに本戦が進み、16名以上の戦いとなると原則各国代表が見守ることが習わしであるため、その名誉は大変なものとなる。同時に、あまりに身分の不確かな者はそこまで残ってほしくないというミランダの希望もあり、ミランダは素性の怪しい者には見張りをつけていた。
「(まぁ名前や素性、経歴なんていくらでも偽れますからね。アタシもそうだけど、アルネリアの戸籍制度はもっと充実させないと。マスターにも進言しているのだけど、肝心のマスターやアタシの戸籍が曖昧だから、藪蛇になっちゃうかもしれないのが困ったところね。
それにしても色とりどりの勝ち上がりね。イェーガーも午前は調子が悪かったようだけど、午後になるとさすがに沢山勝ち抜けてる。今日はおよそ600人が残るはずだけど、そのうち100人以上がイェーガーか。あとはカラツェル騎兵隊、ミュラーの鉄鋼兵、その他有名な傭兵団からの勝ち抜けが100数十名。グルーザルドや各国の使節団から送り込まれた戦士が200名ほど。残りは腕自慢とか無所属の傭兵か。まぁこんなものね・・・ん?)」
ミランダは本日の勝ち抜けに予想外の名前を発見した。いや、レーヴァンティンを餌にしたのだ。あるいは一番食いつく可能性の高い相手だった。だがまさか本名そのままで乗り込んでくるとはどういうことなのか。
ミランダはすかさず声を出した。
「楓、いるかしら?」
「ここに」
ミランダの周囲には観客がいたのだが、その間からするりと影のように誰にも気づかれることなく現れた。
「この名前、本当だと思う?」
「拝見いたします・・・自分に箔をつけるためにこの名前――ティタニアを使用する者は確かにいますが、公然と使用する者がいるかどうかは疑問ですね。嫌でも注目を集めることになりますから」
「だがしかし、勝ち抜けたからにはただの雑魚ではないことはわかるわね。一応宿泊場所を押さえて。あなた、彼女の顔はわかるわね?」
「はい、沼地を出たところで本人を見ています」
「ならば検分してきて頂戴。本物なら報告して」
「は、確かに――」
「それには及びません」
ミランダと楓の傍に、豊かな黒髪の女がすっと立った。その姿を確認して、不死身のはずのミランダの心臓は止まりそうになった。楓もまた呼吸するのを忘れたかのように、その場に立ち尽くしていた。それもそのはず、件のティタニア本人がそこにいたのだから。
見間違えようはずもない。家ごと地面を叩き斬るほどの剛剣と、黒の魔術士の中でも一、二を争う戦力と言われた剣帝。またアルネリアの情報を収集するミランダは、ティタニアがいかに各地で暴れ、その力を見せつけてきたかを知っている。その女が姿を隠すでもなく殺気を放つでもなく、堂々とただ現れたことに驚いたのだ。
当のティタニアには剣呑な雰囲気は微塵もなかった。威圧するでもなく、侮るでもなく。それどころか、皮肉すらこめずただまっすぐにミランダを見据えて問いかけた。
「私がここにいるのが意外ですか? あなた達アルネリアは、私が裏から侵入してレーヴァンティンをこっそり持っていくとでも思っていたのでしょうか?」
「・・・そりゃあ意外だわ。こんな敵地のど真ん中に単身乗り込んでくるなんて、信じられない」
ミランダの言葉に、ティタニアがふっと薄く笑った。
「どうして私がそんなことをせねばならないのか。レーヴァンティンはこの大会の正式な賞品であり、優勝すれば手に入るものでしょうに。私が各地で武器を強奪してきたのは、渡せと告げたのに誰もが断ったからです。きちんとした手続きで手に入るものであれば、その通りにするまで。私は別に血を好んでいるわけではありませんから。もっとも隠しだてたところで、あなたたちを全て相手取って負ける気もありませんが」
「ええ、そうでしょうね。でも理屈のわからない子どもじゃないんだから、断られたら諦めるのが普通なのよ。それとも、この世の武器は全て貴女のものとでも言いたいわけ?」
「そうだと言ったら?」
ティタニアがあまりに悪びれなく告げたので、ミランダはあきれ果てた。
「イカれてるわ」
「過剰な力を持つ武器は、正しく管理できる者が持つべきだと思う。私はその役目を果たしているだけ。だがまだ本来の役目を果たしているとはいえません」
「本来の役目って?」
「あなたには関係のないことです。それより、次の試合は少し気になることがあります。注目した方がいい」
「へえ?」
剣帝が気になるほどとなると、ミランダと楓は思わず会場に注目した。イェーガーのダロンが登場するようだが、他には知っている顔がいない。一人気になるとすれば、10歳になるかならないかの少年が立っていることか。確かに年齢制限を設けたわけではないが、さすがにあの年齢で出場するとは考えてもいなかった。ダロンが小突くだけでも死んでしまいそうではないか。
だがティタニアの視線はその子供から、背後にいる数人の集団に移っていた。視線を見る限り、ティタニアの表情はやや険しい。
「この会場でアルネリアが対処困難な問題を起こすとしたら、彼らでしょうね。私の姿を既に確認しているはずです。鉢合わせすれば、その場で戦いになりかねない。闇討ちされないように、気を遣っているところです。正直言うと、彼らから隠れているうちにばったり貴女に出会ったところです」
「貴女を闇討ち? 自殺行為だわ」
「自殺行為とは言い切れないほどに、彼ら腕が立つ。私も油断すればどうなるか」
ティタニアの表情から、嘘を言っていないことはミランダにもわかる。
「剣帝にそこまで言わせるなんて、何者?」
「遠縁ですよ、私のね。まぁあの巨人と子どもの戦いを見ているといいでしょう。どんな連中かはすぐにわかります」
そこまでティタニアが告げた同時に、試合開始の合図があった。
続く
次回投稿は、10/6(金)18:00です。