戦争と平和、その50~予選会⑥~
確かに実力者だったが、負けたという感覚がエルシアにあまりない。強いというよりは、非常に戦い慣れている感じだった。熟練の戦士や剛力の戦士に負けるならともかく、同世代の女子に負けたという事実がエルシアを打ちのめしていた。ゲイルの皮肉にすら反論できないほど、エルシアは腹を立て、落ち込んでいたのだ。
そしてそこに歩いてきたのが、エルシアを倒した女の子だった。背後にはダロンも驚くほどの巨躯の女子を連れている。ゲイルも思わず跳ね起きたが、どう見てもロゼッタより頭二つ以上大きい。ここまでの背丈の女はまず見ないと言っていい巨人だった。
「もし、そこの闘技者の方」
「・・・何よ」
エルシアは呼びかけられて初めて顔を上げた。巨躯の女に一瞬驚いたような表情をしたが、落ち込んだ心にはさほど大きな感銘も与えないようだった。だがエルシアを倒した闘技者は、エルシアに興味津々なようだった。
「名前はなんというのです?」
「名乗る時は自分から名乗りなさいよ」
「なんだこいつ、生意気な女だな」
巨躯の女がエルシアを小突こうとしたが、それを小柄な女が止めた。
「黙りなさいウーナ。失礼しました、私はミュラーの鉄鋼兵所属のサティラです。改めてあなたのお名前は?」
「イェーガーのエルシアよ」
「エルシア。良い響きだわ」
サティラはエルシアを見て微笑むと、ウーナに目線で合図した。ウーナはやや不服そうだったが、その背中に担いだ袋から一つの木材を取り出し、エルシアに渡した。
「これは?」
「エルシアの戦い方であれば、木剣とはいえもっとしなりのある素材を選んだ方がよいでしょう。グレイオークと呼ばれる北方で取れる木材です。これを削って明日の女子部門に備えるといい」
「女子部門? 恥の上塗りをしろって?」
エルシアがサティラを睨んだが、サティラは首を振って否定した。
「自分を卑下するのはおやめなさい。あなたはそれほど弱くもないし、若いのであればもっと経験を積んだ方がよい。年と戦場の経験は?」
「15歳よ。戦場に出てから1年と少し」
「私は16ですが、戦場の経験は10年に及ぶわ。経験は何より得難い。良い師と仲間、それに戦場に恵まれるといい。しっかり成長すれば、A級の傭兵も目指せるわ」
自分を負かした相手に褒められるのは、エルシアにとって奇妙な気分だった。
「ふーん、買いかぶられたものね。それで、私が出場して何かあなたにいいことあるわけ?」
「おまえさぁ!」
「いいのよウーナ」
サティラはウーナを制すると、既にエルシアに背を向けていた。
「どうするかはあなた次第ね。ただ私は強い傭兵をもっと見たい。これは趣味のようなもので、強くなった相手を倒してもっと私は強くなりたいだけ。女であればなおよいわ。私も女ですからね」
「変な奴」
「良く父にも同じことを言われます。私は女子部門にも出るつもりですし、こっちのウーナも出場するわ。実力は私とさほど変わりなし、私自身もあなたともう一度戦ってみたい」
「気が向いたらそうするわ」
エルシアはひらひらと手を振ったが、既に視線は手の中にある木材に落ちていた。どうするかは一目瞭然だった。
そしてダロンが思い出したように手を叩いていた。
「あの巨躯、そしてミュラーの鉄鋼兵。確かそんな傭兵が最近出たと聞いたな。確か団長ドードーの娘で、副隊長の一人だったはずだ」
「じゃあ、口調からしたらさっきの小さい方が隊長? 俺らとそんなに変わらないように見えたぜ?」
「そうなのだろう。ドードーは非常に子だくさんだが、そのどれもが一流の傭兵だと聞いたことがある。エルシアは運が悪かったな。ミュラーの鉄鋼兵の隊長なら、A級でも上位に位置する傭兵だ。剣を握って一年少しでは太刀打ちできなくてもしょうがな――」
「気に入らないわ」
エルシアは木材を持つと、ダロンの言葉を否定するようにすっくと立ちあがった。その顔には既に落ち込んだ様子はない。
「明日の女子部門とやらで勝ち上がってやる。それであの調子の乗った女もぼっこぼこにしてやるわ」
「調子が出てきたじゃないか」
「当然だわ。この木材はレイヤーにでも削ってもらうわ。そのレイヤーはどこ?」
「確か同じ時間に予選だったぞ? そろそろ戻ってくるんじゃ・・・」
「呼んだ?」
「のわあっ!」
ゲイルは突然背後からレイヤーに声をかけられて驚いた。足音くらいさせろと、レイヤーを小突いている。
「つい」
「つい、で足音消すんじゃねぇよ! お前はどうだった? 予選突破は無理でも、一人くらい倒したのか?」
「なんとか予選突破したよ」
「そーかそーか、やっぱり・・・って、ええ!?」
ゲイルが心底驚いていた。それもそうだろう、今日予選があった中では、レイヤーは3人目の突破者なのだ。朝のドロシー、ライン以外、まだ誰も予選を突破していない。
時刻は昼とはいえ、イェーガーの傭兵はどの組にも一人は入っているほどは参加している。傭兵としての等級が上位の者、つまりは隊長格の傭兵はまだほとんど出ていないが、ここまで200名近くが脱落したことになる。その中でレイヤーが突破するとは、ゲイルは冗談でも考えていなかった。
だが、ゲイル以上にむきになったのはエルシアだ。
続く
次回投稿は、10/2(月)18:00です。