戦争と平和、その49~予選会⑤~
だが試合開始の合図がかかった瞬間、ラインはうってかわって目にも止まらぬ速度で最も近くにいた闘技者に斬りかかった。相手がろくに構える暇もないままにその全ての風船を打ち割るライン。そして戦いが始まっていた各所にも有無を言わさず割って入ると、彼らの風船を全て割ってしまったのだ。あまりに鮮やかな手並みに各闘技者はラインと剣を合わせる暇もなく、観客は歓声を上げることすら忘れて呆然としていた。
ラインは余裕たっぷりに木剣を地面に突き刺すと、静まり帰る会場で相手に告げた。
「これで時間が来れば俺が勝ち抜けるわけだが、まだ戦う奴がいたら宣言しとく。今度はさっきの攻撃を、気絶するまで急所に叩き込む。その上で戦う気概がある奴だけ相手してやる。どうする?」
「・・・お前、舐めるのも――」
何事か叫ぼうとした相手が一瞬で悶絶した。何撃入れたのかわからないほどのラインの猛攻と、泡を吹いて気絶した男を見て、全員がその場で降参した。ドロシーに続いての快勝であるが、対照的に呆気にとられた観客は熱狂ではなく、まばらに拍手をするのみだった。
そしてラインはイェーガーの仲間のところに戻るのではなく、反対の方向に去って行った。
「あれ、副長はどこへ?」
「一応会場警備の責任者の一人だからな。仕事を抜けてきているとは言っていたが、忙しいのだろう」
「はえー。エルシア、見えたか?」
ゲイルの感想に、エルシアが唸る。
「体の正中に三段突きまではね。斬撃の方は見えなかったけど、レイヤーあんた目はいいでしょ? 見えた・・・って、どこに行ったの?」
「ありゃ、もういねぇや。試合はしばらく先じゃなかったか?」
ゲイルとエルシアがレイヤーの行き先を探っていたが、いつの間にかレイヤーは姿を消していた。
そしてラインは去りながら、黒いフードの男とすれ違いざまに声をかけた。
「見ての通りだ。本戦で当たることがあったら、満足させるまで戦ってやるとお前の仲間に伝えとけ」
「・・・しかと」
男は足を止めることなく去っていたが、ラインはさらに少し進むとその先にレイヤーがいた。レイヤーは横道から出てくると、ラインと並行して歩く。
「今の奴、尾行する?」
「気づいてたのか?」
「人から隠れるようにして副長のことを凝視していればね。腕はたつかもしれないけど、尾行はルナティカに比べればまだまだ」
「ナイツ・オブ・ナイツは暗殺が専門じゃないからな。ルナティカと比べたら可哀想だ」
「ふーん、で、どうするの?」
レイヤーはやる気のようだ。どうやら見過ごせないと感じたのか。ラインは窘めようとしたが、考えるところがあってレイヤーを頼ることにした。
「試合がまだなら尾行を頼む。接触している連中が誰か、一応探ってみてくれ。ただし無理はするな? 間諜の類も、見本市みたいになっているはずだからな」
「報酬は後で請求するよ」
「金とんのかよ! って、もういねぇや。ちゃっかりしてきたな、あいつも」
ラインは気苦労で肩が凝ったのか、首をゴキゴキとならすと、何事もなかったかのように気怠そうに仕事に戻っていった。
***
「負けたー! ちくしょー!」
「惜しかったな、ゲイル」
ゲイルは予選会の会場で仰向けに転がり、ダロンがそれを慰めていた。ゲイルは正直よいところまで行った。最後の3人まで残り、この日最も喝采を浴びた闘技者となった。ゲイルの戦い方は無骨だが、見る者を興奮させる。打ちのめされても立ち向かうその姿は多くの観衆の心を打った。
「剣闘士なら最高に盛り上がっただろうな」
「だけどよー、なんで相手がアレクサンドリアの騎士様かなー。化け物みたいに強かったんだけど」
「もう一人はA級の傭兵だったそうだ。それぞれから一点奪ったのだ、随分と上達したではないか」
ダロンの言葉はもっともだったが、ゲイルは満足していなかった。
「でもやっぱり勝ちたいじゃないかよ」
「それはそうだ。だがロゼッタには褒めてもらえるのではないか?」
「勝ち上がったら胸を揉ませてもらう予定だったんだけど、惜しいことをしたなー。悔しくて今日は寝れそうにないや」
「・・・それに関しては何も言えんな」
ダロンはふっと笑った。ダロンが笑うのは珍しいことだったが、どうにもゲイルは悔しかったらしくごろごろを地面を転がりながら、戦いのことを振り返って呟いていた。そこにエルシアが帰ってくる。
「おう、そっちはどうだった?」
「・・・負けたわ」
「へえー、お前でも無理なことがあるんだな。相手はどんな奴だ?」
「・・・」
「おい、エルシア?」
「少しそっとしておいてやれ」
付き添いに出ていたヤオがゲイルを窘めた。どうやらエルシアもまたよい所まで行ったらしいが、最後は同じ年頃の女の子に負けたらしいのだ。それが悔しくて、さっきから黙りこくっているらしい。
相手はエルシアよりもやや小さいくらいの女子だったそうだ。エルシアが襲い掛かってきた闘技者2名を打ち倒し周囲を確認すると、既にその他の闘技者は全員地に伏していたそうだ。エルシアは脅威を感じ取ったが、エルシアの全力の攻撃は相手の小手に全て捌かれた。鉄壁の守りとも言うべき防御力と、手斧での一撃をかわすうちに場外させられてしまったのだ。
続く
次回投稿は、9/30(土)19:00です。