表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1508/2685

戦争と平和、その46~大陸平和会議開催前⑨~

***


「パンドラ、レーヴァンティンがあそこにあることに間違いはないか?」

「おう、ビンビンに感じるぜ」


 パンドラはエーリュアレの手元で興奮気味につぶやいていた。彼らは統一武術大会の近く、仮設の宿屋に滞在していた。魔術教会所属のエーリュアレがこんなところに出向いているのは、イングヴィルの命令のためだ。

 魔術協会は表向き、アルネリアとの良好な関係を継続している。だが、テトラスティンが個人的にミリアザールと語り合っていた時のような良好な連携はすでになく、互いに調整役が義務的に動く程度のものでしかない。今回の大陸平和会議や統一武術大会でも、本来協力して黒の魔術士を迎え撃つことが望ましかったのに、そこまでの連携は望むべくもなかった。

 新たな魔術協会会長であるフーミルネは、アルネリアとの交渉が上手くいかないことに腹を立てたが、体裁を取り繕わないわけにもいかず、かつて部下であり現黒の派閥の長にまで出世したイングヴィルに命じて形だけの協力を申し出た。だがアルネリア側もそれは体裁だとわかっていたので、あえて密接な連携を行わず、有事の際の待機部隊として彼らに一つの宿を与えたにすぎなかった。

 遊撃隊といえば聞こえはよいが、要は邪魔だからじっとしておけと言われたも同然である。実戦部隊である征伐部隊にとって屈辱以外の何物でもなかったが、これ以上どうしようもない。その代り、彼らはアルネリアに交渉して統一武術大会への参加を申し立てた。その行動すら、ミリアザールの目論見どおりなのだが、そこまで彼らはミリアザールの性格を知らないことがあだとなった。

 アルネリアがこれをあっさり認めたため、逆にイングヴィルには不快極まりなかったが、せめて魔術士の自分たちが勝ち進むことで一泡吹かせたいと考えた。それに会場の中にいれば、有事に際に自分たちの出番が増える可能性もあった。こういう時には功を立て、自分たちの存在を示すしかないことをイングヴィルはよく知っている。本戦の枠は与えられなかったため予選からの参加となったが、そのおかげでエーリュアレも参加予定となった。

 だがパンドラにとって、これは望ましい展開となった。これでレーヴァンティンに近づく機会が増えたからだ。まだレーヴァンティンについての詳細な情報は思い出せないが、直に目にすれば何か思い出すこともあるかもしれない。パンドラはその正体をイングヴィルとエーリュアレにしか明かしていないが、何とかしてレーヴァンティンに近づくつもりだったのだ。

 そんなことを考えながら、パンドラはエーリュアレの手の上で会場となる闘技場を見つめていた。まだ外は祭り気分で明るく騒がしく、闘技場も明日の準備をしているのか、灯りが多数夜空を照らすせいで星も満足に見えなかった。魔術協会の本部も常に明るいが、人間は随分と夜を嫌うようになったものだとパンドラは不思議に思っていた。

 そのパンドラを手にしながら、エーリュアレがぼそりとつぶやいた。


「あそこにアルフィリースがいるのか・・・」

「よう、エーリュアレの嬢ちゃん。まぁだイェーガーの隊長にご執心なのかい?」


 パンドラはエーリュアレの話し相手を務めることが多々あったので、アルフィリースとの確執についても当然知っている。無口に見えて実は激情の持ち主で、饒舌なこのエーリュアレを、パンドラは可愛いとさえ思っていた。

 エーリュアレがいつものように、憎悪に燃えた暗い瞳で語る。


「当然だ。私はあの女を征伐しない限り前に進めない」

「殺すってことか?」

「殺しても構わんが、生かして自分のしたことを死ぬ以上に後悔させてやりたい。そして私に詫び続けさせてやるのだ。少なくとも、私が苦汁を飲んだ年月はな」


 エーリュアレの言葉に、パンドラが肩をすくめた。


「中々寒気がする執念だな。だがそれすらも時間が経てば風化していくものだ。憎しみなんてものは永遠に続かねぇ。何千年も生きたパンドラ様の忠告だぜ?」

「わかっている。私の中の怒りも憎しみも、かつてほどではないことも知っている。だが父の無念と我が一族の無念を晴らさん限り、私は前に進めない。いや、進む資格がないのだ」

「そういう執着こそ人生の無駄なんだがなー、ってのは後から考えないとわからん事なのかもなぁ。まぁ目だけを曇らせないに気を付けることだ。嬢ちゃんにはもっと大切なことがあるだろう?」

「ああ、それもわかっている。復讐を果たすよりも、家の再興が優先だ。そのためには、私はこの征伐部隊(プランダラー)でさらに功績をあげる必要がある」


 エーリュアレの手に力がこもる。力が入りすぎて思わず掴まれたパンドラの体が軋むが、すんでのところでパンドラは脱出した。


「あいてて。まぁイングヴィルの旦那は、嬢ちゃんを信用しているだろう。右腕とはいかんが、筆頭5人くらいには入っているだろうな。なんせ俺の正体を明かして預けるくらいだ」

「それも自覚している。だが明日の試合、お前の力は借りない」

「ずるしてもいいと俺は思うんだがなー。だがそんなまっすぐな嬢ちゃんの気概も好きだぜ? 魔術士のくせに明日の戦い、拳だけで戦おうってんだからな」

「それしか知らないだけだ。私は不器用だから、武器を使うとからっきしだからな」

「からっきしって、どのくらい?」

「剣がすっぽ抜けて、真後ろにいる奴の頭に刺さる」


 その場面を思い起こして、パンドラは大笑いした。エーリュアレは、言わなければよかったと赤面しながら後悔する。


「だからからっきしだと言ったのに・・・それに統一武術大会では、どのみち魔術は使用禁止だ」

「そうなのか? ならせめて予選の方式を聞きたいかい? 俺様の力を使えば、責任者たちの会話なんて筒抜けだからな」

「必要ない。正々堂々と戦うだけだ」


 そういうと明日の戦いに備えてか、エーリュアレはさっさと布団にくるまってしまった。パンドラという稀代の遺物を手にしても欲を持つことなく、また復讐に身を焦がしながらも公明正大に戦おうとする。そんなエーリュアレを見てパンドラはつくづく思う。


「(嬢ちゃん、俺を手にしても目が眩まないからこそイングヴィルは俺をあんたに預けたんだぜ? 無欲なんて資質を持つ嬢ちゃんは、魔術士どころか復讐なんて物騒なものには向いてないんだよ。本当は人を支える魔術の使い方なんかを学んだ方がよほど良いんだろうな。早くそのことに気付けるといいなぁ)」


 パンドラはそんなエーリュアレに気遣ってか、大好きな煙草を吸わずに灯りの隙間に見えるわずかな星を眺めるにとどめたのである。


***


 翌朝、ついに統一武術大会の予選が開始された。想像以上の参加者の数に、予選の期間は予備日を使用しての前倒しとなった。早朝から開始された予選では、10人が一組となり勝ち抜き戦を行う。組み合わせは早朝に最初の8組の掲示があり、それから半刻後に予選開始となった。これは事前に余計な交渉や、闇討ちなどをさせないための配慮である。その後も各組予選の半刻前になると次々と掲示がなされ、予選参加者は会場に散っていった。

 だが掲示の前には万以上の人が殺到したため、掲示板の前には相当な人だかりができ、さっそく警備は混乱の極みを味わう羽目になった。


「押すな押すな!」

「くそっ、全然見えねぇぞくそったれ!」

「クソクソうるせぇ! その口にクソを突っ込むぞ!」

「なんだとぅ!?」


 そこかしこで小競り合いが発生し、もはや予選と関係ない所で脱落者が出そうな喧噪となった。警備も最初は諍いを収めようとしたが、途中からは相手をする人数が勝手に減ればそれも楽かと思い、死人が出る前に止めることにしたため、今度は救護班の忙しさが加速度的に増していくことになるのだった

 当然、予選にはイェーガーからも参加者が大勢出ている。一般の団員だけで、1000名以上の参加者がいるのだ。控え場所の確保にも一苦労するため、隊長格は自然と一か所に集まり、準備を進めていた。


「ドロシー! もう呼ばれたのか?」

「あいっ、一番手だべよ! あれ? 副長は予選に出るだべか?」

「う、まぁ色々あってな。受付の最後の方だから最後になるかもしれねぇが」

「あんまり関係ないみたいだべよ? 2万番台がもう掲示に並んでるっぺ」

「げ、俺二番目の予選の組じゃねぇか。くそっ、まだ朝飯を食ってねぇぞ。空腹で負けたら洒落にならねぇ」

「副長、準備不足なんじゃないの?」


 慌てふためくラインに、エルシアがため息をついていた。アルフィリース、エアリアル、ロゼッタ、ルナティカなどは団に所属した年数と実力を加味して、アルネリアから与えられた予選免除枠を使い本戦から出場となっている。

 逆にエルシア、ゲイル、レイヤー、ライン、エメラルド、ヤオ、セイト、ダロン、ヴァント、フローレンシア、タジボ、ウィクトリエなどは予選からの参加である。リサ、クローゼス、コーウェン、カザス、ミュスカデは門外漢のため出場せず。ニアはカザスに止められていて、見るも哀れなくらい落ち込んでいた。どうやら統一武術大会をかなり楽しみにしていたらしいが、腹に強烈な一撃でも受けたらどうするのかと周囲に言われ、渋々承諾せざるをえなかった。

 そしてエルシアも当然予選出場を決めていたのだが、驚いたのはその場にレイヤーがいたことだった。剣の訓練をしているとはいえ、それは護身用だと思っていた。だからレイヤーが出場するとは、微塵も考えていなかったのだ。どういう風の吹き回しかと、エルシアは当人に聞いてみた。



続く

次回投稿は、9/24(日)19:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ