戦争と平和、その45~大陸平和会議開催前⑧~
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平和会議が開催される前日の夜遅く、ミランダとミリアザールは打ち合わせを行っていた。準備期間を合わせれば数年かけて用意した集大成が、明日以降の何日間かに詰まっている。いや、それ以上に意味のある会議だと考えていた。
暴虐を続けるローマンズランドへの対策だけでなく、黒の魔術士の存在を大々的に明らかにし、諸国に協力を求めるのである。それさえかなえば、いかにオーランゼブルといえども追い詰めることが可能だと考えていた。大陸の命運を左右しかねない何日間になるのだと、二人とも気を引き締めていた。
ミリアザールは、やることはやりきったというべき清々しい表情でミランダを迎えていた。机の上にある書類はもはや一枚もない。実際は一枚もないわけではないのだが、今回の会議以外のものは全て一度どかしたのだ。気持ちを新鮮にする以上に、今回は聖女としての役割も担うミリアザール。書類の山を処理するためにくたびれた表情で公衆の面前に出るべきでないという、ミランダの配慮だった。
「久々に好調そうね、マスター」
「そりゃあもう、無限に湧く白い悪魔との戦いを中断したからのぅ。たっぷり寝て、まるで若者のような肌の艶とハリじゃぞ。触ってみるか?」
「よしとくよ。アタシも肌艶には自信があるけど、ババアが揃って何言ってんだっていうこの事実を認識するだけさ。梔子だってそう思うだろ?」
「お二人に比べて若輩の私からは何とも。少なくとも肌の艶では勝負できそうにありませんので」
「言いよるわ、こやつ」
梔子は無表情で皮肉を言ったが、それすら笑って流すミリアザール。調子が良いのは本当らしい。改めてミリアザールは明日からの式次第に目を通していた。
「本会議は、各午前から午後三点鍾までの7日間が予定か。そのほか経済発展会議、人材交流会議、文化交流会議などいろいろあるが、そちらは大司教どもが仕切るのじゃろ?」
「それでも手が足りない時は、さらに大司教補佐がつく予定になっているわ。私は主に統一武術大会の運営ね。アルベルトもそちらがいいだろうし、周辺騎士団と巡礼の面子はそちらに配置する予定よ。あ、予選会の間は私とアルベルトも大陸平和会議に顔を出すつもりだけど。
神殿騎士団はラファティを責任者として、主に平和会議の護衛につけるわ」
「それが妥当じゃな。本来であれば神殿騎士団の動員は平和会議の護衛だけでよいのじゃろうが、今回は統一武術大会の賞品としてレーヴァンティンが準備されている。あれは大戦期から存在する伝説の魔剣よ。あれが目当てで行動を起こす者も多いじゃろう。というか、そのためにこそ用意した」
ニヤつくミリアザールに、ミランダはその性格の悪さにため息をついた。
「とんだ撒き餌だわ。あれだけの景品なら盗賊の類も当然集まるでしょうから、治安維持のために一網打尽ってか。それに黒の魔術士が来るとしたら、おそらくティタニア――そのことまで考えているのでしょう? だからあえて結界のあるアルネリア内を会場にせずに、外に競技場を作った。複数の黒の魔術士が来たらどうするつもりなのよ?」
「最低でも一人は仕留めろ。奴らが暴れるほどの危険度を直に知らせる良い機会となるじゃろうし、我々の沽券もある」
「そのためにジェイクを出場させた?」
「ディオーレも呼び寄せたわい。アルベルトを出場させて仮に負けた場合、恰好がつかんからのぅ」
ミリアザールがそのために大陸中を冬の間に回っていたのだと、ミランダは理解した。ただ人に呼び掛けるだけにしては、精力的すぎると思っていたのだ。まさかここで黒の魔術士を仕留めるつもりでいたとは。
それに、ミリアザールが切った手札はそれだけではあるまい。
「魔術協会の連中が来たのも、レーヴァンティンの効果ね。やっぱりマスターはとんだ女狐だわ。何年歳を重ねても、それほどの策は練れそうにもない」
「生まれた時代がよかっただけよ、様々な神話に遭遇したしのぅ。シュテルヴェーゼ様やその配下の三体も神話の生き物よ。本来なら力を借りるのもおこがましいが、幸いにしてジャバウォックは積極的に協力してくれよる。これを活かさぬ手はあるまい」
「人の色恋まで利用する気にはならないわ」
「そなたは300歳を超えるというのに、意外と初心よの。自分に惚れた男など、最も扱いやすい駒の一つじゃろうに」
ミリアザールの言葉に、呆れたようにミランダがソファーにもたれた。
「後ろから刺されるわよ、そんな考えじゃあ」
「ジャビーがその気なら正面からでも食いちぎられるじゃろうよ。目的を果たした後なら、まぁそれもよかろう」
「ちょっと、まだ死なれちゃアタシが困るわよ」
「ワシも当座死ぬつもりはないわい。じゃがレーヴァンティン、あれだけは扱いに気をつけねばならん。あれの特性を知っておるか?」
「魔剣にはよくあることだけど、自分の意志があるのよね? 移動中には感じなかったけど」
ミランダは自分の身の丈近くもある大剣を思い浮かべた。ミリアザールがわざわざ、深緑宮の地下深くに封印していた剣である。目にしただけでわかる神気とでもいうのか。暗闇にあって薄く光を放つその剣は、かつて全ての魔を断つ炎の剣と伝えられた。だが実際の戦いで振るわれた記録はほとんどない。
「具体的にはどういう剣なわけ?」
「ワシもよう知らぬ。あれを使っていた剣士から死に際に譲り受けただけでな。ただその剣士が言うには、自分の生命力をくれてやる代わりに、三度だけ振るうことを剣から許されたと言っていた。当時ギルドの勇者であり、随一の腕前とも言われた剣士じゃったが、その豪の者でさえ三度しか振るえなかった事実の方が驚きじゃな。
だがその剣士が決め手となり、スピアーズの四姉妹を現在の土地に撤退させることに成功したのじゃ」
「持ち主の生命力を吸い取る剣ってこと?」
ミランダの問いかけに、ミリアザールは首を傾げた。
「そう認識しているが、一振りで山を断つとも、あらゆる生物を切り裂くとも言われていた。命を吸い取られるとしても、それでもレーヴァンティンを使用したがる者は多数いたが、誰にも心を開くことはおろか、語りかけることすらない剣だったため、確認したことはない。
ただかつて一言だけ、その言葉を聞いたことがある」
「何て言ったの?」
「・・・『我を振るう者は今代の剣士にあらず、また我が振るわれるのは今この時にあらず。我が振るわれる時は、滅びが迫る時。願わくば、このまま永遠に地下で眠ったままであらんことを』だそうだ。剣自体があまりの威力に、振るわれることを恐れていたと解釈している。少なくとも、ワシはかの剣が休むために場所を提供するために出会ったと考えておるよ」
ミリアザールの言葉に、今度はミランダが首を傾げた。
「そっか・・・ならなんでそんな剣が生まれたのかしらね。そもそも誰が作ったのかしら?」
「それこそわからん。シュテルヴェーゼ様も詳しくは教えてくれなんだが、自分もいつの間にかその存在を知っていたそうな。遥か昔、真竜より前の時代―ー神代のころよりあるのかもしれんなぁ」
「まさに伝説の剣か。賞品にしても、誰か使えるのかしらね?」
「ワシはレーヴァンティンを贈呈するとは一言も言っておらぬ。剣に触れることを許すとだけ伝えたのだ。あの剣は台座に刺さった後、誰一人としてびくとも動かせぬ。剣の意志がそうさせているのだろうが、そういう意味では、剣帝ティタニアが扱えるのかどうかは興味があるな」
「やめてよ、縁起でもない。剣帝に伝説の剣を与えるとか、洒落にならない」
ミランダは渋い顔をしたが、確かにティアニアが握ることを許されれば、鬼に金棒どころの話ではないだろうとこの場の誰もが思った。そして名目上はその剣を目指して、明日より統一武術大会の予選が始まるのだ。
続く
次回投稿は、9/22(金)19:00です。