戦争と平和、その42~予選会②~
「確保して駐在所へ連れていけ。出自を聞いたら武器を剥奪の上、アルネリア外へ追放。恩赦はなし、必要ならギルドにも報告。頼むぞ」
「は、はい」
ジェイクの早業に見とれていた騎士はあたふたと準備を始めた。周囲の歓声とざわめきをジェイクは面倒だと思いながら、襲われていた女性を気遣った。
「もし、大事ないだろうか?」
「・・・ああ、問題ない。礼を言う。他人に助けられたのはいつぶりだろうな」
「むしろ助けたのは貴女ではなくて、あいつらの方だったと思っているけどな」
「ほう、気付いていたのか」
女性が薄く笑ったので、ジェイクは自分の勘が間違っていないことに確信した。
「やっぱりな。その分なら大丈夫そうだが、もう面倒はなしで頼む」
「少年、一つ聞きたい。私ならば問題なく対処できるであろうことを理解しながら、なぜ私を助けた?」
「それが騎士の義務だ。それに・・・男は女を守るものだ」
ジェイクがやや照れくさそうに言ったその言葉に、女性はちょっと驚き、そして微笑んだ。その笑顔があまりに美しく、ジェイクは思わず赤らめた顔を見られないように他所を向いていた。
女性は興味深そうにジェイクに話しかけた。
「若き騎士殿、名は?」
「ジェイクだ。神殿騎士団の中隊長だ」
「ジェイク――なるほど。その歳で中隊長とはすばらしい。此度の武術大会には出場されるのか?」
「本戦から参加することになっている。そちらは?」
「予選からだ。試合は明日の朝一番だそうだ。本戦に出場できれば、ぜひとも手合せ願いたいな」
「そうだな。そういえば、名は?」
「ティタ――ティニーという」
「ティニー。わかった、また本戦で」
ティタニアは咄嗟に偽名を名乗った。今まで人里に降りることもそうそうなかったが、降りた時にも偽名を名乗ったことはほとんどない。ティタニアという名前は他にないわけではないし、いかに姿形が似ていても自分と伝説の剣帝を結び付けて考える相手は少ない。そういう意味で偽名を名乗る必要はなかったのだが、神殿騎士団の関係者ということで念のため偽名を使った。ティタニアにも目的がある。それまでは可能な限り大きな揉め事は避けたかった。
それに、ティタニアはジェイクの剣筋を気に入っていた。ドゥームからその名は聞いたことがあったが、中々どうして良い剣士だ。成長した姿を見たいと思うほどには。
楽しみが増えた。ティタニアはそう思いながら、喧噪から身を隠すように姿を消していた。だが、どうして幼名を咄嗟に名乗ったかまでは、考えが至っていなかった。
***
「グルーザルド王、ドライアン様おなりー!」
社交界の場はまたしても騒然となった。大陸平和会議開催の前夜、ほとんどの諸国首脳陣が顔を出した場に、獣人の王が何の前触れもなく現れたのだ。グルーザルドの使節は毎回必ず顔を出すし、その王ドライアンが獣人に似合わず智謀に長けているというのは、会議に出席する誰でも知っていることである。
だが、本人が自ら出向いてきたのは久しくなかったことだ。場のどこからでも顔が見えるほどの巨躯を誰もが驚きの顔で静かに見守る中、ドライアンは堂々と闊歩した。背後には獣将ロッハ、そしてふと立ち止まると、そこにいた給仕に声をかけた。
「水を一つもらえるかな?」
「は、はい」
ウェイターが差し出す水を一飲みにすると、次にワインを要求するドライアン。獣人でありながらテイスティングも完璧にこなす王は、しばしワインを堪能した後、給仕に話しかけた。
「シャングリア産の30年物。ちがうかな?」
「いえ、残念ながら。こちらはブルダール産の15年ものになります。クセは似ていて、比較的若いワインでありながら風味を追求したため、年経たワインに間違われるのですね。なおブルダール産でありながら、シャングリアから苗を分けてもらったため間違えることも多い品です。これはワインの専門家でも間違える点が多い箇所となっています」
「ふーむ、まだまだ研鑽が足らんか。シャングリアの30年物は飲んだことがあるのだがな。ロッハ、どうだ?」
「むぅ・・・確かにやや香りが薄いですかね。15年者にしては芳醇だとは思いますが。17年物とは違うのか?」
「こちらの方が意欲作との評価をもらっていますね。数も稀少でして――」
ウェイターとのワイン談義に花を咲かせる獣王を見て、他国使節の緊張はほぐれていった。彼の獣王が人間の文化に造詣が深くまた興味も示しているのは知っていたが、その通りであったからだ。事実王の周りには徐々に酒の話ができる者が集まり、そしていつの間にか他愛ない話へと移っていった。ドライアンの後に続く獣将たちも、その強壮ぶりを他国の使節にほめそやされてまんざらでもないらしい。
その喧噪を避けるようにドライアンはふらりとバルコニーに出た際、ミューゼに目配せをしていた。ミューゼがドライアンに続き、外に出る。
続く
次回投稿は9/16(土)19:00です。