戦争と平和、その41~予選会①~
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「黄色の札をもっている人はこっちだ。青の札はそっち。その方向にそれぞれ宿舎があるから、近くまで行ったら案内に従って」
「案内ってのはどんな格好なんだい?」
「周辺騎士団の制服――緑の服の連中がそうだ。沢山いるからわかるはずだ」
「おう、小僧。俺はどっちに行ったらいいんだ?」
「あんたは――」
ジェイクは会場整理に忙殺されていた。本来ならば統一武術大会に本戦から出場するはずのジェイクは仕事を免除されているのだが、あまりに予選出場者が多いため急遽仕事に駆りだされていた。任されたのは予選出場者達の宿舎への案内と、明日の予選会場の説明、そして警備である。
予選に集まった人数は数万。いかに参加規制をほとんどなしとし、参加者は3日間飲食無料、予選突破者には報酬を出すようにしたとはいえ、これは異常な人数だった。統一武術大会は大規模な祭りと同じように考えられているので、参加することに意義があると考える者も多いが、それにしても例年ならば数千が限界だ。
アルネリア400周年祭と同時開催であることが影響していることは間違いないが、それにしても予想以上の参加者に案内が追いついていないのは事実で、参加者の中には宿に入りきらず、野宿を始めている人間も出る始末。
だがこの機会を利用した商人たちが出店を出したり、臨時の酒場を作ったりしているので夜でも灯りが絶えることはなく、まだ少し肌寒いことを覗けば野宿が可能になるほどの安全は確保できているため、案内役たちも無理に宿に収容する必要はないかと考え始めていた。
だが治安が悪化するのはどうしようもなく、既に何件も暴力沙汰が報告されている。ジェイクもそういった現場で仲裁に入ることになるのだが、自分の見た目と体格ではどうしても脅しがきかないだろうことは想像できたので、気が重かった。
「はぁ、せっかく課題も無事終わったし、リサと晩飯の予定だったのにな。強面がいいのなら、ダロンでも呼んでおけばいいのにな」
「ジェイク殿、あちらで揉め事が」
「言った傍からかよ」
報告に来たのは周辺騎士団の若い騎士である。統率する立場にある以上仲裁に出るのはしょうがないのだが、この見た目だけは強壮な若い騎士を前面に出す方がよほど効果がありそうだとジェイクは考える。話に聞く赤騎士ほど有名になれば、体格によらず名前だけで相手が退いてくれるのではないかと考えながら、ジェイクは報告にあった現場に向かった。
そこではフードをかぶった女性と思しき相手に、数名の男が絡んでいるところだった。ここにいるということは全員が予選出場者なのだろうが、その勢いをどうして本番にとっておけないのか不思議に思うジェイク。本気で勝ち進むことを考えるなら、余計なことに力を使う暇はないはずなのに。
ジェイクはしばし遠巻きに見守った。まだ一触即発の状況ではない。
「ぶつかっておいて挨拶なしか、おお?」
「謝罪はした。それ以上に何を求める?」
「おせぇんだよ! だいたいなんだ、背中のデカいやつは!」
男が背中に盛り上がりに手をかけようとして、フードの女に手を払われた。その拍子に女のフードがずれたが、その場にいた者が全て思わずため息を漏らした。滅多に見ないほどの美人がそこに出現していたからだ。男たちも一瞬息を飲み、そしてその表情が下卑たものへと変わった。
その瞬間ジェイクは前に出ていた。男たちの絡み方は完全に因縁をつけるためのものだ。このままでは、良くない方向に進むのは間違いなかった。
「私の剣に触れるな、下郎」
「聞いたか!? 下郎ときたぜこの女」
「人にぶつかっておいて何様なんだろうなぁ?」
「もうこりゃあ普通の詫び方じゃあ足りねぇなぁ?」
男たちが口々に難癖をつけていた。明らかに謝罪以上のものを要求する口調に、女がため息をついた瞬間、ジェイクが割って入った。
「はいはい、そこまでだな」
「は? なんだガキ?」
「ここの会場警備だ、揉め事はそこまでにしてもらおうか。これ以上揉めるなら予選への参加資格を取り消すことになるけど、それでもいいのか?」
「なんだ、このガキが偉そうに。何様のつもりだ?」
神殿騎士だ、と反論しようとして、突然呼び出されたため正装をしていない自分に気付くジェイク。神殿騎士団の中隊長の紋章はもっていたので提示したが、それを見るなり男たちは笑い出した。
「こんなガキが大陸最精鋭の中隊長? ありえねぇって!」
「どこで作ったんだ、この偽物! 俺にも教えてくれよ」
「・・・あーあ、やっぱりこうなるのか。だから出世は嫌だったんだ。とりあえずもう実力行使になるけど、いいかお前ら?」
「面白ぇ、どう実力行使するってんだ?」
一番大柄な男がジェイクを挑発したので、ジェイクは間髪入れず男の顎に剣の柄をぶち込んだ。そのまま呆気にとられる男たちの鳩尾、首、顔面に一撃を打ち込む。頭数が一瞬で7人から3人に減ったところで初めて男たちは剣を抜いたが、一度定まった形勢はそう覆るものではない。
最近はアリストと剣の練習をするジェイクは、あっという間に男たちを制圧すると剣を収めて、背後で呆然と突っ立ったままの騎士に声をかけた。
続く
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