戦争と平和、その39~大陸平和会議開催前④~
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ラインは統一武術大会の会場整備を取り仕切っていた。ラインの申し出でアルフィリースが割り振った仕事であるが、ラインは大陸平和会議の方には出席したくないとの意向を出したので、アルフィリースは渋々承知せざるをえなかった。
正直な話、こちらの人足の取り仕切りは誰でも行うことができる。アルフィリースにしてみれば、要人の警護においてラインを頼りにしていたのだが、ラインはレイファンの護衛も避けたかったし、かといってミューゼの護衛をしてレイファンの弱点にも利点にもなりたくはなかった。そして何より、アレクサンドリアの騎士と顔を合わせるのが嫌だったのだ。
ここにいても統一武術大会に出場する騎士と顔を合わせる可能性はあったが、例年通りなら正規の騎士団から中隊長程度、あるいは若い騎士の中で有望株が何名か寄越される程度で、自分の知っているような騎士が派遣される可能性は低かった。かつて自分も出場しようとして、ことごとく任務がかさなり騎士団内の選抜試験の機会を逃したことを思い出す。
「(そういや俺の同期で上位16傑にまで残った奴がいたっけな。俺は手合せでは負けたことがなかったから、出場していれば8傑か4傑までいけたかもな。それも組み合わせと方式次第だが)」
統一武術大会は規模にもよるが、小規模の時は使節団につき代表1-3名。個人戦の時もあれば、集団戦、あるいは団体戦の時もある。対人戦の時もあれば、武技を競う時もある。今回の方式は武技を競う部門と、個人戦で勝ち抜き方式の2種類である。
武技では弓、投擲、長物、剣と盾、馬上武器、格闘術などがある。また個人戦も剣、槍、長物、格闘術の部門別に加え、制限なしの総合部門と女性部門が開催されるらしい。出場してほしい団員にはアルフィリースが声をかけ、もちろんラインにも依頼はあったがラインは断った。まさか公衆の面前で目立つわけにはいかないからだ。
というか、これ以上目立つようなら副団長の立場も辞退し、一傭兵としてアルフィリースに協力した方がよいかもしれないと考えている。イェーガーは少々大きく、有名になりすぎたと思うからだ。
ラインは3日後に控えた予選会を前に、会場が問題なく完成したことを確認すると、一服すべく舞台裏に回った。本戦会場となるこの場所では、16傑以上は貴賓向けの天覧試合となる予定だ。騎士となれば自分の主、あるいは諸国の使節や王の前で武芸を披露することはこのうえなく名誉だろう。と同時に、控えるこの場所では否応なく緊張し、呼吸をするのも忘れそうなくらいの重圧に悩まされることとなる。
そしていざ陽の当たる会場に出ると、歓声に頭が真っ白になるのだ。ラインも経験があるが、今回の会場の規模を考えると、自分が経験した国内の模擬戦の比ではあるまい。その緊張感を経験する戦士、騎士たちの顔を想像すると、自然とにやけてしまう。
「はっ、うちから誰か勝ち抜く奴は出るのかね。ヴェンやセイトがマジでやるなら相当良い線いきそうだけどな。なぁ、お前もそう思うだろ?」
ラインが一人のはずの部屋で話しかける。その影からすっとローブの男が現れた。目深にかぶったローブからは表情が見えないが、どうやら驚いているらしい。さらにその背後に二人。後ろの二人は見破られたのが意外だったのか、顔を見合わせていた。
「いつから気付いていました?」
「作業中からだ。後ろの二人はもう少し視線を隠す訓練が必要だな。そんなに見つめられたら、女からの熱い視線じゃくなくても気付くさ。
それにお前はサラモ砦で会った奴だな? 俺は一度覚えた気配は忘れない。イブランだったか?」
この指摘には、さすがにイブランも驚いたようだ。
「これは・・・さすがに二度も背後を取れるほど衰えてはいませんか」
「おうよ、団長のおかげで戦場には不足していなくてな。おかげさまで全盛期かそれ以上の実力になってそうだ。
で、要件はなんだ? これでも現場責任者なもんでな、あまりサボっているとあとで団長にどやされるんだが」
「仕事に集中しているとは思えなかったんですけどねぇ。それよりも、以前のお話は考えていただけましたか?」
「ん? 美人を紹介してくれるんだっけか?」
ラインの悪ふざけに、男はくっくと忍び笑いを漏らしながら答えた。
「ええ、とびきりの美人をね。ただし、一歩間違えれば鬼のような女性ですが」
「鬼は勘弁だ。できれば女神のような女性が希望だな」
「相手が女神となるかどうかは、あなたの態度次第だ。あの人は直接こちらに来ています。その姿を見せたらいい」
イブランの言葉にラインは驚きを隠せなかった。
「あの人がここに来ている、だと? なぜだ」
「もちろんその必要があると判断したからでしょう。今回の会議はただの平和会議では終わらない。何かあった時、今の我々の腐った文官共では対応ができない。あの人はいつも最前線に立つ女性だ。数十年以上続く辺境の戦いよりも、こちらの会議の方がよほど戦場だと判断したのでしょう。それにいつまでも我々の元に帰ってこない、あなたを直接連れ戻したいのかも」
「そんなことのためにあの人が動くかよ。仮に今更俺が戻ったとして、あの人の力になれるとは思わん」
ラインの言葉にイブランも不思議そうに同意した。
「私もそう思うのですけどね、あの人はあなたのことをいまだに高くかっている。であるなら、私はその意を汲むまでだ。私はあの人に忠誠を誓ったのだから」
「一応確認するぜ? あの人ってのはディオーレ様であっているか?」
「もちろんです。他に誰がいますか?」
「騎士の誇りと蒼青の団旗に誓って?」
「もちろんです」
イブランの澱みない返事に、ラインは戸惑った。
「わからねぇな。俺の考えじゃあ、お前は必ずしもディオーレ様に忠実じゃないと思っていたんだが」
「もしかして、クーデター派のことを言ってるのですか? 言っておきますが、そういった連中のことを抑えるために貴方が必要だとディオーレ様は思っています。彼らは確かに旗印としての貴方が欲しいでしょうが、やり方次第で彼らをも取り込むことが可能だとディオーレ様や私は考えているのです。
確かに大臣どもは片端から腐っていますが、クーデターを起こせば彼らの思うツボです。彼らはいつでも我々の力を削ぎたくてしょうがないのだから」
「その言葉、信じていいんだな?」
「さて、それは貴方に任せますよ。自分で自分の言葉を信じろだなんて、そんなに胡散臭いものもないでしょう」
「確かにな」
今度はラインがイブランの言葉に頷いた。
「で、どうするのです? アレクサンドリアに戻るのですか、それとも?」
「まだ決めてねぇよ。だがもし断ったら?」
「別に、どうもしません。この会議であなた達が我々の利害と相反しない限り、関わることはないでしょう。ただし、クーデター派の人間がどう動くかは別だ。私も正直この後ろにいる二人以外、誰がどうなっているのかわからないのです。
彼らがどう動くかは正直想像ができない。一番考えられるのは、何か一大事を起こして貴方がここにいられなくすることでしょうか」
「なるほど・・・」
ラインはしばし考え込んだ。イブランが本当のことを言っているかどうかはわからないが、考え方としては間違っていない。ディオーレに与する、あるいは尊敬はしていても、考え方と行動は違う者もいるだろう。このままでは自分は自分の意志と関係なく、大きな陰謀に巻き込まれる。
選択肢はあまりない。ラインの決断は早かった。
続く
次回投稿は、9/10(日)20:00です。