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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その38~大陸平和会議開催前③~

「お久しぶり、でよろしかったかな? イーディオド王女、ミューゼ殿下とお見受けするが。ああ、すでに女王でいらっしゃるか」

「はい、私が今は王位を継いでおります。ディオーレ殿におかれましては、変わらずご活躍と伺っています」

「はは、見た目だけは歳をとらぬのが精霊騎士の特技でしてね。もう少し年長に見られる年齢で成長が止まればよかったのですが、いかんせん見た目だけは契約時の少女のままで止まってしまった。200年間、いまだに変わらぬ悩みです。

 しかしミューゼ殿下は立派になられた。アレクサンドリアの辺境の前線のような田舎にまで貴女の名は聞こえてきますよ。知った顔がいないと私でも不安になるもので、ついお声をかけてしまったのです」

「まぁ。悪い噂でないとよいのですけど」

「なんのなんの、貴女の政治力と美貌をたたえる話ばかりだ」


 アルフィリースはその会話をなんとなく聞いていたが、ディオーレは思ったよりも苛烈な性格には見えないというのが最初の印象だった。背後にいる騎士たちも、どちらかといえば強面よりも美麗な顔立ちが目立つ。屈強であることには間違いないだろうが、大陸最強の騎士団とその筆頭騎士というからには、もっと強そうな面子を予想していたのだが。

 そんな感情が表に出たのか、ディオーレが不意にアルフィリースに話しかけてきた。


「そこな女性よ、私の顔に何かついているかね?」

「は? いえいえ、何もついていませんよ。全く綺麗なお顔です」


 自分で言っていて何を言っているのかとアルフィリースは思ったが、どうにも間抜けな言葉が口を突いて出てきた。その言葉を聞いてディオーレもやや面喰ったのか、少々意地悪な顔でアルフィリースにさらに声をかけた。


「そうは言うが、何もないわけではあるまい。私の姿を見て何か思うところあったのではないかね?」


 この質問にミューゼの表情が変わる。ディオーレの質問は相当意地が悪い。ディオーレはその実績と裏腹に、外見では全くの少女にしか見えない。これは精霊騎士として契約したせいだとはいえ、この外見をかわいい、幼い、などと表現した相手は須らくディオーレの不興を買うこととなる。かつてディオーレがまだそれほど大陸に名を轟かせぬ頃、ディオーレの外見を戦場で馬鹿にした国や魔王は、悉く壊滅させられたというのは有名な話である。

 さて、アルフィリースは何と答えるのか。ミューゼもその他の諸侯も、怖いもの見たさではらはらしながら見守っていた。だがアルフィリースはぽりぽりと頭をかきながら、思いついた言葉を口にしていた。


「う~ん、そう言われても・・・思ったより小さいかなぁって」


 その瞬間エクラとミューゼ、それにアレクサンドリアの使節団の面々がほとんど一斉に真っ青になった。背後の騎士の中、一人だけ思わず吹き出し笑いをこらえていたが、一人の騎士などは腹を抱えて笑っていた。「小さい」というのはディオーレにとって最も言ってはならない禁句だと、アレクサンドリアでは有名だったのだ。

 ディオーレも唐突にその禁句を言われたので、思わず呆気に取られていた。その言葉を言われたのはいつぶりか。まさか初対面の人間に真っ向から言われるとはディオーレも予測していなかったので、しばし呆然としたまま、しかし笑い出した。


「フフ、アッハッハ・・・確かに私は小さいな。同世代の女子と比べても小さい方だったかもしれない。特にそなたは背丈もあるし、私のことは小さく見えような」

「はぁ、うちの団ではそれほど大きいとも思わないんですけどね。でもしょっちゅう『デカ女』なんて呼ばれるもので、貴女が羨ましいというかなんというか」

「羨ましい、か。そんなことを言われたことはちょっと記憶にないな。そうか、そういう見方もあるのか。ところで君がイェーガーのアルフィリース団長でよいのかな?」

「はい、そうです。よくご存じですね?」


 アルフィリースが逆に感心していたので、ディオーレはますますおかしな気分になった。


「知らいでか。大陸で強いと評判の者は我々の耳に入る。まして美麗で黒髪の女傑ともなれば、人の口にものぼるだろう。それに君の名前は我々にとって特別なのだよ」

「? どういうことです?」

「今はわからずともいい。私は会議が終わるまでは滞在する予定だから、そのうちどこかで時間を取って食事にでも招待しよう。話はその時にでもゆっくりと」


 場がざわついた。ディオーレが食事に誘うなど、誰も聞いたことがないのだ。これにはミューゼも思わずアルフィリースの顔を見たが、当のアルフィリースは困り顔で、むしろやや迷惑そうな表情をしていた。その反応を見てディオーレは面白そうに笑うと、踵を返して列に戻ろうとした。その背後から思わずミューゼが声をかけた。


「ディオーレ殿、今回はいったいどういった気まぐれで平和会議に?」

「平和を守るために戦っている私が、会議に参加してはいけないのかな?」

「いいえ。そういうわけではありませんが」

「と、いうのは冗談で、今回私はアルネリアに招待を受けて統一武術大会に出場するのだよ。大会を盛り上げたいから、ぜひとも出場してほしいのだそうだ。私もここ最近競技会には出場していないし、たまにはよかろうと思ってな。だから会議の場そのものにはあまりいないかもしれない。その分今日でも顔を出しておこうと思ったのだ」


 その言葉に場が三度騒然とした。ディオーレが統一武術大会に出場する。それだけで間違いなく盛り上がるだろうし、出場する騎士たちもディオーレと剣を交えるのは最大の名誉である。いやおうにでも武術会は盛り上がるに違いない。場の話題は一気に武術会に移り、その喧噪の中でディオーレがアルフィリースに問いかけた。


「貴女も出るのだろう?」

「はい、一応」

「君の実力に興味がある。本戦で当たるといいのだが」

「いや、遠慮します。あまり勝てそうにもないので」


 アルフィリースが手を横に振って拒絶したので、ディオーレはちょっと悲しそうに答えた。


「そう言わないでくれ、私も自分と対等に戦える女性がいなくなって久しい。男子を打ち負かすのもいいが、それにも飽き飽きしていてね。たまには同性どうしで剣を交わしたくなるのさ。我々の騎士団にも女性はいるが、どうにも私に対する敬意が過剰でいけない。その点貴女は遠慮がなくてよさそうだ」

「そこまで無礼に見えますか、私?」


 心底不思議そうに言ったアルフィリースに、ディオーレはまたしても笑ってしまった。


「冗談が上手いな、君は。そういう謙虚な言葉は剣気を隠して言うものだ。対峙するなり相手に勝つ方法を考える人間が、謙虚な言葉を使っても説得力がない。

 あと、私との食事に来る時には君のところの副長にも声をかけてくれ。よろしく頼むよ」


 それはどういうことかと聞き返す間もなく、ディオーレは去って行った。そのディオーレが先ほど大笑いしていた若い騎士を一睨みし、彼は必死に弁解していたようだったが肩を少々小突かれたよ程度で終わったようだった。

 彼らの背中を見ながら、ハウゼンがエクラにそっと耳打ちした。


「彼らは全てアレクサンドリアの大隊長以上だ。中には師団長もいる」

「え? それらが全て競技会に出場するのですか?」

「表向きはそうかもしれないが、戦力としては過剰だ。そこまでアレクサンドリアが競技会に注力したことはいまだかつてない。何か目論見があるかもしれない」

「ですがかの騎士の国は公明正大かつ質実剛健で有名では?」

「表向きはそうだが、どんな国にも裏はある。アレクサンドリアの意図はわからないが、頭の片隅にはとどめたおいた方がいい。どうも普通の平和会議では終わりそうにない」


 ハウゼンの言葉を聞いて、不安が黒い雨雲の様に胸中に広がっていくのをエクラは感じていた。



続く

次回投稿は、9/8(金)20:00です。

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