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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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討伐準備、その4~討伐前夜~


***


「・・・で、誰に聞いたの?」


 敵を見るような眼で、アノルンがアルベルトを睨む。


「五代前の、私の先祖の手記から」

「あのセクハラ野郎か! 手だけじゃなく、口まで軽かったとはね!! とんだ神殿騎士もいたものだわ」

「お怒りもごもっともですが、その前に私の話を聞いていただけますか?」


 努めて冷静な声でアルベルトが対応する。


「いいとも! それ次第じゃ、あんたの首を引っこ抜いてやるわよ?」

「どうぞ随意に・・・私たちラザール家の存在理由を知っていますでしょうか?」

「当然よ、最高教主を守ることでしょ? その命にかけてもね」

「確かにそうですが、少しミランダ様がお考えの意味とは違います」


 瞬間、ミランダがアルベルトの襟をつかんで壁に叩きつける。


「誰がその名前で呼んでいいっつった! その名前でアタシのことを呼んでいいのは、最高教主だけだ!」

「申し訳ありません・・・話の続きをよろしいでしょうか?」

「ちっ! 続けな!」


 乱暴にアルベルトをはなし、きまり悪そうに離れるアノルン。


「我々の存在意義は最高教主様を守ること。ただしお守りするのは命だけではなく、ラザールは全ての世代において、あの方の全てを守るように言い含められています」

「全て? どういうことだ?」

「なんと言えばよいのか・・・これは私たちの家系が神殿騎士団長となった時の初代の言いつけらしく、出来ぬものはラザールの名前を名乗る資格がなくなります。同時にそれは、ラザールを名乗る実力のない者はアルネリア教会に所属しなくても良いということにもなりますが。正確な理由については今は申せませんが、ただ『最高教主様を決して一人にしないこと』というのが正確な意味でしょうか」

「? ますますわからない」


 アノルンは小首を傾げた。


「・・・実は最高教主様は800年以上、生きておいでです」

「それは知って・・・待て、800年だと? じゃあ」

「アルネリア教を作ったのは、現在の最高教主様です。ご自身の正確な年齢は自分でも不明だとおっしゃっていました。1000年はゆうに生きているはずだが、800そこそこなのかもわからないと。昔の記憶は徐々に曖昧になっているとおっしゃっていました」

「そうだったのか。なんとなく想像はついていたけど・・・」


 800年。実に気が遠くなる年月である。アノルンは実に300年は生きているのだが、その彼女でさえ300年は嫌になるほど長かった。


「(不老不死になったあの時から、もう気の遠くなる年月が経った。300年でもうんざりするほどなのに、800年とは・・・)」

「あの方は寂しい方です」


 アルベルトは続ける。


「あなたもおわかりでしょうが、自分が不老不死だということも誰にも告げることはできず、公式行事のために十数年周期では姿形を変えて別人として振る舞います。最高教主の姿がずっと変わらなくては不審を招きますからね。以前の自分は死んだことにするか、それとも単にアルネリアを離れたことにするか・・・ですが、どちらにしろその度に知り合いを全てなくしていることになります」

「それは・・・アタシもわかるよ」

「そのために初代が残した口伝です。せめて我々だけはあの方が寂しくないよう、側にいるようにと。そのように我々は理解しております」

「それはわかるけど、なんでアンタ達でないといけないのさ?」


 アノルンのその言葉に、アルベルトが少し憂いを帯びた緑の瞳をアノルンに向ける。


「・・・我々を見て何か気付きませんか?」

「・・・・・・まさか!?」

「そういうことです・・・」


 アルベルトが珍しく悲しそうな表情をした。


「もちろんその使命に納得できなかった者もいましたが、大抵はあのお方の事情を知れば、何らかの形でアルネリア教に残っています。ですが五代前のリヒャルド様が、ラザール家の使命にさらに付け加えをなさいました」

「・・・なんて?」

「『我々の第一になすべきことは、最高教主様がその命尽きるまで側にお仕えすること。そのためには何より、血の存続が優先される』そして『我々の第二にすべきことは、ミランダ様をお守りすること。これは個々人の考え方によるが、騎士としてお仕えするに十分な方、また決して失ってはならない方だ。あの方の存在は、我々の命よりはるかに重い』と」


 アノルンは完全に面喰った。


「え・・・リヒャルドの奴、アタシにはそんなこと一言も・・・」


 アノルンの記憶に、リヒャルドの軽薄な態度が思い出される。


「(人の胸やら尻やら散々好き勝手触ってくれたが・・・眼差しだけはいつも優しかった。最初にアタシがマスターに拾われた時、全ての生きる気力を失くしていたアタシは廃人同然だった。死人同然なアタシを見て、誰も声をかけてこなかったものさ。でもそういえば、最初に声をかけてきたのはリヒャルドで――アタシが1人で落ち込んでるときには、アイツがいつも声をかけてきた――そうか、アイツはアタシを心配してくれていたのか――だったらもっとわかりやすい態度をしろっての・・・)」


 アノルンは長年の疑問が解けると同時に、リヒャルドの心遣いに感謝した。散々胸や尻を触られたことだけは、どうしてもむかっ腹がたったが。


「でもそれならそうと、なぜ素直に私に言わなかったのさ? アイツがアタシを気遣ってくれたことは嬉しいけど、同時に散々な目にも遭わされてるんだけどね。どうも行動が矛盾しているよ」

「・・・五代目の手記がここにあります。その答えはこの中にあるかと。自分の死後、自分の妻と愛妾達が全員死んだ時に開封するようにとの遺言でした。お読みになりますか?」

「貸してくれ」


 アノルンはアルベルトから借りた手記をパラパラとめくっていた。最初は何の気なしにその手記を読んでいたアノルンだったが、次第にその顔が驚きの表情へと変わり、蒼白になっていったかと思うと、やがてカタカタと震えだし、遂に大粒の涙をこぼし始めた。


「そ、そんな・・・そんな! アタシは・・・アタシはなんてひどいことをしてたんだろう。アイツのこと、リヒャルドのこと、何にもわかってなかったんだ。アイツはいつもアタシを見て、心配して・・・傍にいようとしてくれてたのに!!」


 アノルンの目からこぼれおちる涙が一向に止まる気配を見せない。泣き濡れてぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせずに、アノルンはアルベルトにつかみかかった。


「アタシは・・・アタシはどうしたらいい!? アイツにどうしたら報いてやれる??」

「私にはわかりません・・・ですが私も同じ手記を読んで思ったことは、おそらく彼はあなたにただ普通に生きて欲しかったのだと思います」

「普通に・・・生きる・・・」

「はい。おそらくは普通に生きて、友人を作り、ふざけあい、笑いあい、恋人を作って・・・」

「そんなの・・・今さら無理だよ・・・」


 アノルンはうつむいてしまった。沈黙が二人を包む。


「・・・これは私個人の意見ですが、生きている限り遅すぎることはないのかと」

「生きて・・・いる限り?」

「はい。貴女には無限にも等しい時間があります。いつかはまた考え方が変わるかもしれませんが、今から取り戻しにいって、時間が足らないことはないかと」

「そうかな・・・そうなのかな?」

「私にはおそらく、としか言えませんが」


 アルベルトは騎士が主人に跪くようにして続ける。


「その答えを知るためにも貴女は明日の戦い、生き残ってください。何としてもアルフィリース、リサと共に無事に帰還するのです。あの2人を決して失ってはなりません。そのためなら私の命をご自由にお使いください・・・我が名誉と誇りと剣にかけて、この約定果たさんことをここに誓う。我が約定違えしと剣の主が思召す時は、いついかなるときにおいても我が命、我が魂をこの剣にて天に還したまえ」


 おもむろにアルベルトは剣を抜いて自らの指先を斬り、血を剣につけて剣の柄をアノルンに捧げる。正式な騎士の誓約であり、普通は忠誠を捧げる主人にしか行わない。

 アノルン、いやミランダはどうすべきかしばし目を閉じて考え込んでいたが、


「アルベルト=ファイディリティ=ラザール、汝が剣を受けよう。わが名はミランダ=レイベンワース。汝の剣の主にして汝の命と魂を預かるものなり。誓おう、汝が剣を捧げるに値する人間であるよう、我は全身全霊をもってあらゆる困難に臨まんことを!」


 アノルンは同じように剣の血の付いた部分で自分の指を斬ると、剣の柄に口づけをし、アルベルトの頭上に掲げる。そうして3秒、剣を引き、アルベルトに剣を返す。


「・・・これでアタシはリヒャルドに報いられるのかな?」

「貴女次第だと」

「ずけずけいうところは、奴と変わらないわね・・・」

「面目ない」


 アノルンは力なく笑った。それは彼女の抱える寂しさを象徴するかのようだった。だが同時にアルベルトは、自分の代で彼女に出会えたことを非常に嬉しく思っていた。

 正直幼少時に自分の使命、ラザール家の使命を教えられた時、アルベルトはそれがどういうことなのかわかっていなかった。幼少より剣を振うためだけに鍛えられた自分の全人生。どうして全ての楽しみを捨ててまで、自分がそこまでせねばならないのか。また訓練で得た力を使う相手が、自分が生まれる前より決められている事も、彼は納得がいってなかった。

 14の時、最高教主の親衛隊の任を受けた。当時は隊長ではなかったが、ミリアザールに仕えるうち、自分が使えるべき人物というものを実感できた。そしてミリアザールの人となりを知るうち、彼女は自分の剣を捧げるに値する人物なのだと納得した。騎士にとって、自分の人生を賭ける相手に出会えるのは幸運である。それからは一層剣の修練に励んだが、それでもなぜか気持ちは満足しないままだった。

 だがアルベルトは才能に恵まれていた。やがて16で成人となり、自分の父よりリヒャルドの手記を託された時、自分が剣を振う意味はさらに重くなった。守るべき相手は2人いたのだ。先祖の手記には似顔絵が描いてあった。当時のミリアザールと、若い女性が微笑み合っている様子。それを見た時「ああ、私はこの光景を守るために生まれ、剣を鍛えているのだ」と理解できた。

 

 それからのアルベルトの鍛錬は、さらに苛烈を極めた。それは、ラザール家の者をしてアルベルトは気が触れたのではないかと心配するくらいの厳しさだった。だがアルベルトは満足していた。あの光景を守るためなら、自分の苦痛など惜しくもなんともなかった。自分が何をすべきなのか生涯出会わず、漫然とその生を終える者が多いことを考えれば、自分はなんと幸せなのかと思うこともできた。

 そして今現在彼女を目の当たりにし、命を賭けるに値するものが2人いることがより強く実感できる。さらに彼女は自分の祖先のために真剣に涙を流してくれた。


「(きっと私は手記がなくても、この女性を守ることを躊躇うまい)」


 それがアルベルトの偽らざる本心だった。さらに手記を見たとき思ったことはもう一つあったのだが、それも含め今はそっと自分の心の奥底にしまっておくことにした。


「まさかアタシが、騎士の誓いを受ける日が来るとはね」

「人生とは流れる水のごとしといいますから」

「アンタがいうか?」

「面目ない」


 アノルンはフッと笑う。その笑顔を見てアルベルトは自分のしたことが間違いではないと確信できた。


「じゃあお前の主として最初の命令だ」

「何なりと」

「私は4人で帰ることを望む。お前も死ぬな!」

「御意」

「あと、2人の時はミランダって呼んでいい。本名を呼んでくれる人間がいないのは、やっぱり寂しい」

「御意」

「じゃあもう一個! 三回まわってワン! って言ってみろ!」

「御意」


 アルベルトは剣を置いて回る準備を始める。


「ちょ、ちょっと待て! 最後のは冗談だ!」

「一度声に出した言葉は決して取り消せない言います。騎士としては主の言葉を実行するのみ」

「なんでそういうとこまで頑固なんだ!」

「騎士は忠誠を誓った相手に死ねと言われれば、その場で何の疑問もい抱かず死ぬものです。特に私は不器用ですから」

「お、お前、わかっててやってるだろう!? 騎士ボケとかめんどくさいから、やめてくれよ!」


 二人でぎゃあぎゃあと騒ぐこの感じ、リヒャルドとふざけ合った日々みたいだ―――とアノルン、いや今はミランダとして―――彼女はそう思った。

 だが防音の魔術はいつのまにか切れており、リサはしっかりこのふざけ合いを聞いていた。そして翌日、


昨夜ゆうべはお楽しみでしたね」


 とリサにアノルンは散々からかわれる事になる。アルフィリースには何のことやらさっぱりわからなかったのだが。

 そうする間にも夜は更けていく。明日に控える激闘を彼らはまだ知らない。



続く


次話は10/18(月)12:00に投稿します。

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