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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その37~大陸平和会議開催前②~

 そんなエクラに気付いて、ミューゼも声をかける。


「面をあげなさい、エクラ。そなたは今、イーディオドの家臣ではない。私に頭を垂れる必要はないでしょう」

「は。ですがしかし」

「王女様のお言葉だ。ここは素直に聞くが良い」

「父上まで」


 ハウゼンまでがエクラを窘めたが、諸侯たちの驚きはそこではなかった。


「(父上!? ではまさかハウゼン宰相の娘なのか?)」

「(どういうことだ? 宰相の娘が傭兵?)」

「(イェーガーは様々場所から出向していると聞く。そういうことではないのか?)」

「(それにしてもしかし、一刻の宰相の娘が)」


 エクラの発言に再び場がざわめいたが、ミューゼとアルフィリースは気にせず話し続けた。


「それにしても私の誘いを断るとは思いませんでしたよ? 私としてはそれなりに懇意にしていたつもりでしたが。それとも私より親しい諸侯がおいでになる?」

「はぁ、すみません。先約がありまして」

「なんと。私より大切にされるなんて、それは嫉妬してしまいますね。ちなみにどこのどなたか伺ってもよろしいでしょうか?」

「申し訳ありません、契約でそれは直前まで言えないのです。ですがご連絡差し上げた通り、私の部下から腕利きを選りすぐって護衛に付けます。どうかそれでご容赦を。ここにいるエアリアルが筆頭になります。エアリ―、ミューゼ女王陛下にご挨拶を」

「田舎者にて礼儀など行き届かぬ場合も多々あるかと思いますが、不肖エアリアル、懸命に務めますのでよろしくお願いいたします」


 エアリアルは一歩前に出て頭を下げた。大草原から出てきて礼の一つも知らなかった頃に比べたら素晴らしい進歩なのだが、王族相手にはこれで十分だとは思えない。アルフィリースやリサも懸命に指導したのだが、エアリアルはわかっているのかいないのか、難しい顔で頷くだけだったので本番ででどこまでできるか不安だったが、ぎりぎり及第点だろうか。

 内心ではらはらするアルフィリースの心配を吹き飛ばすかのように、次に聞こえた諸侯の名前にミューゼですら驚いていた。


「アレクサンドリア筆頭騎士、ディオーレ殿のおなりー!」


 場の全員が入り口を振り向いた。この大陸にいる者ならば、子どもですらその名を知らぬ者はいない。生ける伝説かつ、大陸に数人しかいない精霊騎士であり、騎士として最高位であるマスター称号を冠する騎士二人のうちの一人、騎士の国アレクサンドリアの象徴ともいえる女騎士ディオーレである。

 アレクサンドリアは人跡未踏の辺境と国境を接するため、常にそちらの最前線で戦っており、中央の政治の場はおろか、国内の内政にすら随分と長い間顔を出していないと言われていた。そのディオーレが大陸平和会議に来るとは、誰も噂すら耳にしていなかったのだ。

 これにはミューゼも驚いたのだろう。表情を読まれぬように、手に持った扇子で口元を隠していた。ハウゼンがそっと耳打ちする。


「ミューゼ様、ディオーレ殿の来場をご存知でしたか?」

「いえ、私の情報網でもそのような話はありませんでした。そなたもか?」

「使節長として大臣は誰が来るかは聞いていたのですがね。外務大臣のバロテリ公でしたので、比較的扱いやすいとは思っていましたが、これでは話が変わってしまう。ミューゼ様はディオーレ殿と面識がありますか?」

「まだ成人前に一度だけ。見かけによらず、随分と苛烈で聡明な方だとの印象でしたが・・・」


 ミューゼですら一度しか見たことのないそのディオーレの姿を一目見ようと、大勢が身を乗り出した。その衆目の中を、屈強の騎士達を引き連れて闊歩してくる女傑がいた。一歩前に大臣がバロテリと目される大臣が歩いていたが、どうやら彼はこの雰囲気に耐えられないらしい。遠目にわかるくらい緊張して大量に汗をかきながら、ぎこちない足取りで歩いているのが見えた。

 そして当のディオーレだが、傍目にはまるでバロテリ公の娘にしか見えぬほど幼い容姿だった。他の者達よりも頭一つ二つ小さく、ツインテールにした濃い茶色の髪が揺れている。これでドレスでも着れば貴族の姫といっても通るくらいの可憐に見えなくもなかったが、この場にも物怖じせぬ強い瞳と、伸びた背筋。そして襟のある騎士服に身を固め、胸に輝く勲章の数々が、見た目とはまるで違う高位の騎士であることを示していた。これではどちらが公の使節長かわかったものではない。

 現に、ディオーレは小声でバロテリ公に助言をしていた。


「バロテリ公、もっと自信をもって堂々とお歩きなさい。今回の使節長はあなたです。そのような態度では、交渉前に他国に侮られましょう」

「うう・・・私に貴女を伴って歩けとおっしゃる方が、よほど無理な注文ですよ。だから私は使節長など貴女に譲ると申しましたのに」

「私が宰相の任を拝命したのはもう50年以上も前のこと。外務大臣ともなれば、さらにその前です。中央の政治を長らく離れた私には外交は無理ですし、貴方の方がよほど適任だ。それに私はどのみち平和会議にはほとんど出席できないでしょう。別にやることがありますからね」

「ああ、完全に貧乏くじだ。どうして私がこんな目に」


 この期に及んで不満を述べたバロテリに、ディオーレは苦笑した。こんなことを言われるのも、久しぶりのことだったからだ。


「大陸平和会議の使者ともなれば、本来は名誉なのですがね。ここで成果を出せば王の覚えもめでたいでしょう。精進することです」


 ディオーレはそんな言葉でバロテリを慰めながら、自分は油断なく諸侯を見渡した。久方ぶりに外交の場に顔を出しが、自分もかつては何度も経験した場である。さしたる緊張はなかった。

 だが知った顔が一つもないのはしょうがないとはいえ、寂しいのは否定しない。その昔はもっと険しい表情をした者が多かったと覚えているが、そのような者がいないのは大陸が平和なおかげか、それとも腑抜けが増えたのか。その知らぬ顔どもは、ほとんど全員が興味津々で自分を眺めている。興味、羨望といった表情ばかりが見え、どれも自分に対する畏敬の念を抱いているように見えた。

 もちろんそれそのものは嬉しいのだが、ここにいる連中は自分たちが交渉相手であり、状況次第では国益をかけた競争相手になることをわかっているのだろうかと心配する。どうにも緊張感に欠けた相手が多いのではこちらも気が抜けそうだと思ったが、その中にディオーレはいくつか興味と羨望以外の表情でこちらを見ている顔があることに気付いた。

 その中に知っていると思われる顔を見つけたため、バロテリに離れると告げて列を外れた。もっとも緊張のあまり、右手右足が同時にでかねないバロテリに聞こえたかどうかは定かではないが。

 ディオーレがその足でまっすぐ向かったのは、ミューゼの場所だった。



続く

次回投稿は、9/6(水)20:00です。

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