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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その35~ジェイクとグローリア④~

 ジェイクは深緑宮で夜警の任務についていた。今までは年齢ゆえに免除されていた仕事だが、昇格したゆえに任務を知る必要もあった。基本的に夜警はゆっくりとしたもので、交代で休憩をしながら仮眠もとれる任務ではあったが、慣れない任務ゆえに気は張り詰めていたので、まだ気は重かったし、仮眠と言われても寝付けるものではなかった。

 深緑宮は深夜になっても自主的に鍛錬を行う者や、また巡礼などが執務を行うこともあり、基本的に人の出入りは多い。まして大陸平和会議と統一武術大会を控えたこの時期は、深夜になるまでは深緑宮は昼のように明るかった。

 ジェイクが中門の警護について二刻後、交代の時間の直前にギャスが帰って来た。既に時間は夜半だったが、周辺騎士団への挨拶も済ませてきたとなればそのくらいの時間になることは予想できた。そしてこれも予想通り、ギャスの表情には疲労が濃かった。


「終わったか」

「ああ、ようやくだ」


 他の護衛の視線も気にしながらジェイクはギャスを労った。まだ深緑宮で顔が知れていないギャスは、ことあるごとに呼び止められることが多い。ジェイクは交代を契機にギャスを伴って食堂に入った。ちょっとした食事や酒もとることができるこの場所は、深夜でも常に人がいる。

 ジェイクとギャスは夕食を頼むと、さらにギャスは一杯やり始めた。出てきた瞬間、一息にに酒をあおると、給仕の女性が下がる前に酒瓶を突き返す。苦笑した給仕が無言でもう一本を持ってきて、ようやくギャスは生き返ったように口をきいた。


「あ~、疲れた」

「慣れない環境だからな」

「ああ。お前についてきたことを後悔しそうになった」

「ならターラムに帰るか?」

「できないのを承知で言ってるな、お前?」


 ギャスがジェイクを睨んだが、ジェイクは給仕に注文をすることでその視線を回避した。ギャスが給仕の仕草をじっと見ていることに、ジェイクは気付く。


「なんだ、好みか?」

「馬鹿言え。俺はもっと胸がデカい方がいい」

「そういう給仕がいる日は知らせるよ」

「おう、頼むわ・・・じゃなくてだな。あの給仕は騎士か?」


 ジェイクとギャスは給仕を背後から盗み見た。足音が小さく、重心のかけ方が非常にきれいである。確かに武芸の心得のない者の歩き方ではないかもしれない。


「いや。基本的に深緑宮務めは身元のしっかりした者が行うけど、時に引退した騎士なんかがいる時もある。だけど彼女はおそらく口無し――主に間諜、裏方の仕事を行う人だと思う」

「そうか・・・この深緑宮にいるってことは、誰も彼も只者じゃないってことか」

「ただの書記官もいるけど、全く戦えないのはほとんどいないかもしれないな」

「グローリアもそうか?」


 ギャスの質問に、ジェイクの肉を食べる手が一瞬止まった。このソースはリサの手料理並みに好みなのだが、じっくり味わうのは次の機会だろうと思った。


「何が気になる?」

「ルドル教官が騎士なのはわかる。物腰こそ優しいが、左脚が少し下がった歩き方をするのは左に剣を佩く人間の特徴だ。だがハミッテ教官は・・・正直よくわからない。いや、わからないからこそ不気味にも感じた」

「不気味、か。ちょっと秘密の多そうな人だなとは思ったけど、グローリアってのは戦いで大怪我を負ったり、何らかの事情で一線を退いた人が務めることもあるらしい。だから中には神殿騎士や口無しもいるかもしれないな。そういう人間は信用できないということではなく?」

「いや、別に間諜だからって差別するつもりはないんだが・・・なんというか、あのハミッテ教官は嘘をついている気がする。俺はターラムでの役割上、人の嘘には敏感だと自負してる。嘘にはいろんな嘘があるよな? 他人を傷つけないためにつく優しい嘘、人を騙すためにつく嘘、自分の面目を保つためにつく嘘。

 あの教官は俺には嘘を言ってないと思う。生徒としてきちんと面倒を見てくれるってのも本当だと思う。だけどな――なんだかその気になれば、俺たちを含めた全てを利用してでもやりたいことがある――そんな気がするんだよ。お前、勘がいいだろ? あの人に何も感じなかったか?」

「俺にはわからないよ。あの人は俺や仲間には親切だ、それ以上のことは考えたことがない。あまり他人を疑いすぎると、何を信じていいのかわからなくなりそうでさ」


 ジェイクの返事を受けてギャスは少し考え込んだが、二杯目の残りを一気にあおると吹っ切れたようだった。


「――そうか、そうだよな。お前の言う通りだ。これから世話になる人間のことをそこまで疑うべきじゃないよな。いや、すまなかった。初めての場所で、しかも他人に親切にされるなんて慣れていないものだから、ちょっと神経質になっていたかもしれない。忘れてくれ」

「気にしてないさ、そんなものだろ」


 それ以降ギャスもグローリアの話題を出さず、運ばれてくる料理を美味そうに平らげて自分の部屋に戻っていった。給仕に盛んに声をかけるあたり、なんだやっぱり好みなんじゃないのかなどとジェイクは考える。

 ジェイクは休憩時間に少し体を動かすために訓練室に向かったが、やはりギャスの言葉を思い出してしまっていた。ギャスをアルネリアに引き入れたのは、先入観のない目で周囲を見てほしかったからでもある。自分でも嫌な考え方をしているとは思っていたが、ブルンズの執事が人間ではなかったこと、ドーラが敵の間諜だったことをジェイクは忘れていない。本当の平和を得るその時まで、身の回りの全ては疑っておきたかった。

 そんな折、どうしてかデュートヒルデだけは何があっても裏切り者じゃない気がして、ふっと笑いをこぼしてしまったのだが。



続く

次回投稿は9/2(土)20:00です。

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