戦争と平和、その34~ジェイクとグローリア③~
大人びたその表情と背丈から、既に成人しているのではないかと思われる。グローリアの制服を着てはいるが、正直学生服を着るような風貌ではなかったかもしれない。別に似合っていないわけではないのだが。
「ギャス、編入手続きは無事終わったか?」
「ああ、それは問題ないがここは広くて迷うな。まだ俺の育った場所の方がマシだった」
「すぐ慣れるさ。用事がなければ引き上げるか?」
「いや、さっそく明日から補習をするんだと。担当教官への挨拶をしないといけないから教官の部屋を探しているんだが、見つからなくてな」
「だったら案内しよう。どの教官だ?」
「それは助かるが、そっちはいいのか?」
ギャスは顎でくいっとデュートヒルデたちを指したが、その仕草が気に喰わなかったようだ。
「ちょっとあなた、失礼じゃありませんこと? 顎で人を指すなんて。ジェイクさんの指名で神殿騎士団に入るなんて、どこの国の貴族かしら?」
「どこもかしこも、ターラムの貧民街の出身だ。悪いな、貴族じゃなくて」
「なっ・・・そのような出自の人間が推挙を受けるですって!? ジェイクさん、騙されているのではなくて?」
詰め寄るデュートヒルデをジェイクが窘めた。
「騙されるも何も、俺がギャスの能力を見て必要だから無理矢理連れてきた。ただくるくるの言う通り、必要最低限の礼儀や作法、知識が必要だから、年齢はちょっと上だけどグローリアで講義を受けることになったのさ」
「と、いうことですよ。どこかの貴族のお転婆お姫様」
ギャスが大仰に嫌味な笑いを浮かべながら、仕草だけは完璧な貴族の礼をしてみせたから、余計にデュートヒルデは腹が立ったようだ。だがこれ以上はさすがに言い返せなかったのか、悔しそうに手を震わせながら耐えていた。
ジェイクはまた後日、と簡単に別れを告げてデュートヒルデたちと分かれると、ギャスを伴って教官室に向かった。ギャスはその途中でデュートヒルデ達をちらりと振り返ってジェイクに尋ねた。
「すまん、ちとやりすぎたか」
「何が?」
「からかいでのある貴族様だと思ったから、ついターラムのノリでやっちまった。だが必要以上に嫌味は言わなかったし、別れ際には俺にもきちんと礼をしてくれた。本当に良い所の育ちなんだな」
「リストリア国の公爵家だったかな。確か姓は・・・リヒテンシュタインだったか?」
その名にギャスが顔をひきつらせた。
「げ、本当かよ。俺でも知ってる大貴族のご令嬢ってことか。うわー、リストリア国内だったら処刑になってもおかしくねぇな」
「どうだかな。ただ、悪い奴じゃないよ」
「悪い奴どころか、お前に惚れてるんじゃないか?」
ギャスは口にした後でしまったと思った。ジェイクがぽかんとした顔をしたからだ。どんなに強くても子どもは子ども。どうやらそっちの感情には鈍感だったのか、と気付いた時には遅かった。
「そうなのか?」
「そうなのかって。そりゃあお前――本人に聞かなきゃわかんねぇけど」
「どうして? 俺はリサと結婚するぞ? もう一緒に住んでるし、そうあいつらにも伝えているのに」
「まだ結婚したわけじゃねぇし、それに人の好悪ってもんは――ああ~、やめやめ! そういう話はお前にゃまだ早い」
「なんだよ、ガキ扱いか」
「実際ガキだろうが」
ギャスがジェイクが小突いたところで教官室の正面に来た。ジェイクが仕返しだといわんばかりにいきなり教官室の扉をノックしたので、ギャスは慌てて居住まいを正さざるをえなかった。
ジェイクはギャスを伴い中に入ると、担任であるルドルの場所に向かった。そこにはハミッテもいた。最近この二人はよく一緒にいる。噂によると結婚前提に付き合っているのではないかと女子生徒たちが騒いでいたが、それならそれで好ましいとジェイクは思う。二人には世話になったし、相談にも乗ってもらったことも多数ある。この二人が結婚するなら、それは心から祝福したかった。
ジェイクはギャスを案内した。
「ルドル教官、ハミッテ介護教官、よろしいでしょうか?」
「なんだろう?」
「こちらは編入生のギャスです。教官に用事とのことですが、まだグローリアに不慣れゆえに案内してきました」
「それはありがとう。しかし君がそのように堂々たる口ぶりをすると、なんだか違和感があるね」
ルドルが笑いながら言ったので、ジェイクは少々不快感をあらわにした。
「いけませんか?」
「いや、君の活躍を聞くと似つかわしいと思うのだけど、少々変化が早すぎるとも思うんだね。人間はもっとゆっくり成長するものだ。まぁ取り越し苦労だろうけど」
「はぁ」
ジェイクの肩を叩くルドルを見てジェイクは首をひねった。彼の懸念がわからなかったからだ。年不相応な活躍をするジェイクを見ると心配にもなるのだが、年相応な反応をするジェイクを見て、ルドルとハミッテは顔を見合わせて安堵し微笑んだ。
「では後は私から彼に説明しておこう。このグローリアにおいても少々特殊な受講形態となるからね。学級には所属せず、必要な講義のみ修めてもらう。履修が重複しないように私の方が予定を組むことになっているから、この後神殿騎士団での予定も聞きながら決めたい。時間をもらえるかな?」
「午後の五点鍾までなら」
「結構だ」
「私の方も用事があるわね。従騎士になるのなら一般的な薬草、救急手当の知識も必要だわ。ただ私の方は時間の融通はききますから、あなたの予定に合わせて時間を作るとしましょう。ルドル教官の用事が終わったらいらっしゃい。他の教官にも引き合わせましょう」
「はい、わかりました」
ギャスが不慣れな場に緊張するのを見て、ジェイクは内心で楽しみながら一礼してその場を後にした。そしてその夕刻――
続く
次回投稿は、8/31(木)20:00です。連日投稿になります。