戦争と平和、その33~ジェイクとグローリア②~
「そんなに叫ばなくても聞こえるよ、くるくる」
「いつも通りの声ですわ! それに上の空なのはジェイクさんじゃございませんこと?」
「まあ、否定しない」
ジェイクがあっさり認めたので、デュートヒルデはやや空回りしたように口をぱくぱくさせていた。ロッテがおずおずと尋ねる。
「ジェイクくん、少し雰囲気変わった?」
「部下ができたからね。自分一人で剣を振り回すのは楽だったけど、部下、しかも年上の部下ができると気苦労が多くて。アルベルトがなんで無表情なのかちょっとわかった気がする。逆にラファティが気楽に見えるのが不思議でしょうがないよ」
「だけどあんまり思い詰めると、眉間に皺がよるぞ?」
「わかってるんだけどそれだけじゃなくて、大陸平和会議の準備だったりとか、統一術大会への出場だったりとか、その間のグローリアの授業はどうするのかとか、考えることが多すぎてさ」
「ジェイクが大人に見える・・・それより、お前統一武術大会に出るのか?」
ブルンズが驚いたように聞き返した。その剣幕にジェイクは少しのけ反る。
「お、おう。一応出たらどうかとは推挙されているよ。まあ俺だけじゃなくて、相当な数が出場すると思うけど」
「・・・すげぇな。お前、それに出ることがどれだけ騎士にとって名誉か知ってるか?」
「いや?」
「通常一つの国で選抜されるのは、一部門につき1人。派遣は10名以内になることがほとんどだから、どの部門にもその国の騎士で一番の実力者が出てくるんだ。以前俺たちのオルメキス王国から出場したのは、全員が大隊長以上だった。ちなみに俺の父親も若い時に出たことがあるらしいけど、オルメキスで一番って言われた頃でも予選突破が限界で、本戦で一勝もできなかったって言ってた。お前、そんな大会に出て大丈夫か?」
「まぁやってみないと何とも言えないけど。出る以上、全力は尽くすさ」
ジェイクは素っ気ない返事をしたが、ブルンズの視線には尊敬の色が浮かんでいた。彼はそもそもが代々騎士の家系であるし、統一武術大会への参加は相当に重要な出来事らしい。ジェイクが神殿騎士団で出世をしたころからブルンズのジェイクに対する態度には変化が出てきたが、どうやら今回の件でもジェイクに対する敬意が生まれたようだ。この調子なら、本戦からの出場であることは黙っておいた方がよさそうだと、ジェイクはあえて告げなかった。
調子が狂うなと、ジェイクとラスカルは視線を合わせていた。
「それよりも何か用事があったんじゃないのか?」
「ああ、そうだ。ミルトレさんやマリオンさんが卒業だろ? 卒業のパーティーは当然出席として、その後個別のお別れ会にも誘われているんだ。二人の神殿騎士団入りが内定したから、アルネリアには残るんだけどな。お前も参加するか?」
「うーん、どうせ神殿騎士団で顔を合わせるからな。それにこのままだと俺の方が立場が上になるし、なんだか変な気分になるからやめとくよ。それに、どんな顔して会えばいいのかいまいちわからない」
「どんな顔って、お前・・・」
そう言いかけたブルンズの腹をラスカルがどついた。ジェイクがクルーダスの死に際に関わっていたことは彼らも知っている。その件に関して、ミルトレはジェイクを責めたがマリオンに窘められてようやく収まった経緯があった。以降、任務で忙しいこともあり、あまりジェイクは彼らと顔を合わせていない。
確かに気まずさは残っているが、それは致し方のないことだったかもしれない。デュートヒルデが空気を変えるためか空気が読めないのか、次の話題を出してきた。
「なら欠席ということにいたしますので、時間と気が向いたらおいでくださいな。それと、リンダから手紙が届いていますわ。どうやら元気でやっているようですわ。メイヤーの講義は非常に高度だからついていくのがようやくですけど、貴族とか平民とか関係なく能力が高い者が採用されるのは非常に面白いのですって。
それにやりたいと言えば、かなり自由に研究やら課題やらをやらせてもらえるそうで、リンダも自分が自由にできる研究の場所をもらえたようね」
「知ってるよ。ルースからの手紙にも同じことが書いてあったしな」
ルースの手紙には、リンダに近寄る悪い虫は片端から排除してあることと、ルースは悪知恵を働かせて自分の執務室すら既に確保していることをジェイクは知っている。リンダの研究場所も、ルースのはからいだ。どうやってそんなことをしているのかまでは書いていなかったが、ルースの悪辣さは想像以上なのがわかり、本当に彼が敵でなくてよかったとジェイクはほっとしていた。
それにミルチェとトーマスも元気らしい。ミルチェの芸術の才能は既に認められつつあり、パトロンとの話合い次第ではメイヤーではなく、より先鋭的な芸術を取り扱う別の都市にさらに留学する可能性もあると告げられていた。ジェイクは彼なりに心配していたのだが、どうやら余計な心配であるようだと安堵していた。
「他に用事がなければもう行くぞ? 午後からは深緑宮で仕事だからな」
「休みが明けたら授業には出るのでしょうね?」
「とりあえず今の講座は合格点が与えられたしね。卒業までの最低の講座を選択するだけになるけど、学校には来るよ。でも多分君らよりも早く卒業することになる」
「ふ、ふん。そうですか。ちなみに私は卒業したらアルネリアに残るつもりですわ。ひょっとしたら深緑宮勤めになる可能性もあるから、その時はよろしくお願いしますわ」
思わぬ申し出に、ジェイクは困惑した。
「くるくるが深緑宮? やめた方がいいと思うけど・・・」
「なぜですの!?」
「お前、ガサツだもん。深緑宮の女官採用は品格も問われるんだぜ?」
ジェイクの指摘にデュートヒルデが腹を立て、顔を真っ赤にした。
「言いましたわね~! 数年後、見てらっしゃい! 私の淑女ぶりに、アッと言わせて見せますわ!」
「むしろ、俺たちの神殿騎士団入りにもクチを聞いてほしいんだけどな」
ラスカルが意味深に片目を閉じて見せた。ジェイクは悩んだが、ラスカルは友人だと思っているので正直なところを答えた。
「それは可能だけど、結構激務だぞ? はたから見るほど優雅な仕事じゃないんだ」
「平民から神殿騎士団入りすると、中途退官してもそれなりの経歴になるからな。キツけりゃ考えるさ」
「そんなことまで考えているのか。考え方がさもしいな」
「貴族のブルンズにはわからんだろうよ。生きてくだけで平民は一杯さ」
ラスカルの肩に置いたブルンズの手を、ラスカルは払いのけた。ジェイクがため息をつく。
「まぁ順調に卒業したら、2年後には枠があるだろうさ。だけど今年はもう埋まったからな」
「誰か従騎士にしたのか?」
「ああ、あいつだ」
ジェイクが顔を向けた先から歩いてくる男がいた。やや背の高い大人びた風貌は、ラスカルたちが見たこともない顔だった。
続く
次回投稿は、8/29(火)20:00です。