戦争と平和、その32~ジェイクとグローリア①~
「北部協商連合を落とさずに、協力させたまま南進する・・・?」
「もしくは無視したまま南進する、よ。彼らは基本が商人。自分たちにかかる火の粉は払うでしょうけど、主義主張など関係なく勝つ側につくはずよ。ローマンズランドが北部協商連合を無視するなら、彼らとて自ら仕掛ける必要はない。むしろ条件次第ではローマンズランドに協力するかもしれないわ。戦争は最も商人が儲かる時ですからね。
仮に北部協商連合が中立を保つとしても、おそらくは今まで落とした国から食料を竜の巣に集めているでしょう。それに食糧があまり必要とならない連中――例えば人間そのものを食料とする魔物とか、あるいは死者を蘇生させて尖兵として使うっていう方法もあるわね」
「どれも国際法違反ですが、今のローマンズランドが守るとも思いません。そしてエクスぺリオンを使用して現地で魔王を調達し突撃させる。悪夢のような進軍が繰り返されるでしょう」
「それだけじゃないです~。空中からローマンズランドの飛竜が援護するとすれば~、かつてない危機にさらされると思います~。中原に飛竜の大規模な駐屯地が建設されたら~、事実上大陸はローマンズランドに占拠されたも同義かと~」
「そ、そんな。ならば竜の巣に一大攻勢をかけて、敵を殲滅させれば――」
エクラの意見にアルフィリースは首を振った。
「難しいわね。竜の巣の出口の一つはターラムの近くだけど、他の場所にもたくさん出口がある。そうなんでしょう、カザス?」
「ええ、私の調べた限りでは最低五か所はあります。特に厄介なのが、ミーシアの近くに出る場所と、アレクサンドリアの友好国グレイリー公国に出る道ですね。そして軍勢の動きがつかめない以上、この三方向全てを守るのは非常に困難でしょうし、どこを落されても進行の足掛かりになってしまう。既に王手をかけられる一歩手前の状態ですね」
「今後の大陸平和会議は、喉元に剣を突きつけられながらの交渉になるのね・・・アルネリアはどうするのかしら。まぁそのために今走り回っているのでしょうけど」
アルフィリースの懸念にコーウェンが追従する。
「こちらもどうするかですよ~。今カザスと盤上軍議で検討していましたが~、まだ有効な勝ちの目は見えません~。仮にターラムとミーシアを同時に押さえられると~、それだけで北側の諸国の物流は停滞しますし~、ローマンズランドは長期的な遠征が可能になるでしょう~。
アルフィリースにも策をお教えいただきたいところですが~、何か有効な手はありますか~?」
「・・・そうね、やはりやるしかないか。『埋伏の毒』をね」
埋伏の毒――その言葉を聞いてカザスとコーウェンは目を丸くして、その後盛大なため息をついた。
「やっぱりそう来ますか~。本っ当に飽きないですね~アルフィリース団長といると~」
「ニアが地団太踏んで悔しがりますよ。私の出番を寄越せってね」
「まさか戦地で出産させるわけにもいかないでしょう。貴方にも責任があるんだから、きっちり説得してもらうわよ?」
「まぁわかっていますけどね。困ったな、なら式を早めないといけないのか」
「あの、何の話ですか?」
話についていけないエクラにアルフィリースが今後の戦略について説明すると、エクラは衝撃のあまり卒倒して後ろに倒れたのだった。
***
グローリアに正午を告げる鐘がなる。通常なら授業もなく人気のないはずの時期だが、交通網を遮断する大雪のせいで、校内には自習に励む生徒の数がちらほらと見えた。彼らの多くは諸国の貴族の子弟で、正規の過程を修了すればグローリア卒業という箔と共に帰国できるのだが、自主自立を重んじるグローリアの校風の中で育つうちに自らの行くべき道を見出す者も少なくない。
グローリアには大陸のあらゆる学問、戦闘技術を学ぶ素地があったが、加えて高度な学問を志す者はメイヤーへと留学するし、さらに実践向けの剣技や魔術を志す者は神殿騎士団へと入隊する。貴族の子弟といえど、家督相続に縁のない長兄以外は自らの行く道を自力で切り開く必要があり、そういった者にとって神殿騎士団という存在は非常にありがたかった。
冬が終わり春になると、卒業直前にはメイヤーへの推薦状が出たり、神殿騎士団入隊への勧告や追加募集が出たりするので、よりグローリアに残って励む者も多かった。唯一、芸術だけはグローリアもさほど得意ではなかったので、そちらに素養を見出した者は、グローリアにはあまり近寄らなかったかもしれない。
ジェイクは終了した課題を提出しにグローリアへと赴いていた。リサの協力も得ながらなんとか課題を修了させたジェイクは、それほど秀逸な成績でないにしろ一応合格はもらえていた。既に実技の課程は全て免除になっているため、あと一年も座学を修めれば、卒業証書をもらうことも可能だ。他の同輩たちよりは二年近く早く卒業することになるが、神殿騎士としての活動に精を出す日々が待っていると思うと、身が引き締まる思いである。
途中、中庭を通る時に授業をサボっていたドーラの姿が思い出された。今では裏切られた時ほどの怒りを覚えないとはいえ、やはりクルーダスを殺し、ネリィの気持ちを蔑ろにした彼を許すことはできない。だがドーラの笛の音を懐かしく思うのはどういうことか。ジェイクはしばしあの木漏れ日の日々を思い出していたが、それもかしましい金切声によって中断された。いつもの面子がやってくるのが、気配を感じ取らなくてもわかる。
続く
次回投稿は、8/27(日)21:00です。