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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その31~それぞれの平和、カザスとコーウェン~

***


「・・・まずいですね」

「さすがに予想はできなかったわぁ~竜の巣を抑えるとかぁ~」


 イェーガーの会議室でカザスとコーウェンが盛大にため息をついていた。テーブルの上には大量の地図と、二人で議論した後がわかる大陸を模した盤と、母指大の人形がいくつも転がっていた。これは軍議の時に使用される盤だったが、コーウェンとカザスはローマンズランドの侵攻が始まってから、ここで何度も軍議を重ねていた。相手の出方から見て、おそらくは策士クラウゼルがいると踏んでからは、彼らはより一層議論を活発化させていた。

 この大陸には賢人会なる集まりがある。世に名が知れた、あるいは世に名が知れなかった知識人を集め、様々な議題で議論を行う。知識人たちの役に立たない与太話と皆は笑うが、中にはここから世紀の発明や、大陸を揺るがす発想が出てくるから侮れない。学問の都市メイヤーはさらにこれらの知識を広げるために具体的な形をとったものだが、表に出せない議論の場として賢人会がなくなることはなかった。

 賢人会の前身は数百年前にも上ると言われ、現在の会長はシェーンセレノという論客である。ある大陸で士官して凄まじい勢いで出世しているらしいが、カザスは会ったことがない。

 コーウェンは昔見たことがあると言っていたが、そんなに権力欲が強そうには見えず、見た目は美しいのに穏やかで静かな女性といった印象しかなかった。いつの間に会長になったのか、それも定かではないが、そもそもカザスとコーウェンも賢人会という集まりが面倒くさく、積極的に参加していなかったのでそのあたりの事情は知らなかった。

 ただ一つ、策士クラウゼルが非常に危険だということは覚えていた。大陸を一国により制圧するという議論は大それていたが、同調する為政者がいた場合決して実行不可能だとは思わなかったからだ。その危険性には何人もが気が付いていたが、相手は傭兵として名を成す存在であり、また誰も盤上の軍議で彼を負かすことができなかったため、互角に物言うことができた者はほとんどいなかった。

 ただ実行に移す気配もなく物理的にも無理だと断じられたため、誰もが捨て置いた。賢人会では突飛もない話がいくつも出るので、皆その程度の認識しかなかったのが真実なのだ。それが今や、この体たらくである。

 そんな中でクラウゼルはカザスの地図に興味を示し、またコーウェンの国家百年の計に関しては子どもの様に目を輝かせて耳を傾けた。あまりにしつこいので、時にはカザスもコーウェンも彼の相手をしていた。どれほど思い返しても、その程度の関係でしかない。それが今や、これほど悩むことになろうとは。クラウゼルという人物の危険性を、誰もが侮った結果だと悔やまざるをえなかった。


「地図を見せるべきではなかったですかねぇ・・・竜の巣はさすがに危険すぎて中にほとんど入れなかったので、外部からの観測を中心に作成したのですが、それすらもよくなかったということでしょうか」

「学問上の興味でしょう~? そんなの予測できないですよ~。仮にクラウゼルに地図を見せなかったとしても~、きっと金銭的な対価を払うか~、あるいはカザスを拉致してでも地図を見たと思いますよ~」

「そうだよねぇ、そのくらいならやってのけそうだよねぇ。じゃあどのみち同じかぁ」

「それよりも対策を練りましょうよ~。こうやって地図に起こすと~この作戦の危険性がわかりましたよ~。アルネリアとも一度議論しましたが~、現在既に大陸が制圧されかかっていることに何人が気づいていますかね~?」


 コーウェンが再び地図を整頓して開いたところに、アルフィリースとエクラがやってきた。手には軽食があり、温めたばかりのパンとスープの匂いがカザスとコーウェンの空腹を刺激した。議論に熱中するあまり、そういえば半日近く何も胃に入れていなかったことを二人は思い出した。


「おいしそうです~差し入れですか~?」

「ラックが焼いたのよ。試作品だけど味見も兼ねてね。議論の進み具合はどう?」

「想像以上にまずいですね。見てください、これ」


 盤上のやりとりともいえない散乱を見てエクラはさっぱりだったが、アルフィリースはしばし眺めただけでその推移を理解している様だった。


「なるほど、やはりそこを狙ってきたか」

「そうです。ただ問題は、今のところ打つ手がないということ。ギルドで雇った斥候、あるいはイェーガーから出した斥候も、この雪で満足に動けません」

「まぁ調べなくても何をしているかはわかるけどね。問題は規模がわからないことね。それ次第では、春が来たら手遅れ、なんてことになるわ」

「おっしゃる通り~」

「あ、あの、すみません。話についていけないのですが・・・」


 エクラがおずおずと手を挙げたが、コーウェンがばっさりと切り捨てた。


「無理についてこなくてもいいですよ~? 貴女は内政~、私は外に出て敵を打ち破るのが仕事ですから~」

「そ、そりゃあ私に軍事の才能はないのかもしれませんが、その言い方はひどい!」

「そうね、エクラにも知ってもらった方がいいいわ。コーウェンもそうエクラをのけ者にしないように」

「は~い~」


 コーウェンが気のない返事をしたので、アルフィリースが説明した。


「ローマンズランドは五路での侵攻を行ったわ。現在前線は雪で進行が止まっているけど、各所で一つは最低限国を落としている。北部商業連合が落とされるとターラムにまで侵攻が及んだ可能性があるけど、それは止まった。仮にターラムが落とされていると、東側の諸国は、入り口にまでその進行が及んだことになる。ここまではよいかしら?」

「はい」

「今まではローマンズランドが東側の諸国と直接戦争ができなかったのは、北部商業連合が存在したからよ。彼らはローマンズランドにとって生命線ともいえる食料などを供給する取引相手であると同時に、土地を持つ商人たち。彼らは商業を通じて余った食料をローマンズランドに供給していた。

 仮にローマンズランドが彼らを攻め落としたとして、穀倉地帯ははるか南。彼らは食料の補充もままならないまま、南進することになる。そのことがローマンズランドの長期遠征を不可能にした理由よ」

「そこまでは知っています。兵法の授業でも取り扱うくらい有名な話ですから」

「なら問題。ローマンズランドが長期遠征を行うならば、必要なことはなんでしょう?」


 アルフィリースの問いかけに、エクラはしばし考えてはっと気づいた。



続く

次回投稿は、8/25(金)21:00です。

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