戦争と平和、その29~導師の試練⑦~
「それどころかスピアーズの四姉妹の根城に侵入して無事に帰って来たはずだし、吸血種の王とも面識があるはずだ。どんな星の元に生まれればそうなるのか・・・いや、そもそもそんな星の元には生まれていないはずなのだがね。それが不思議でならなかった。
運命を捻じ曲げた、あるいは逃げ出した――いや、まるで彼は誰かに物語の主人公のように行動していた。まあ運命から逃げようとして運命に操られるとしたら、皮肉としか言いようがないけどね」
「その口ぶり、アースガル導師は運命を信じているのかしら?」
アルフィリースの言葉に、アースガルは薄く笑ってみせた。
「我々に認識できない高次の存在としてなら、あってもおかしくはない。そもそもオーランゼブルなどを始めとした占星術は、人や大陸の歴史の運命を読み解くために開発された。だから人間にも大陸にも、大筋の運命なるものは存在するのだと思っているよ。
逆に問うが、君は運命を信じているのか?」
「見えざる何かのようなものなら感じることはあるわ。私がこういう人生を辿るのも、賭けにいつも勝てるかのように上手くいくのも。努力はしているけど、運としか言いようのない状況も何度かあったわ。それを運命と呼ぶのなら、確かにそうかもしれない。
それとも、運命が形あるものだったら導師はどうしたいかしら。見て、聞いて、触れられるものだったら?」
アルフィリースの問いかけは興味深いものだった。かつてアルドリュースに感じたかのように、アースガルは心をくすぐられていた。
「運命がもし形あるものだったらか、面白い問いかけだ。だが私のような導師は、おそらく跪くだろうね。そういったものに逆らわないのが我々導師といった存在の性質だからだ。
よく導師や魔女は特に力の優れた魔術士だと勘違いされがちだが、決してそうではない。精霊から力を得る代償に、彼らに縛られもするのだ。ゆえに私は自由な魔術士が羨ましい時もある。
逆に問うが、君ならどうするかな? 運命が形あるものとして目の前に現れたら」
「そうね、私なら――酒でも酌み交わしたいかしらね。だって、愉しそうじゃない? 運命なんて高次の存在と語らうなんて。どんな考え方をするのか、聞いてみたいわ」
その言葉に、アースガルはぽかんとした後、思わず吹き出していた。導師である自分が笑うのは、一体何百年ぶりのことだろうか。アースガルはアルフィリースの身の上をおおよそ知っている。生まれつき魔術の才能がありながらオーランゼブルによりその存在を隠され、精神体を同化させられ、生まれ故郷にはいられず、御子の素体として選ばれ、その運命の全てを知らないにしても、全く気に留めていないとでもいわんばかりの発言。
もしこれからのあらゆる出来事に対し、運命なるものを覆すとしたらこういう娘かもしれない。少なくとも、この快活な娘を失うべきではないとアースガルは考えた。
不思議な顔をするのはアルフィリースである。
「私、何か面白いことを言ったかしら?」
「いや、十分に面白い。千年分は笑った気分だ。酒ときたか。普通は高次の存在に関しては頭を垂れるものだが、その考え方自体が貴族にへつらう平民と同じということだな。所詮導師も敬う対象が違うだけで、いつの間にか俗物になっていたということか、なるほど。
だが、俗物ならばそれらしく振る舞うのもよいな。本来導師というものは特定の勢力に肩入れすることを禁じられているのだが、今の笑いに免じて私は君たちの味方をすることにしよう」
「そんなことしたら、他の導師に恨まれないかしら?」
「いいのさ、どうせ導師の間に連携などない。精霊のため、全ての生命のためという一つの原則のために行動しているだけだ。今思えば、魔女に比べてなんと了見の狭いことかとも思うが、最初はそれが一番いいと誰もが信じていたのだ。だが君と会話していて気付いたのだが、ただの傍観者と変わらないな、それでは」
「一つの在り方かもしれないけど、何がよいかを選択するのは難しいわね」
アルフィリースの率直な感想に、アースガルも頷いた。
「そう、難しいとも思っていた。だが君を見ていると、とても簡単なことに見えてくるよ。さて、修行を続けるとしよう。できれば3年程度、フォスティナをもたせてあげたいところだ。スピアーズの四姉妹の根城にはすぐに行けるとは限らないからね」
「どうして?」
「君ならば感じているはずだ。次の戦いにおいて、アルネリアに余計なことを考えるほどの余裕はない。スピアーズの四姉妹はかつて人間が総動員でようやくどうにかできた相手だ。君たち単独でなんとかしようとなどとは、考えない方がいい」
消極的な意見にアルフィリースは唸った。
「潜入して一人救出するだけなら、なんとかならないかなぁ・・・」
「やめておけ。彼女たちは基本四姉妹しかいないが、召喚で使用する魔物は非常に強力だ。救出するにしても、軍勢の囮が必要となる。機を窺いなさい」
「そっかぁ。焦りは禁物ね。なら逆に修行に集中しないと」
「その意気だ」
アルフィリースはいち早く切り替えると、再び修行に戻った。時間制御の魔術はそれなり以上に集中力も使うのだが、アルフィリースには一向に消耗した様子もない。むしろ魔術を使えば使うほど、慣れ親しんでいくかのようだった。
アースガルは弟子を取ったことはあるが、子を持ったことはない。導師の戒律で禁じられているからだ。だがもし子をもつとしたらこのような感じがするのだろうかと、ふとアルフィリースを見ながら考えていた。
そして同時に、気苦労が絶えず振り回される自分を想像して、再度笑ってしまった。かつて、ミーシャトレスに冗談で聞いたことが思い出される。まだミーシャトレスも若く、他人の運命に関してまだ容易く占う時期もあったころのこと。工房を訪れたミーシャトレスと共に、酒を酌み交わしていたことを思い出したのだ。
「(アースガル、あんたは何が望みなのさ? 導師でも望みは抱いてもいいんだろ? そんなに長く生きてどうするのさ)」
「(私は天地開闢を見てみたい。始まる時のことは知ることができなかったが、ならばせめて終わりが見てみたいと思うのさ。生きとし生ける者が滅ぶ時、どのような滅び方をするのか見てみたい)」
「(うーん、暗いねぇ)」
「(ミーシャトレス、むしろ私は聞きたい。私はそれまで生きることができるのだろうか?)」
「(本当に聞きたい?)」
「(ああ、聞きたいね)」
「(・・・三人の娘があんたの前に現れて、そしてその娘に肩入れする時、あんたの寿命は間もなく尽きる。そうでなければ、無事天地の終了を見届けられるだろうさ)」
「(人間に私が協力すると? それならありえないから大丈夫だな)」
「(どうかね・・・ほぼ間違いなく、あんたは娘を手伝うね。だが不思議と満足そうな顔をしているあんたが見えるよ)」
フォスティナ、ラーナ、アルフィリースで三人と考えれば、今が予言の時なのかもしれない。ミーシャトレスの未来視は確実ではない。だがその言葉を真実として今は強く感じていた。仮に自分が間もなく死に向かうとしても、どうやらこのアルフィリースに協力する方が人生は得心のいくものになるだろうと。
その結論が、アルドリュースと近しいものであることなどは、アルフィリースは知りようがなかった。
続く
次回投稿は、8/21(月)21:00です。連日投稿になります。




