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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その28~導師の試練⑥~

「時間制御・・・なるほど、そういうことか。確かに時間稼ぎが必要だものね」

「察しがよいな。闇の魔女救出までに時間がかかるだろうから、準備が整うまでに時間稼ぎが必要だ。時間制御の魔術が使えれば、胎内の子供の成長を遅らせることができるだろう」

「なるほど、これで目途はついたってわけだ。あとは、闇の魔女がまっとうな状態で生きていることを祈るまでだな」


 ラインが痛い部分を指摘したが、アースガルが言葉を添えた。


「おそらくは無事で生きている。そこの次代の闇の魔女に何ら兆候がないことが証のようなものだ。同属性の魔女は最大世に二人しか生まれない。先代が死ねば、何らかの兆候を次代の魔女は感じ取るだろうからな。

 それにスピアーズの四姉妹は最低限の干渉以外、一切人間世界に手を出すことを禁じられている。闇の魔女を連れ去った経緯は不明だが、魔女も人間に含まれているからな。闇の魔女がうかつな攻撃をしない限り、その安全は保障されているだろう」

「・・・確かに、そういった兆候は何もありません。ではかなり希望が持てる方法ということですね」

「大戦期すら生き延びた大魔王から、闇の魔女を取り戻すのがねぇ。かなり困難だとは思うけどな」


 ラインの言葉に、その場の全員が呆れてため息をついた。


「またそういう負の方向の発言をする」

「何言ってんだ、最悪のことを考えておくのは、常に指揮官の務めだろうが」

「ですが、それならば導師がフォスティナに魔術をかけ続けるということですか? それならばフォスティナはターラムにずっと留まることになりますが」

「いや、魔術はアルフィリースに教えようと思う。私はターラムを離れることはないが、フォスティナはそういうわけにもいかないかもしれないからね。私がターラムから外に動くと、いろいろと他の導師がうるさくてね。

 と、いうわけでしばらくアルフィリースは私の元で修業だ。ああ、君たちもついでに全員かな」

「へぇ?」


 突然の申し出に面喰うアルフィリースたちを見てしてやったりといわんばかりに、面白そうにアースガルは笑って眺めていた。


***


 フォルミネーがルヴェールの使いとしてアルフィリースを訪れた時には、もう全てが終わっていた。アルフィリースたちは修行に入っており、そのことをフォルミネーがルヴェールに告げると、ルヴェールは唐突な展開に頭を抱えたが、まさか自分がアースガルの元を訪れるわけにもいかず、一人自室で唸っていた。どのみち自分にアースガルを止める力はないからだ。

 そしてアルフィリースたちは、アースガルの工房で魔術の修業をしていた。魔術の修行と言っても、精神操作の魔術に対して耐性を作るための修行である。魔術士でなくとも行える一種の精神鍛錬のようなもので、一日三回、アースガルの精神攻撃の魔術に耐えるだけである。それ以上の鍛錬は非常に危険だと最初に言われて拍子抜けした面々だが、それは彼らが想像するよりもはるかに厳しい鍛錬だった。

 まず鍛錬自体は一瞬だが、全員が魔術を受けた直後は嘔吐したか、その場に倒れ込んだかのどちらかだった。魔術耐性がほとんどないラインなどはそれだけにとどまらず、初日の夜に熱を出してうなされる始末であった。想像以上に消耗の激しい修行に、全員が毎晩ぐったりと寝込み、余談すら交わせない状態だった。

 その中でもいち早く修行を終えたのは、アルフィリースとラーナ。さすがに魔女というべきか、ラーナは5回目の修業で十分な耐性を身につけていた。そしてアースガルの工房で、彼の魔術を教わるほどの積極性を見せた。アースガルも教えを乞われることは嫌いではないのか、静かにラーナに教えを授けていた。

 そしてアースガルも驚くのは、アルフィリースの修得速度である。アルフィリースは元から時間制御の魔術を使用できるが、せいぜい数秒、それもわずかな『遅延』と『加速』程度である。時間を完全に止める、あるいは倍速で動かすなどということは元来不可能だったが、今では時間の流れを半分にする、あるいは倍速で動かす程度のことは3日で修得してしまった。この修得速度にはアースガルも目を丸くするだけだった。


「(時間制御の魔術を使用できる者は、今ではほとんどいなくなった。まず魔術の修得方法が普及していないし、魔術を書物でしか学べない連中にはそもそも概念の理解ができまい。だが使える者とて、ここまでの速度では習得するのを見たことがない。私ですら加速は三倍、時間停止は半日が限界だ。それにも千年以上の修練をしたが、コツを教えただけでこうも上手く扱えるものか・・・)」


 アースガルは先に自分が見せた曲芸をいともたやすくやってのけるようになったアルフィリースを見て、不意に質問した。


「アルフィリース、君はこの工房に精霊を何種類見ることができる? あるいは感じることができる?」

「うーん・・・12種類かしら? それがどうかした?」

「(やはりそうか・・・御子の力も一部使用できるようになっているのか)」


 アルフィリースの質問にアースガルは返事をしなかった。ちなみにラーナに聞いた時は、3種類だった。

 実はこの工房には基本属性の精霊以外にも有象無象の連中が無数にいるのだが、アースガルとて自分で作った工房でありながら、直接対話が可能だったり、その存在を感じ取れるものは20にも満たない。この工房は無作為に精霊を集めるように作ったため、もっと多くの精霊がいてもおかしくはないのだが、人間に感じ取れる限界がその程度ということであろう。精霊は誰にでもその姿を現すわけではないからだ。

 もしそれ以上の精霊を感じ取れるとしたら、それは人間ではなく、より精霊や自然そのものに近しい存在になってしまう。あるいは感じ取ってしまえば、人間の器では発狂してしまうのだろう。魔術の素養に優れた者に狂人が多いのは、魔術士の間では知られたことだった。

 その中でも時間制御の魔術を使用できる者はおしなべて有象無象の精霊を感じ取れるものだが、それにしてもアルフィリースの感知力は抜きんでていた。よく発狂しないものだと、それだけでもアルフィリースの精神力が並ではないことがわかる。

 だがアースガルが感心する一方でアルフィリースは質問の意図がわからず、アースガルに質問した。


「普通はもっと感じ取れないものなの?」

「普通は2、3種類だ。ちなみに君の師は6種類程度だった。それでも高位の魔術士よりも図抜けていたが」

「アルドリュース師匠と知り合い!?」


 まさかの名前にアルフィリースが驚きを隠せない。アースガルはアルフィリースの表情の変化を楽しむように続けた。


「たまたまね。面白い存在だったから、私の方から招いたのさ。それでもこの工房に到達するだけでも相当の才能が必要だが、彼には苦にもならなかったようだね。

 彼は実に面白い存在だった。その人生の流転もそうだが、知識、思考の柔軟さ。どれをとっても、話すだけで面白いと感じた人間はここ数百年では彼くらいかな。シュテルヴェーゼとも一時期良い関係だった。知っているかな?」

「ええ!? うちの師匠って一体・・・」


 さしもの知己の広さに驚くアルフィリースだが、アースガルはさも当然のように続けた。



続く

次回投稿は、8/19(土)20:00です。

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