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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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魔王の工房、その4~潜入準備~

***


 その頃地上では――


 『犬』とエルザ、イライザが合流していた。互いに初対面であるが、エルザとイライザは『犬』の容貌に面喰らった。と、いうか『犬』はおそらく男なのだろうが、顔がぐるぐる巻きの包帯のせいで、全く表情が覗えない。背はイライザより小さく、何歳なのかもわからなかった。


「貴方が『犬』、よね?」


 エルザが問いかけるが、犬は頷くのみで言葉すら発さない。指示があるまで動こうともしないその相手に、エルザが困ったように質問する。


「早速だけど、貴方が見つけた入口とやらはどこなのかしら?」


 その言葉に答えることなく、ゆっくりと自分の背後を指さし、ついてくるよう顎で促す犬。エルザはその態度に一瞬傲慢なものを感じたが、指摘して特にどうなるものでもなし、大人しく従った。 

 そして歩いて曲がり角を曲がるとすぐ、地下に向けて口を開ける天然の洞穴があった。入り口は狭く、せいぜい二人が通れればよいところだろうか。

 イライザが覗きこんでみるが、奥がどこまで続くのか想像もできない。


「ここなの?」


 エルザの問いかけに、再び頷く犬。その態度に不審を感じたエルザ。


「返事くらいしたらどうなの? それとも喋れないのかしら?」

「しゃ、べ・・・れる、が。聞・・・き、取・・・りにく・・・い・・・だ、ろ? 全身・・・ひど、い火傷・・・で・・・な」


 そのひどいしゃがれ声に、驚くエルザとイライザ。確かにこの声なら、彼が喋らないのも納得できる。


「わかったわ、無理言って悪かったわね。それで貴方はこの後どうするの?」

「お前・・・の・・・指示、に・・・従え、と、言われ・・・て、い・・・る」


 たどたどしくも、犬が答える。そこでエルザは少し考え込んだ後、犬に指示を飛ばす。


「その声ではとっさの時に合図に困るわね。貴方は探索には加わらなくていいから、この割符を持って、近くのアルネリア教会の詰め所に行ってくれるかしら? 割符を持っていけば自動的に話は通じるようになっているわ。既に準備はできているはず」


 そしてエルザが胸元から割符を出すと犬に渡し、受け取った犬は無言でその場を走り去っていく。その様子を見送った後、エルザがイライザに話しかけた。


「では私たちも準備をしましょう。ここは既に敵地よ。周辺の警戒は怠らないように」

「はい」


 2人が荷物を下ろし、探索に必要なものだけを取り出していく。エルザはシスター服を脱ぎ捨て、ショートパンツと、上は体にピタリとした短い肌着に変える。なので腹回り、脚は露出してしまっており、靴も動きやすくかつ防御もかねたブーツに変えた。さらに腕には肘近くまであるような黒く長い手袋をつけ、さらにミスリルという魔力を伝導させやすい特殊な金属でできたナックルを装備する。

 そして脱力した姿勢でエルザが立つと、何度か深呼吸をする。するとエルザの体がぼんやりと淡く光った後、すぐに光が消えた。


「よし、今日も好調ね」


 エルザはシスターには珍しく、近接型の戦闘スタイルだった。女性なので打撃の威力が不足するのは、魔術を付加しやすいミスリルのナックルで補う。また軽装になるのは、格闘戦をやりやすくするためだ。

 軽装だと怪我をしやすいのではないかと周囲には言われたが、彼女は全身を魔術で防御するため、服が無い部分でもそれなりの物理・魔術防御を誇る。それこそ並の男では、殴りつけても拳を痛めるだけ。もちろん、彼女のオドが並のシスターよりも遥かに多いから出来る芸当なので、周囲の参考にはならない。

 一方イライザは荷物を降ろして、自分の身長以上に長く、布を巻きつけた何かを背負って終わりだ。既に前日出発した宿泊施設から具足をつけており、準備は一瞬で終わった。

 そして簡易な軽食と探索に必要な荷物をいくつかまとめ直すと、互いに準備が完了したのを確認して頷き合う2人。


「突入前に最終確認をするわ」

「はい」


 エルザの言葉に、イライザが一層真剣な表情になる。


「まず今回の目的は調査よ。戦闘は極力避け、内情を探ることが優先。これ以上無理だと思ったら、遠慮なく引き返すわ。私たちが死んでは元も子もないのだから」

「了解しました」

「さらに私にはやることがあるから、戦闘になれば先陣は貴女が切ること。基本私は手を出さないけど、もし必要であれば私が判断します。それまでは極力一人で戦うように」

「了解しました」

「また撤退の合図も私が出します。だけど、私よりも貴女の判断の方が正しいこともあるでしょう。なので、もしどうしようもないと思ったら、右目で瞬きを二回。いいわね?」

「ウィンクは苦手なのですが」

「・・・そのくらい、なんとかしなさい」


 エルザがため息をついた。真面目そうに見えて、どこかすっとぼけているのはラザールの血なのか。


「質問は?」


 エルザが問いかける。


「背中の得物は失敗でしょうか」

「切り札なのでしょう? 念のため持っておきなさい。おそらく中は広いはずよ」

「見張りがいません。ここで本当に合っているのでしょうか?」

「それは請け負うわよ。なにせ・・・」


 エルザは洞穴の方から出てくる殺気を、先ほどからひしひしと感じているのだ。こんな凶悪な殺気を、ただの獣が発するわけはない。エルザの本能がそう告げていた。

 イライザもその事はわかっているのだろうが、それにしても外に見張りがいないのはさすがにどうかと思ったのだ。


「見張りがいないのは見つからないと思っているのか、あるいは中の守りに自信があるのか」

「サボっているのでは?」

「・・・貴女、面白いことを言うのね」

「冗談です」


 イライザのその言葉に、ちょっと呆れるエルザ。どうにも緊張感がないイライザに不安を覚えたが、よくイライザを見れば少し震えているようだ。


「大丈夫かしら、震えているみたいだけど?」

「ご心配なく。武者震いが半分、恐れが半分と言ったところです」

「緊張しているのかしら。そこそこ戦場の経験は積んでいたと経歴にはあったけど」

「今までの討伐相手と桁が違うことくらいはわかります。なので、アルベルトから戦場に向かう前には冗談の一つでも飛ばすようにと、言われたのですが・・・」


 どうりで普段のイライザにしては無理のある態度だと思ったが、彼女もまた緊張しているのだ。無理もない、歴戦のつわものであるエルザでさえ、緊張して神経が尖っている。

 エルザもそのことを再認識し、イライザの肩に手を置いた。


「生きて帰る。それが一番の任務なのよ、勘違いしないようにね」

「・・・了解しました。もう大丈夫です」

「ならいいわ。あ、そうそう。入る前に仕掛けを一つ、二つしておかないとね」

「?」


 そうエルザは言うと、腰のバッグから何やら白い指先程度の長さの、棒のような物を取り出してきた。


***


 そしてこちらはライフレス。ライフレスは片目の視覚を使い魔である鳥に預け、常にアルフィリース一行を監視していた。アルフィリースたちとエアリアルが別行動をとったため一瞬どちらを追うべきか悩んだが、最たる目標はアルフィリースなので、使い魔はそのままアルフィリースたちを監視している。

 アルフィリースたちはミュートリオを出た後、重傷のニアをユーティの故郷に運ぶため、エアリアルとユーティが愛馬シルフィードを駆って全速力で先行していた。

 その一方でアルフィリース、ミランダ、リサ、くのいちたちは楓との合流地点で一端小休止をしている。ミランダがくのいち達を集めて何やら指示をしているようだが、急造の使い魔では聴覚に限界があり、何を話しているかまでは聞き取れない。


「・・・ちっ、厄介な事態になるかもな・・・妖精がいたということは、風の里に向かうということか・・・」


 風の里――ユーティの故郷でもあり、風の上位精霊が治める里である。精霊は通常明確な意志、少なくとも人間と会話するような自我を持たないが、上位精霊は別だ。彼らの多くは妖精が一定以上の年月を経て昇華した存在であり、明確な意思を持って生物と関わる。

 だがその性質は自然そのものに近いため、一部の例外を除いてどの勢力に肩入れするということはまずない。交渉さえ成立すれば、その生物の本質に関わらず精霊は力を貸すので、ライフレスもまた精霊とは交渉できる。精霊との交渉を解した魔術を精霊魔術と呼び、単純に大気中の元素を一から自分の力で集める理魔術よりはるかに効率よく、強力な魔術を扱える。その分特定の精霊と親密になると、他の精霊と交渉しにくくなるという欠点もある。

 とかく精霊は自然に近い存在のため、それらを攻撃するのは天に唾するに等しい。さしものライフレスも、今後の魔術の行使について考えると、上位精霊を敵に回すという選択肢は躊躇われた。尤も、それはどんな魔術士でも同じこと。だからこそ、ライフレスがアルフィリースを殺すなら、風の里に入る前か、出た直後なのだが。


「・・・前・・・は、間に合わんか・・・この魔王どもを転移させた後ではさすがの私も魔力がに余裕はないだろう・・・と、すると直後になるわけだが・・・」


 直後は非常に的が絞りにくい。大人しく大草原に戻ってくればよいのだが、もしさらに奥地に進まれて湿原地帯にでも入ろうものなら追跡は不可能に近い。湿原地帯は深い森でもあり、昼間でも夜のように暗い場所だ。また得体の知れない原住民、魔獣が多数生息しており、大草原以上にその土地は未開の土地なのだ。

 沼地に関してはライフレスとて門外漢だった。


「・・・ふむ・・・とにかく転移してから考えるか・・・さて、奴らの命運はまだ続くかな?・・・」


 ライフレスはまるで狩りでも楽しむかのような口ぶりで魔王達がいる房の前まで行くと、ゆっくりと鍵を開けて中に入って行ったのだった。



続く

次回投稿は3/10(木)12:00です。

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